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オトギの国のルイス〜王子様になるために来ました〜  作者: 城壁ミラノ
第5章

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第73話 現実的なオトギの国

 素晴らしく晴れた午後、ルイスは屋上に登った。大空を近くに感じられる屋上が好きだった。屋上は庭園になっており、ルイスは花の咲き誇る花壇の間を歩いた。


 前方の開けたところで、木製のビーチチェアに男が寝ていた。そばの小さいテーブルには、ジュースの入ったグラスが一つ載っていた。


 見かけない男に、ルイスはそっと近寄って顔を確認した。男はテレポートを使う案内員のオデュッセウスだった。三十くらいの不健康そうな細身の男で、青いチュニックにズボンの普段着だった。


「ん⋯⋯?」


 オデュッセウスはルイスの気配に気づいて、片目を開けた。


「あの、こんにちは」

「ルイス君か。こんにちは」


 体を起こしたオデュッセウスは笑顔を見せたが、寝起きのせいか全体に力がなかった。


「オデュッセウスさん、この間はありがとうございました」

「どういたしまして。ルイス君は若いのに、しっかりしてるな。改めてお礼を言ってくれるなんて、嬉しいよ⋯⋯」


 オデュッセウスは片手で目元を隠した。すぐに涙が滝のように流れ出した。


「そんなに泣くほど!?」


 ルイスは驚きのあまり、なにもできなかった。


「すまない。疲れてたものだから、労いの言葉が嬉しくてね」


 だいぶ疲れてるなと、ルイスは心配になった。オデュッセウスは涙を拭くと伸びをした。


「ああ、ここはいい! 凄く癒されるよ」


 ふたりは楽園のような、屋上の庭園を見回した。


「オデュッセウスさん、遊びに来たんですか? まさか、テレポートで勝手に?」


 ルイスの疑いの眼差しに、オデュッセウスは少し動揺して笑った。


「まさか! ちゃんとカーム王子に許可をもらっているよ。テレポートを悪用すると、厳しく罰せられるんだ。その前に、被害者は武器で反撃も許されているから、見つかったらボコボコにされるよ!」

「ボコボコにされて捕まっても、逃げることができますよね?」


 揺るがないルイスの疑いの眼差しに、オデュッセウスは頬をかいて答えた。


「怪我して手錠かけられた後に逃げ続けるのは、難しいんじゃないかなぁ? いやいや、犯罪はしないよ!」


 オデュッセウスは首を振って力強く言った。ルイスもやっとうなずいた。オデュッセウスは安心して、ビーチチェアに寝た。


「僕の疲れた顔を見て、カーム王子が、城で休むように言ってくれたんだよ。危ないところを助けてもらったよ」

「カーム王子様は、男の人にも優しいんですね」


 ルイスはカームへの尊敬の念を新たにした。


「そうなんだ。僕も勘違いしてたけど、この城に入れてもらえるのは、女の人だけじゃない。だけど、旅人限定かな。それも、旅に疲れたり、体や心の傷ついた人。カーム王子は弱い者に優しい王子様なんだよ」

「最初にそんな説明を聞きました⋯⋯けど、ハーレムというものだとも思ってました」


 ペルタもそう言っていたのを、ルイスは思い出した。


「お姫様気分も味わえるようだからね。王子様より、女の人の方が圧倒的に多いし、必然的にそうなるんだよ。僕はカーム王子達なら、ハーレムができて当然と思うな。ルイス君も頑張れ!」

「無理ですよ!」


 慌てて後ずさるルイスを、オデュッセウスは面白そうに見た。


「冗談だよ! 少年にハーレムを作れなんて言ったら、カーム王子に怒られそうだから、今のは忘れてくれ! これからも、ここに来たいからね。一週間に一度はお世話になってるんだ」

「気づかなかったです」

「お忍びだからね。城の外に漏らさないでくれるね?」

「はい」


 オデュッセウスの強い視線に、ルイスは重々しく返事をした。


「ありがとう。テレポートの仕事は激務なんだ。時々、逃げたくなる⋯⋯ここは最高だよ、天にも昇るくらいの気持ちになれて」


 チェアに寝て、力の抜けた体で両手を広げ、とろんとした目で青空を仰ぐオデュッセウスを、ルイスはさらに心配して見つめた。


 オデュッセウスはジュースを飲み干した。ルイスは王子見習いとして、オデュッセウスになにかしてやりたくなった。


「ジュースまだ飲みますか? 持って来ましょうか?」

「ありがとう!」


 王子というよりは、召し使いみたいだなとルイスは思ったが、オデュッセウスは泣きそうな笑顔でグラスを差し出してきた。ルイスはジュースのグラスを持って食堂に急いだ。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 ルイスからグラスを受け取ったオデュッセウスは、目を閉じて美味しそうにジュースを飲んだ。


「どうして、テレポートを仕事にしたんですか?」

「仕事には使いたくなかったんだけどね、冒険中に金がなくなって。ギルドに行ったら、役場を紹介されたんだ」

「ギルドで役場を紹介されるのって、嬉しくないですね⋯⋯」


 オデュッセウスは声を立てて笑ってから、何度もうなずいた。


「オトギの国の役場なんて、ほとんど利用しないだろ? 楽だろうと甘く見ていたら、国中に案内員をテレポートさせなきゃいけないし、しかも役場や人の家にね。退屈だよ。かと思えば、外国の、いかにも危ない科学者が産み出したモンスターを、こっちにテレポートさせなきゃいけなかったり」

