第68話 崖を登るのは
「ドラゴンなら、山の途中まで、連れていってくれる?」
「おお、もちろん。ドラゴンなら、山頂近くだっていけるさ」
ロッドの質問に、レオドラは自信を持って答えた。しかし、すぐに気づかうようにソニーに笑いかけた。
「ソニーには大変かもな。大人の雄のドラゴンじゃないと、山頂付近は無理かもな」
そうか、とうなずくロッドとルイスに、レオドラが負けん気を出して力強く言った。
「だけど、途中までなら行けるよな? ソニー!」
レオドラと同じ気質なのか、ソニーが力強くうなずいた。
「行ってどうするんだ? 王子様が崖登りするところが見たいのか。いいぞ、見せてやる」
軽く引き受けるレオドラに、ルイスとロッドは喜び、他の者は慌てた。
「王子達、俺と一緒に勇ましいところを、見せてやろう!」
レオドラの突拍子もない誘いに、しばしブロウとシュヴァルツは硬直していた。
「いや、僕は高いところだけは苦手でね⋯⋯シュヴァルツ君。高いところは平気だったね。それに、普段鞭を振ってる君なら、腕力があるんじゃないかな?」
「なっ? 腕力だけを頼りに崖を登るなど、アスリートでも難しいのではないか?」
「シュヴァルツ王子、ご無理なさってはなりません。貴方のように、いつでも王子たらんとする真面目な方を、俺は失いたくありません」
アンドリューが切実な顔で言った。レオドラに対するシュヴァルツの厳しい態度を、アンドリューは尊敬していた。
「僕は失ってもいいのかい?」
王子のプライドを刺激されたブロウが、アンドリューを横目で見つめながら拗ねたことを言った。
「いや、そんなことは」
「ブロウ様っ、貴方には私がついています!」
「ありがとう、アンドレア君⋯⋯」
すがる様に言ったアンドレアに、ブロウは微笑んだが、すぐにふたりは違和感に気づいた。レオドラとシュヴァルツとアンドリューも、こんな時に現れないペルタを探した。
ペルタは少し離れたところで、ルイスに迫られていた。
「ペルたんなら、僕の味方をしてくれるよね?」
「しますけど、ちゃんと降りてくる?」
「崖を登ってなんになる? いっそ、ドラゴンフレイムまで行って、いいんじゃないか?」
ランサーとロッドも加わって、ひそひそ話をしていた。そんな輪から、アンドリューはルイスを掴み出した。
「ルイス! こっちに来い。間違った道に行くな!」
アンドリューはルイスをシュバルツの前に出した。
「こうなったら、シュヴァルツ王子だけが頼りです。ルイスを導いてください」
崖登りで、と言いたげなアンドリューに、シュヴァルツは言葉を失った。
「素晴らしい、ロッドにも見せてやってください」
ランサーがニコニコと拍手をした。レオドラがシュヴァルツに笑いかけた。
「そうだ、シュヴァルツ君なら、怪我をしないじゃないか? 安心して見ていられるな!」
「かすり傷なら負うのだぞ。手が傷だらけになりそうだな」
シュヴァルツは手のひらを見たが、ルイスとロッドに視線を移して、諦めたように目を閉じた。
「そんなことも、言っていられないようだな⋯⋯」
覚悟を決めたようなシュヴァルツに、ペルタとアンドレアが不安な顔を見合わせた。
「こんな時、傷を治せる力があったらと、いつも思います」
うつ向くアンドレアにシュヴァルツは視線を向けた。
「やっぱり、私は傷を治す力を、奇石に願います⋯⋯シュヴァルツ様のためなら」
奇石に手を当てて微笑むペルタに、シュヴァルツは衝撃を受けて、本気か見極めるようにペルタを見つめた。
「おいおい、俺も崖を登るんだぞ? 俺の手も傷だらけになるぞ?」
「えっ?」
両手を見せてアピールするレオドラに、ペルタは素早く顔を向けた。
「僕のためには、願ってくれないのかい?」
「えっ?」
若干意地悪な笑顔を見せるブロウにも、ペルタは顔を向けた。
「私は、私は⋯⋯全ての王子様のために⋯⋯」
「ペルたん! また、シュヴァルツさんのことを逃がしてしまったよ?」
ルイスの厳しい視線に、ペルタはヒッと悲鳴をあげた。
「普段からフラフラしてるからだ、いい加減自重しろ!」
アンドリューもここぞとばかりに叱りつけた。
「フンッ、王子様に引っ張りだこなんて、嬉しい悲鳴だわ!」
「開き直るな!」
そんな移り気なペルタを見て、シュヴァルツは密かに笑った。もはや笑って許すことができた。
「本当に、治癒者になるの?」
「そうね、王子様が怪我をするなんて嫌だけど、もしもの時のためにね⋯⋯!」
アンドレアの念押しに、ペルタは覚悟の顔で答えた。
「話は決まったか?」
王のごとく藁束に座って、成り行きを見ていたタリスマンが聞いた。見た目には貫禄があり、人の目を惹きつける男だった。
一同は静かにうなずき、タリスマンは悠然と立ち上がった。
「行こうではないか」
馬小屋を出ると、すっかり日が暮れていた。
紫と黒のコントラストが美しい空を一同は見つめた。山頂付近はすでに暗闇に包まれているのが想像できた。
「またにしようか⋯⋯」
一同がブロウの提案にうなずく中、ルイスはひとり慌てた。
「えっ、そんな!」
ルイスは思わず、ソニーの首にすがりついた。
「酷いです! こんなに期待させておいて! 大人は嘘つきだ!」
なだめる一同を、ロッドも厳しい顔で見つめていた。
「ルイス、崖は危険だわ。私は、貴方を連れていきたくない」
「えっ?」
優しくも力強い声の主、ソニーをルイスは見つめ、思いきり抱きついた。
「ソニー! しゃべってくれたんだね!」
ソニーの言葉で、あっさりと諦めた上、機嫌も直したルイスに、一同は脱力した。そして、ペルタとアンドリューはひそひそと話した。
「早いとこ、ドラゴンを見つけなきゃね」
「そうだな、いざという時の、唯一の存在のようだ」




