7薬草を取りに行きますよ
家の中は袋や瓶が沢山並んでいかにも薬師の家だった。真中には囲炉裏があり、その周囲に調剤道具?がある。どこで寝ているんだろう。
「これが採ってくる薬草だよ」
薬草をそのまま渡されても困る。俺にはそちら方面の知識がない。見た目は蓬と変わらない。裏は一面赤いので目立つな。
「これ、何という植物なんですか?」
「ユーギリ草だよ、普通に薬草としても使うけど、料理にも使う。ちょっとこの前料理に大量に使ったんで、次回の薬用の分が無くなってしまってね」
薬草だから干したり何だりするんだろう。
「この袋一杯採って来ておくれ」
渡されたのは俺の胴体ぐらいは膨らみそうな麻?袋だ。
「ところで、あんたは採り方の掟を知っているかい?」
「それは何でしょう」
採取に法律があったか?
「知らないなら教えておこう。一言で言えば一か所で大量に取らない、必ず残すという事だよ」
ああ、山菜の取り方でTVを見たな。あれと同じか。
「以前、というか私も生まれるより前だけど、堕落人間に頼んだら山の薬草を根絶やしにしたことがあったそうなんだ」
ああ、山菜採りをやったことがない人はそういう事をやると言っていた。つまり、このゲームの薬草は根絶やしにすると生えてこない、残しておかないと時間が経っても戻らないタイプの生え方なんだな、現実と同じで。
「あんたが初心者なのは聞いているから、教えておくよ」
「うん?それなら、良く物語にあるような沢山の中に一本だけ特殊な薬草が混じっていたというような場合はどうするんですか?」
思いついた疑問をエレメンティアさんに聞いてみる。実際にあるかどうかは知らないがイベント系クエストにならありそうなテンプレだ。
「そうだね、必要なら取る、いらないなら採らない、だね、ただ、滅多に見つからない物だと採っておくほうが多いし、一概には言えないよ」
「採ってもいいんですね」
「まああんたは採取専門な訳でもないし、そうそうないだろうからとってもいいよ。今回はカラーズの裏山は一種のダンジョンでいくら採っても気にしないでもいいけどね」
ああ、ダンジョンは勝手に復活する仕様なのか。別にイベントではないのでそっちは大丈夫だろう。言質も取った。
袋をアイテムボックスに入れてそのままカラーズの裏山に向かう。入ってしばらくして振り向くと、テンプレというか隠れている子供たちが見えた。さて、どうしようか。付いて来る気の子供達をついて来させて隠蔽能力を持つ蛇に噛まれるという未来は避けたい。自分が注意していないからという正論は受け付けません。
「あ、そうだ。先にセーブすればいいんだ」
ゲームに小まめなセーブは重要だ。俺の場合、村でのセーブは村長の物置に行くしかないので村に入ったら諦めるだろう。面倒なイベントを起こしたくないので潰すのが一番だ。
足を返して村に戻ろうとする。
「待てよ!何で帰るんだよ!」
隠れていたフリッツが飛び出して追いかけてきた。
「いや、ちょっと村長の所にいこうと思って」
「何でだよ、裏山に行くんじゃないのか」
「裏山に行く前に用があるから」
「もしかして村長に僕たちの事を言うために?」
フリッツの隣にデクスがやってきて口を開く。
「いや、それは言っても言わなくてもいい方の話で、必要な事があるから」
諦めてくれるかなという感じで、それでもついて来たら自己責任になるだろうか?
