第67話 ドラゴンフレイム
再びカフェに集まった一同は、日暮れ前に帰ろうかという話になった。
アンドリューは真っ先に、レオドラを気にした。
「レオドラ王子、おひとりで来たのですか? 城を守っている勇者がいますね? 迎えに来てもらいましょう」
「イヤだよ。勇者に脇を固められると、連行されてる気分になる」
笑いがもれるなか、アンドリューはため息をついた。
「大丈夫、まっすぐ帰るよ。ドラゴンに乗って来たから」
「ドラゴン!?」
一同の驚きに、レオドラはイスから落ちそうにのけぞった。
「ど、どうした? ドラゴンがそんなに珍しい⋯⋯珍しいよな!」
「実にいいタイミングだよ。レオドラ君。ルイス君はドラゴンが大好きでね!」
ブロウは後ろから、ルイスをレオドラの前に押し出した。ニコニコするブロウとルイスに、レオドラも笑顔を返した。
ルイス一行とレオドラは、ドラゴンを預かってもらっている馬小屋に向かった。
ドラゴンは珍しく、盗難の危険もあるため、表にはわからないようにしてあった
馬小屋に向かう道のり、ペルタはシュバルツを見ないようにしながら、アンドレアにすがるように歩いた。
「王子様から与えられる、興奮の後の虚脱が⋯⋯今回は酷いわ」
「しっかりして、私が引っ張ってあげるっ」
ルイスとロッドとタリスマン以外の男達は、そんなふたりを、見ないように歩いていた。
◇◇◇◇◇◇◇
レオドラのドラゴンは、小型のジルトニラで、馬より少し大きい黒いドラゴンだった。
「いつの間に、ドラゴンに乗るようになったんだい?」
レオドラと親交のあるブロウが、少し離れた位置からドラゴンを愛でながら聞いた。
「つい最近、やっと乗りこなせるようになったんだ」
「どこで練習したんですか?」
ルイスは思いきって、ドラゴンを撫でるレオドラの隣まで歩み出て聞いた。
「オトギの国にある、ドラゴンフレイムという町だ」
「やっぱり、ドラゴンフレイムですか! 僕はそこで暮らそうと思っているんです!」
「おお! いいところだぞ、あそこは!」
レオドラとルイスの様子に、一同、特にアンドリューとペルタは不安げな視線を交わした。このふたりなら、このままドラゴンに乗って、ドラゴンフレイムへ飛んで行ってもおかしくなかった。
「レオドラ王子、ドラゴンフレイムの話は、またの機会にお願いできますか? ルイスは今、王子修行の真っ最中ですから」
アンドリューがレオドラとルイスの間に割って入った。
「そうか、わかった。あそこはここから遠いからな。俺の城からなら近いぞっ」
「それは、嬉しいですね⋯⋯」
喜んで良いのか悪いのか判断できずに、アンドリューは苦笑いで答えた。
アンドリューとレオドラのやりとりを余所に、ルイスの興味は目の前のドラゴンに移っていた。ルイスはドラゴンの、ルビーのような目に笑いかけた。
「可愛いね。僕はルイス。君の名前を教えてくれないかな?」
アンドリューはくらくらして、心配そうに近寄ってきたペルタの肩に掴まった。
「おい、ルイスがドラゴンを口説いてるぞ、どうしたらいい?」
「そんな目で見ちゃダメ! これが、ルイス君の幸せ⋯⋯見届けましょう」
一同が見守るなか、レオドラがルイスに加わった。
「よく雌だってわかったな」
「はい、首の飾りが雄と違いますから」
「雄も見せてやりたいが、雄とはまだ仲良くなれてないんだ」
「やっぱり、雄は難しいですか」
「男同士だからだろうか。雌なら、ルイスはすぐに乗せてもらえるかもな。初対面でこんなに近寄れるんだから」
レオドラに誉められたが、ルイスは悲しげに笑った。
「でも、しゃべってくれません⋯⋯」
「照れてるのさ」
ルイスまで照れた様子を見て、一同は困惑した。