「モンスターのテレポートは断ってくださいよ」


 ルイスは話に圧倒されつつも、突っ込みを入れた。


「そうはいかないんだよ。オトギの国は、そういうモンスターの檻で、犯罪者の刑務所みたいな役割もあるからね。だけど、僕もそんなのには、正直関わりたくないんだ。だから、最近は個人で仕事を引き受けてるよ。その方が儲かるからね」


 オデュッセウスは腕枕をしてチェアに寝た。


「早いとこ金を貯めて、セミリタイアするつもりだよ。冒険者に戻りたいからね」

「えっ⋯⋯ちょっと困りますね」


 ルイスはオデュッセウスの気持ちはわかったが、正直な気持ちをこぼした。オデュッセウスは困り顔のルイスを見つめた。


「VIP専用のテレポーターになろうかな。ルイス君、王子様になったら、お客になってくれよ。ルイス君なら、無茶は言わないだろ?」

「はい」


 素直に答えるルイスに、オデュッセウスは微笑んだ。


「王子様は優しい。王子様専用のテレポーターになろうかな」


 優しい王子様になろうとルイスは誓った。


「だけど、お姫様はわがままなのが多いからな! どうしようかな⋯⋯」

「僕と彼女はテレポートで連れてってください。お願いします」

「ルイス君の彼女ならいいよ! ルイス君は他の王子様と一緒に、上客名簿に入れておくよ」


 ◇◇◇◇◇◇◇


 ルイスは部屋に戻ると、金の入った封筒を持ち出して、客間に居たアンドリューに差し出した。


「預かってください」

「どうした、急に?」


 神妙なルイスに、アンドリューは驚いた顔をした。


「アンドリューさんにしか、頼めない。ペルたんに預けると、宝箱に入れて埋めなきゃいけなくなりそうだから」


アンドリューは苦笑いした。


「急に必要な時に困るな⋯⋯そうじゃない。自分で管理して、大事に使った方がよくないか? 信用してるぞ!」

「ありがとう。だけど、これからは財布に入れたお金を使って、それがなくなったらアルバイトして稼ぐよ。王子になるまで、このお金は取って置きたいんだ。王子になったら、お金がかかるよね? 僕は、お金持ちの子じゃないから⋯⋯」

「今から、金の心配か? 急にどうした?」


 ルイスはオデュッセウスを雇うために、王子になることもだが、金の必要をまざまざと感じていた。


 ルイスはオデュッセウスの言っていたことを話した。


「そうだ、王子になれても、オデュッセウスさんを呼ぶための、城がないよ⋯⋯」


 両親が買ってくれるとも思えず、ルイスは途方にくれた。


「お城に住んでるお姫様とは、結婚できないし。できれば、自分で手に入れたいんだけど」

「心配するな。この国には、ルイスが思っているより、沢山城があるんだ。無人の城も⋯⋯」


 アンドリューは腕を組んで考えてから続けた。


「賊どもが根城にしている城もあるかもしれん。賊を退治して、住めばいい! 近くの村や町の者から歓迎されるぞ!」


 勇者らしい提案だなと、ルイスはアンドリューに笑顔を向けた。


「わかった! 城はそうやって手に入れるよ! だけど、王子はお金をどうやって稼ぐんだろう? 見回り? 賊退治?」

「そういうのを、コツコツ積み重ねて行くのだ」


 アンドリューは賢者のごとく諭したが、ルイスの不安は消えなかった。この城の主、カームは祖父の財産を受け継いでいるし、ロッドの父も、お金持ちのようだったなと思い出した。


「カームさんに聞いてみるよ」


 客間を出たルイスは書斎でカームを見つけた。ルイスはすがりつきたい気分で話かけた。ルイスの深刻な顔を見て、カームは自室にルイスを招き、テーブルを挟んで向かい合って座った。


 ふたりきりになれて、ルイスは落ち着いて悩みを相談した。


「アンドリューさんの言う通りですよ。王子には、様々な仕事が舞い込んで来ます。そうでしたね、王子の収入についても、勉強の時間に教えましょう」


 カームは笑顔で答えた。ルイスは心からほっとした。


「奇石を使えば、必ず王子になれます」


 ルイスは胸の奇石を触った。あまりに現実的な悩みに直面して、願いを叶えてくれる奇石のことを忘れていた。


「しかし、あまり王子らしからぬようでは、城を追い出され野に追放されることもあると聞きました」

「えっ? 必ずなれるけど、一生というわけじゃないんですね」

「何事も、予期せぬ終わりはありますからね。しかし、改心すれば、また復活することはできるでしょう」


 カームは(くう)を見つめて、顎に指を当てて言った。


「追放の話は、昔あったと聞いただけで、私は見たことはありません。しかし、気をつけないといけないことは、確かですね」


 カームは優しい眼差しと微笑みをルイスに向けた。


「ルイス君、王子の道を外れないことです。そうすれば、協力者が必ず現れます。どんな王子でいればいいか、それはルイス君が出逢った王子達が教えてくれています。私もできる限り力になります。なにも心配することはありませんよ」

「はい!」


 ルイスは礼を言って部屋を出た。心は軽くなり、前向きな気持ちになったが、追放の心配は消えかなった。

 追放されるのはどんな王子か想像できなかったので、とにかく、真面目で優しい王子になろうと誓った。

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