「何やるんですか?」
太目なせいかドップが並ぶと壁感がアップするな。
「空旅人の秘伝に関わる事、になりますか」
セーブとロードの話をNPCにどう話せばいいのか分からない。
「じゃあ裏山には行くんだな」
「行きますけど、3人は連れて行きませんよ」
フリッツの言葉に釘を刺しておく。
「何でだよ!」
「いや、これは一人が受けた仕事で、報酬も少ないから一人でやりますよ」
「報酬はいらないので一緒に行かせて下さい」
デクスも食い下がる。
「薬草も取るの手伝うから、お願いします」
ドップまで言い出す。何があったんだろう。しかし、これでは何も言わずについてきそうだ。それはそれで問題がある。
俺は知らないし同意していないのに具体的には何で連れて行ったのかという話と守らなかったのかという話だ。目の届かない所でやられるよりは目の届く範囲でやるしかないか。
仕方ないので連れていく事にする。
「とはいえ村長の家に行かなくてはいけないのは必須なのでちょっと待っておいて」
「絶対だぞ、早く来いよ!」
大声のフリッツ達を残して村長宅に行く。
「おや、もうエレメン婆さんの仕事が終わったのか?」
物置でセーブした後、その気はなかったのに村長に出会ってしまった。ついでだから説明しておくか。
「今から行きます。ところで、何かフリッツ達が俺に付いて来るようなんですが、良いんでしょうか」
何故子供が入ってはいけないのかという理由を聞いておこう。
「なんじゃと?あの悪ガキども」
頭が痛いと言う風に額に手をやって村長がこちらを見てくる。
「すまんが、いう事を聞く奴らでもないから、気を付けてやっておいてくれんか」
何となくこうなる予想はした。
「連れて行くのは構いません、ところで、子供たちが入ってはいけない場所とかの注意事項はあるんですか?」
「うむ、裏山では戦闘能力が問題で、あの子達程度だと犬一匹も倒せん」
普通に戦闘能力の問題だった。
「大人は1匹の犬は倒せるし逃げる事も出来る。ただ子供だと蛇や蜘蛛は襲われて終わりという事もある」
隠蔽とか罠とかの話だな。子供はよく動くからそういう事もあるんだろう。
「じゃあ連れて行かない方が良いでしょう」
「いや、半年に1回ある程度大きい子供は連れて行って説明をする。何人かで連れ立って行く、とかどうやったら逃げられるのか、とか。あ奴らはもうそれなりに大きいから、もう1年くらいで連れて行こうとしていた。その程度の差でしかないならよかろうと思う」
逃げる方法は俺も説明が欲しい。
「逃げる方法って、何かコツでもあるんですか?」
「うん?知らないのか?」
「はい、知りません。教えてください」
今は蛇の隠蔽に負けているので対抗手段を。
「そこまでいう話でもないな。薬草なんかは見晴らしのいい場所で探すこと、蛇は地面を叩いて警戒する事、蜘蛛は巣を作っているので、周りには木や土なんかがあって蜘蛛の糸が目立つ。蜘蛛の糸がある場所、蜘蛛が入っていそうな場所には入らない事という程度じゃ。詳しいのは猟師のハンスが詳しいぞ」
今度聞いておこう。そう考えつつ俺は村長にお礼を言って裏山の入り口に戻る。
「待ってたぜ」
入り口にはフリッツ達が立ちふさがって待っていた。
「それじゃあ行こうか」
連れて行く事になったのでそのまま裏山に入る。
ゲームだからあることな訳だけれど、フィールドが変わると現在地のマップも変わるのが分かりやすい。行く道は獣道ではなく、人が何度も歩いたから出来た山道だ。結構幅があるので奇襲はそこまでないだろう。
まあカラーズの裏山に入ったので子供達に村長から言われた注意を説明しておく。
「はっきり言って、俺は弱いので、3人を守れと言っても無理です」
子供たちの前で明言しておく。
「なあ、それよりも、その変な言葉使わなくていいよ。丁寧に話すっていうの?」
こういう台詞はテンプレだけど、出来れば可愛い女の子に言ってもらいたかった。
「分かった。じゃあ説明するけど、この裏山で危ないのは犬、蛇、蜘蛛だ。噛まれると子供なら死ぬ」
脅しを含めて大げさに言っておく。
「犬は蛇や蜘蛛よりも目立つ、けど待ち伏せして襲われたらどれを相手にしても同じだ。だから、まずは全員で固まって行動する。一人でも怪我したらすぐに村に帰って治療しないといけない。次に杖替わりの枝を探そう。周りを叩きながら行けば相手もそうそう襲ってこないし。最後に薮なんかの隠れていそうな場所には近づかない事。まずは基本のこれだけやって行こう」
「そんなの、めんどくさい」
「死にたいなら良いよ、まだ基本しかやらないんだから、これで駄目なら先には進めない」
フリッツの文句を封じて枝を探す。普通に落ちている。3人に良さそうなのを拾うよう言って俺は盾を取り出す。
「さて、薬草の場所は聞いている。道なりに行けば良いそうなのでまずは目的を果たそう。その後冒険だ」
「え、冒険?」
「皆は何か知らないけど裏山に目的があったんだろう。俺の用が済んだら手伝うよ」
それまで真面目なというか沈んだ顔をしていたフリッツの顔色が良くなる。デクスとドップも何か安心したような顔になった。
「じゃあ早速行こうぜ!」
「先に薬草を採りに行くんだ。仕事が先」
いきなり走り出そうとしたフリッツに言い聞かせる。
「分かったよ」
子供たちは俺の先に立って歩く。この場合、俺が先の方が良いのか?それとも後で良いのか?先頭も殿も大事だからな、どっちがいいんだろう。子供たちが叩いてくれるのは楽だからこのままでいいか。
「さて、もうそろそろ薬草の取れる場所だと思うけど」
モンスターには合わずに薬草の採れる所に来た。森の中の開けた場所に緑色の濃い草がたくさん生えている。
「皆は薬草がどれか分かるのか?」
「干したのなら見た事はある」
「干した分を見た事はあります」
「干したのなら知ってる」
そうですか、現物は見た事ないんですね。
「おのっ」
俺は薬草の叢で目的の薬草を探そうとして、思いっきりのけぞった。俺の頭があった場所に蛇が襲い掛かる。一瞬目があったので避けて良かった。
「ナント!」
誰の声だったか、悲鳴が上がるのを聞きながら俺は盾をそのまま殴るように蛇を押さえつけて剣を取り出す。蛇を串刺しにすればポリゴンになってアイテムが手に入った。
「ふう、俺のドジもそうだけど、まず確認するようにしよう。蛇にかまれたんじゃあ村に帰らないと毒で瀕死になる」
先に叢を叩いて確認するんだった。俺が襲われたのを見たせいか、子供たちがおっかなびっくり薬草の叢を叩いている。幸いにも蛇は他にいないようで、出てこなかった。初心者用の警戒を促すためのイベント的モンスターだったのか?
