第71話 王子様ゲオルグ
翌日の午前のお茶の時間、ルイスとアンドリューがいる客間に、赤いリボンだらけのワンピースを着たペルタがお茶を運んで来た。ユメミヤは服の仕立てのためにいなかった。
ペルタはニコニコ顔で、アンドリューの前にティーカップとケーキを置いた。
「見直したわよ。王子様になろうとしたなんて。なにか欲しいものを買ってあげましょうか?」
アンドリューはペルタの豹変振りに苦笑いした。
「ありがたいが、いらない。親の手前、ダメ元で願ってみただけだ。なれなかったが特に悔しくもないし⋯⋯二度と王子様になりたいとは思わんぞ」
一切の未練を見せていないアンドリューを、ペルタは忌々しそうに見て、チッと言った。アンドリューは眉根にシワを寄せたが、口元には不敵な笑みを浮かべていた。
「はいはい、ふたりとも」
ルイスはいつものようにふたりをなだめると、思いついてアンドリューに聞いた。
「アンドリューさんって兄弟はいる?」
「兄がふたりいる」
「挨拶に行かなきゃ!」
「うん! いいな⋯⋯僕はひとりっこだから、あんまり気にはならなかったけど」
「私もひとりっこだけど、もう寂しくないわ!」
ルイスとペルタは笑顔を交わした。アンドリューは遠い目をした。
「兄達とは10才くらい離れていてな。あまり一緒に遊べなかったな。仲はいい方だと思うが」
「独身?」
ペルタの鋭い眼差しに、アンドリューは身構えた。
「前に会った時は、ふたりとも独身だったが、一年以上も前だ! いや、お前には関係ないだろ!?」
「勇者かな?」
「それとも、まさか!?」
ルイスとペルタは期待に身を乗り出した。
「1番上の兄は、故郷の村長をしている。2番目の兄は、今は実家の宿を手伝っているはずだ。もう継いでるか、また旅だったか⋯⋯」
「村長!? さすが、アンドリューさんのお兄さんだ」
「真面目なお兄様⋯⋯挨拶に行かなきゃ」
ルイスとペルタは神妙な態度になった。
「成り手がいないからな。しかし、確かに真面目だな。家にはずいぶん帰っていない、旅の途中で寄ってもいいか?」
「うん、それがいいよ! 楽しみだな!」
「なんの変哲もない、村と宿屋だぞ」
「それがいいんだよ」
ルイスの笑顔に、アンドリューも笑顔になったが、ペルタは力なく紅茶を飲んだ。
「村長さんと宿屋さん⋯⋯アンドリューより10才も年上か。いいえ、王子様に年齢は関係ない! ルイス君、宣伝を」
「他所でやれ!」
「僕は、故郷でしか宣伝しないよ」
ふたりに拒否されたペルタはしゅんとなった。
◇◇◇◇◇◇◇
お茶の後、ルイスが中庭に面した外廊下を歩いていると、前方にホウキで廊下を掃くペルタが居た。
ペルタは灰色の粗末なワンピースを着て、悲しげな顔でホウキを使っていた。お茶の時間とのあまりの違いに、ルイスは驚いて小走りで近寄った。
「大丈夫? 手伝おうか?」
「あ、ルイス君⋯⋯さっきと違って優しいのね。でも、気にしないで」
ペルタのみすぼらしい姿に、ルイスはピンときた。
「シンデレラごっこ?」
「そうよ。さすが、ルイス君ね。これは簡単だったかしら? シンデレラごっこよ」
ペルタはうっとりと、青空を見上げた。
「掃除も楽しいわ」
「魔法使いのおばあさんはいるの?」
ルイスは思わず辺りを見回した。ペルタは可笑しそうに笑った。
「居てくれたら、嬉しいけどね」
「継母や、意地悪なお姉さん役は?」
「そんなもん、居てたまるもんですか! だけど、王子様は居るの!」
都合のよすぎるシンデレラに、ルイスはあきれた目を向けた。
「なにせ、カーム様のお城だもん。必ず幸せになれるのよ!」
「よかったね、邪魔してごめん」
楽しげなペルタを通り過ぎて、ルイスは闘技用の部屋に入った。
部屋には誰もいなかった。ルイスはゲオルグ王子を待った。ルイスが頼んで、剣の稽古をしてもらっていた。
ルイスがペルタに乱された心を、深呼吸で落ち着けているとゲオルグが現れた。
ゲオルグは長身にがっしりした体つきで、王子というより勇者のようにルイスには見えた。しかし、白いワイシャツに黒革のベストを着て、仕立てのいい黒いズボンにブーツという、王子らしい装いは似合っていた。短い黒髪も整っていて、切れ長の目にも落ち着きがあった。
ルイスはゲオルに歩み寄ってお辞儀した。
「よろしくお願いします」
「よろしく。待たせてすまない」
ゲオルグは入り口をちらと見て、微かに困ったような笑みを見せた。
「廊下で女性に会ったんだが、自分を待っていてくれたようで。凄く喜んでくれて、中々動けなかった」
「ペルタさんですね。シンデレラごっこをしていたんですよ」
ルイスはご迷惑かけましたと言うべきか、王子様役ありがとうございますと言うべきか迷った。
「シンデレラだったのか、気づけなかったな。童話は色々読んでいるんだが⋯⋯自分はまだ、ここに来て日が浅くてね」
「そうなんですか」
ルイスはゲオルグがどうしてこの城に住んでいるのか聞きたかったが、稽古前という状況から遠慮した。