「名前はソニー。ドラゴンフレイムで出会ったんだ」
「ソニー、綺麗な名前だね⋯⋯」
ルイスはうっとりと、ドラゴンと見つめ合った。
「ルイスは、ドラゴンと結婚する気か? しないよな?」
動かなくなったルイスを見て、ロッドは最初はからかうように笑ったが、最後は怪しむように言った。
「ドラゴンと王子がひとつになるか。まさに伝説的な神秘さだな⋯⋯」
タリスマンは自分でもなにを言っているのかわからなくなって、首をかしげた。
シュヴァルツは顎に指を当てて、なにを言うべきか考えたが答えは出ず、眉を寄せて苦悩した。
「みんな、そんな顔しないで、ルイス君の幸せなのっ」
ペルタは気を奮い立たせて、必死の顔で言った。
「ルイスは確か、ドラゴンに変身できる王子になりたいとか、言っていたな」
アンドリューの言葉に、一同はさらに動揺した。
予想外の話の流れに、ブロウは額を片手でおさえた。アンドレアは頬に手を当ててぼう然とした。
「幸せ⋯⋯幸せ⋯⋯」
ペルタはもはや壊れたロボットだった。アンドリューは必死にペルタの肩を揺さぶった。
「ドラゴンになるなら、結婚も問題ないんじゃないか?」
「そうですね⋯⋯愛は人それぞれ」
ランサーとブロウが落ち着いて言い合うところへ、ルイスは一同に向かって冷静に口を開いた。
「みなさん。僕はドラゴンと結婚したりしませんよ。変な方に話を進めないでください」
一同はハッと夢から覚めた様な顔をした。
「そうよねっ、さすがにね」
「誰ですか? 変なこと言ったのは?」
ルイスの詰問に、一同はお互いの顔を見回した。
「この眩しい男が、なにやら神聖なことを言ったのだ」
横目でにらむシュヴァルツに、タリスマンは満足そうに笑った。
「我の神聖さが、王子様を惑わせたか。しかし、俺は、この少年王子の言葉に惑わされたのだ」
肩を叩かれたロッドは少し慌て、アンドリューを見た。
「アンドリューさんが、口説いてる、なんて変なこと言うから」
「元凶は俺か。しかし、変ではないぞ。ドラゴンはしゃべれるから、会話次第では大変なことになると思って俺は」
「心配いりません。しゃべってくれませんでしたから」
ルイスは悲しく話の輪に加わった。
「なんでドラゴンはしゃべれるの?」
ロッドが全ての元凶と言いたげに、トゲのある言い方をした。そんなロッドに、ルイスはキッと向かい合った。
「ドラゴンだけ、おかしくない?」
「おかしくないよ! ずっと昔から、奇石でドラゴンに変身した人は何人も居たんだ。そんな人とドラゴンの間に生まれた新しいドラゴン、ジルトニラをはじめ、人の血を受け継ぐドラゴン達はしゃべったり、他にも人間のような部分を持っているんだ」
「昔から、ルイスのような奴は、沢山居たんだな」
レオドラがしみじみ言って、一同はルイスを見つめた。
「ドラゴンに変身したいって、本気か?」
ロッドの問いかけに、ルイスは考える様に腕を組んだ。
「だって、変身できたらカッコいいからさ。結婚したいとかじゃないよ。王子とセットで、できるかどうか」
「動物博士バルトローさんは、どんな生き物にも変身してるから、王子とドラゴンだけなら簡単にできるんじゃないか?」
「ルイスなら」
「変身願望か。我はわかるぞ」
乗り気な男達に、ペルタとアンドレアは不安な顔を見合わせた。
「キャロルちゃんが、ビックリすると思うわ。話し合ってから決めて」
「いきなり見せたら、気絶しちゃうかもよ?」
女達の頼みに、ルイスは笑顔でうなずいた。
「心配いりません。僕がドラゴンになれるとは、まだ思えませんから⋯⋯」
「まだ、ね⋯⋯」
遠くを見るルイスを、一同は静かに見つめていた。