「ユーギリ草はっと」
見せてもらったのと同じ草を探す。すぐに見つかったので採取を開始。袋を取り出して放り込んでいく。薬草の繁殖地で採ったので普通に結構な数採れる。半分ぐらい採ってここので採取はやめにする。
「さて、次の場所に行こう」
「え、まだ終わらないのか?」
「山の掟という物があってね、一般的に使うような物は根こそぎとらないでまた増えるように半分とか残しておくという決まりがあるんだよ」
今回ダンジョンだから全部採っても大丈夫だけれど、ついでに子供に教えておこうと説明する。
「そうなんですね」
デクスが感心したように頭を動かす。
「まあここは初心者用だろうけど全部採らないという練習にはなる」
どうせ一か所では袋がいっぱいにはならない。
「さて、次の場所も道なりに行けば良いけど、今度はさっきよりも道幅が狭い。どこから襲ってくるか分からないのでしっかりと注意して進もう」
流石にさっきの蛇の事があったせいか、子供たちは周りを叩いて歩いていく。俺はその後をある行きながら、前を行く子供たちに話してみる事にした。
「ところで、何で裏山にきたかったんだ?」
俺の言葉に子供たちの動きが止まった。
「え、あのな」
「それはですね」
口ごもるフリッツとデクスを見て、口を開かないドップを見る。
「二人は何か言い辛いみたいだからドップ、説明してくれ」
ドップも何か口ごもった感じだった。それを推して説明を頼む。
「あのね、フリッツが村の友達に裏山で採れる花を取った事があるって自慢したんだ」
「花?」
「ロイヤル・ブルー・マーガレットっていうんだ。本当はフリッツのおじさんがおばさんに持って帰ったんだけど」
「ははあ」
「今度取って来てやるって言ったもんだから」
「その友達って女の子?」
「分かるの?」
「いや、青春だ」
テンプレでもこういうのは過去の自分にできなかった物を見るようで面白い。過去からボッチでしたが何か。
「うるさい!」
「はいはい、付き合ってやるから」
薬草の生えてる場所に着いた。
「今度は蛇はいないか?」
「調べます」
子供たちが叩いても何も出てこない。これでミニサイズの蜘蛛とか出たら冗談にならないが、そんなモンスターは聞いていない。
「これで3分の2かな?」
「じゃあもう一か所だな」
「そうだな、ところで、そのロイヤルなんちゃらは何処で採れるか知っているのか?」
俺の声に答えたフリッツに聞く。
「父ちゃんが採ったのはどこかの崖近くだったって」
「崖ねぇ」
今まで通って来た道からすると当分森か林のままだと思われる。
「まずは道なりに行ってみよう」
まずは薬草取りが先だ。道なりというか、だんだんと狭くなっている。一つ目、二つ目の薬草の群生地までは道の白い部分があったがここからはない。
「特に蛇と犬に注意するように。急に呼び出してくるから。蜘蛛は飛び出してくるのか?」
「蜘蛛は飛び出さないってきいてるよ」
「そうか、なら間違って薮に足を突っ込まないように注意して進もう」
ドップの言葉に注意を促して足を進める。最後の群生地は前の場所よりも広かった。その代わりユーギリ草が生えているのはまばらに生えている様だ。
他の草も、何の種類か分からないが色々生えている。そしてフラグを立てたせいだろうか、その叢の真中に1本すらっと少し背が高い青い花の草が生えている。
どっちのフラグだ。フリッツ達の花か、薬草の中の珍しい薬草か。
「あった。あれだ」
「崖まで行かずに良かったのかな?」
フリッツの叫びに答えながら一旦足を止める。
「フリッツ、ちょっと待って、皆、また蛇でも出るかもしれないから先に叢を叩いて」
俺は剣と盾を構えながら子供たちに頼む。
「分かったよ」