「剣の腕も、人に教えるほどではないんだが」
申し訳なさそうに笑いかけるゲオルグに、ルイスは力強い眼差しを向けた。
「そんなことありません、お願いします!」
「⋯⋯この図体なら、敵の役にはなれるか」
ゲオルグは自分を納得させて、まっすぐな眼差しでルイスに応じた。
◇◇◇◇◇◇◇
稽古を終えて、ルイスとゲオルグが部屋を出ると、ペルタが待ち構えていた。その姿は、灰色のワンピースから、白く輝くワンピースに変わっていた。
「お待ちしていました! ゲオルグ様!」
ペルタはタオルを差し出して、ゲオルグに嬉しそうな笑顔を向けた。あまりの変貌振りにルイスは笑い、ゲオルグはたじろいだ。
「ありがとう。行こう」
「はいっ。ルイス君もタオルよ。じゃあ、またね」
ペルタはゲオルグに引っつくと、ルイスに幸せそうな笑顔を向けた。
「いってらっしゃい」
行き先を聞きそびれたが、どこに行くにせよ、ルイスは笑顔で見送るだけだった。
◇◇◇◇◇◇◇
客間に戻ったルイスは、窓枠に座って膝を抱え瞑想していた。客間に入ってきたアンドリューが、そんなルイスに恐る恐る話しかけてきた。
「どうした? 悩み事か?」
「あ、アンドリューさん。悩み事じゃないよ」
ルイスは返答に困ってしまった。ゲオルグの雰囲気を真似ていた、気恥ずかしさもあった。
「なんていうか、ゲオルグさんとの稽古の後は、落ち着いた気分になるんだ」
「そうか、それならいい。邪魔したな」
アンドリューはほっとして出て行こうとしたので、ルイスは引き留めて一緒にイスに座った。
「ゲオルグさんって、無口で落ちついていて⋯⋯」
「寡黙というのだ」
「それだよ。剣士や剣の師匠って、みんな寡黙なのかな?」
「剣の師匠を、他にも知っているのか?」
興味を示すアンドリューに、ルイスは焦って笑った。
「いや、漫画とか映画とかで見ただけだよ」
「偶然ではないか?」
ルイスはゲオルグが気になり、客間を出るとゲオルグを探した。
人気のない裏庭のベンチに、ゲオルグはペルタと座っていた。裏庭といっても、手入れされて草花が自然に咲く美しい庭だった。ルイスは遠慮して遠くから見た。
ペルタはゲオルグの肩に寄りかかって、幸せそうに目を閉じていた。ゲオルグも太陽に顔を向けて、気持ちよさそうに目を閉じていた。はしゃいでいないペルタをルイスは珍しく思ったが、ゲオルグが相手なら当然かもなと納得した。
我慢できずに声をかけたルイスを、ふたりは快く迎えてくれた。
「ゲオルグさんは、どうしてここに来たんですか?」
ルイスの質問に、ペルタも興味深くゲオルグの顔を見た。
この城は、旅に疲れた人を癒すために、王子を募集している。ゲオルグは王子役のひとりだった。寡黙なゲオルグがこの城にいるのが、ルイスには不思議だった。
「最初は勇者になろうと旅していたんだが、宿でひとりでいるのが虚しかった⋯⋯自分は酒が飲めない。匂いも駄目で、酒場にいられなかった⋯⋯宿の下は大抵酒場で、楽しそうな笑い声が聞こえてきてな」
「笑い声を聞くだけなのは、寂しいですね⋯⋯」
ルイスは自分は酒が飲めるか心配になった。しかし、王子なら酒場に行かなくてもいいかなと、少し楽観した。
「それに、どこか勇者の暮らしは肌に合わなかった。それで、ギルドの募集を見てここに来たのだよ」
ゲオルグはさっぱりとした笑顔を、ルイスに向けた。そして、ペルタに顔を向けて続けた。
「ここは自分に合っている。外から帰って来ると、いつも誰かしら、お帰りと言ってくれる。幸せな暮らしをさせてもらっている」
ゲオルグに微笑みかけられて、ペルタはうっとりとした顔になった。
「家庭的な王子様ですわね」
ルイスは急にゲオルグを身近に感じた。
「もう少し、おひとりで旅していて欲しかったですわ。そして、私と森で出逢って欲しかった」
都合のいい夢想をして目を閉じるペルタを、ルイスはあきれた目で見て、ゲオルグは困った顔で笑った。
しかし、ペルタの王子様探しを手伝っているルイスは、思い直して軽く腕を組んだ。
「確かに、残念ですね」
「そうでしょ? ファルシオン様は結婚しないって言うし、ゲオルグ様も、ずっとここで⋯⋯?」
「先のことはわからないが、しばらくはここで暮らしたい。王子役もまだまだ未熟だが、精進したい」
「僕は、今のゲオルグさんの寡黙な感じと、その、ぎこちない話し方も好きですよ」
正直なルイスに、ゲオルグは驚いた顔をした。
「やっぱり、ぎこちないか。ファルシオンに優しい話し方は似合わないと言われたんだが、しかし、元々話すのが苦手で、どういう話し方をしたらいいのか⋯⋯」
苦労している様子で、ゲオルグは頭をかいた。
「冷たい話し方になってないか?」
「とても、カッコいいです⋯⋯」
ゲオルグに聞かれたペルタは、うっとりとしたまま答えた。ルイスも笑顔でうなずいた。
「よかった」
ゲオルグはほっと肩の力を抜いて、嬉しそうに微笑えんだ。