叢を叩けばついに敵が現れる。野生のウィップ・スネークが現れた。
ここで「いけ、子供達」なんていうと児童虐待になるのかな。武器も持っていない子供に戦わせる気はないし、村長に頼まれたから戦うのは俺が先という気分はある。
出て来たのは蛇が3匹。流石に1匹づつ抑えている暇はない。
「全員俺の後ろに行ってくれ。襲われそうとか、俺に後から襲い掛かりそうなときは呼んでくれ」
それだけ言って蛇に向き直る。今までが飛びかかってきたところを盾で迎えてそのまま地面に押し付ける、という行動から始まっていたので飛び出しても目の前でとぐろを巻かれるとどう対応しようかとにらみ合いになる。
3匹の蛇は俺の方を向いているのでこっちにかかってくるだろうから、その時にどうにかしないといけない。
蛇から眼を離さないようにしていると1匹、蛇が飛びかかって来た。盾でかばう。そのまま抑え込もうかと思ったら2匹目、3匹目と時間差攻撃が来た。盾をそのまま後の2匹の蛇を防ぐのに使う。
「ぎゃーっこっち来た!」
聞いたことのないの悲鳴が聞こえる。誰のだろう。盾で抑え込むのに成功した蛇は頭を刺して倒す。急いだせいか一回で倒せなかった。
「誰か噛まれてないか?!」
振り返って子供たちの方を見る。ばらばらに逃げているので蛇は追いかけていない。いや、とぐろを巻いているのであれはジャンプする構えだろう。
慌てて蛇の前に向かうが間に合わず、蛇は跳ねてデクスの方へ向かう。
「とっとっと」
手が届かない。飛び道具が欲しい。せめて届けと盾の端を手に持って振り回す。届いた、というかかすったようで、蛇が落ちた。
「大丈夫か」
「大丈夫です、あっ」
声をかけたデクスの声に何かと思った。
「あたっ」
俺が蛇に噛まれた。状態異常:毒にかかる。しかし噛まれたという事は動かないのでそのまま胴を掴んで頭を斬る。首を刎ねるという形にはならないのが欠点だ。
蛇が死んだのでアイテムボックスの方にアイテムが入る。
「毒消し、なんて持ってないよな」
薬草などが入った初心者パックなんてものはない。掲示板でも最初の武器は初心者の武器で有り金は薬に使うという人が普通だった。
「大丈夫なのか」
子供たちが寄ってくる。
「大丈夫ではないな、毒をくらった。急いで薬草を採って帰らないと」
前の野犬と戦った後でダメージを負っていた時と違って体力は満タンではある。即死はないがどのくらいで死ぬのかよく分からない。
「うう、毒消しそうとかはないのか」
じっと目の前の薬草を見る。
『ユーギリ草
血止め、体力回復の効果を持つ薬草。干すことで効果を発揮する。生食の場合は効果が半減である。蓬代わりに蓬餅を作ると良い』
あれ?鑑定系の能力を持っていなかったはずなのに何か説明が見えた。体力回復か、それはそれで回復できそうだ。何しろまだLv1なので体力はない。
混雑して生えているので1本くらい毒消しの草がないかと群生地を睨む。
『テング草』
『ミジオラ草』
『ユユ草』
『透雪華』
名前しか出てこないので採取すれば内容が分かるかと思ったら分からない。ユーギリ草は説明をエレメンさんに受けていたから内容が分かったんだろう。どうしようか。なんとなくフリッツの方を見るとちゃっかり真中に生えていた青い花を採っている。
『ホーリー・ブルー・マーガレット
ブルー・マーガレットの希少種。毒、呪いに効果を持つ。そのまま食べても大丈夫』
悪い物を見た。人間希望が残っているとそっちに手を出したくなる。しかし子供の物を取り上げるのは良くない。名前が違う事はどうなんだろうか。まあいいや、また後で取りに来ればいい。
そして何故かこれだけ名前と効用が分かった事にこのイベントへの運営の悪意を感じる。