第66話 振り出しに戻る
広大な聖地で、ルイス一行は思い思いに過ごしていた。
アンドリュー、ランサー、タリスマン、レオドラは、カフェのテラスで、オトギの国の旅事情を話していた。
ブロウとアンドレアは、ふたりきりで滝を眺めていた。遠くからふたりを見ていたペルタは、羨ましさを抑えられなくなった。
そこでペルタは、少し離れたところにひとりでいるシュヴァルツに、狩りをする虎の如く目をつけると、音もなく近寄った。
花の咲き誇る、美しい聖地の風に髪をなびかせ、シュヴァルツはネクタイをゆるめて、神聖な空気を吸い込んだ。
「素晴らしい景色。美しい花達。地上の楽園だな⋯⋯」
ペルタが背後に現れ、シュヴァルツはギクリッと固まった。
「もう失楽園か!?」
「フフ、シュバルツ様! お一人ですのね? ご一緒してよろしいですか?」
ペルタは不敵に微笑みながら、かしこまって聞いた。
返答につまったシュヴァルツは、少し離れたところにいるロッドとルイスに目配せを送った。ふたりは素早くシュヴァルツの側に来た。
ほっとするシュヴァルツだったが、ペルタはめげなかった。
「どいてなさい、ふたりとも。王子様を口説ける機会は、あまりに少ない!」
気高い猛禽類のように、キリッとするペルタに、ルイスとロッドはたじろいだ。
「シュヴァルツ様、私の願いを叶えてくださいませんか!」
シュヴァルツは途端に恐い顔になった。
「俺が女の願いを、今さら聞くと思うか? お前の願いなど、わかっている。ブロウ王子達が羨ましくなったんだろう? フン、懐かしいな。しかし、虚実のワルツなど、俺は二度と踊らん!」
ルイスとロッドが頭に、はてなマークを出した時、ペルタがシュヴァルツに厳しく言い返した。
「二度とデートしないなんて、許さない!」
「キョジツのワルツ、デートのことか。踊らんは、デートしないってことね」
「なんとなく、わかったよ」
「難解、王子用語初級編ってとこだな」
ルイスとロッドが、ほのぼのと言い合う間も、シュヴァルツとペルタは火花が散るような目で見つめ合った。
「女の命令など聞かぬ。それに、やはりお前はただ、他人の幸せが羨ましいだけに過ぎない!」
「ち、ちが⋯⋯そうです! 羨ましいっ。私もデートしたいっ。王子様と幸せそうに、笑い合いたい!」
正直者のペルタの必死な言葉と眼差しに、さすがのシュヴァルツも戸惑い始めた。
「シュヴァルツさん、デートしてやってよ」
「なっ?」
ロッドがペルタについたことに、シュヴァルツはがく然として、顔色がさらに白くなり、瞳が右往左往した。
「僕からも、お願いします」
「うっ」
ルイスにうやうやしく頭を下げられて、シュヴァルツはさらに動揺した。
「ふたりとも、ありがとう。シュヴァルツ様、私、あなたの笑顔が見たいのです。優しく微笑んでいるお顔が!」
「⋯⋯やめろ、想像するな!」
自分の顔を凝視するルイスとロッドを、シュヴァルツは慌てて制した。そして、気を取り直すと、ペルタを真面目な顔で見下ろした。
「本当に、俺のことを考えての言葉か? 俺だけを見ていられるか?」
「えっ?」
本来のシュヴァルツは、女性に誠実な王子だった。
シュヴァルツに真剣な顔で見つめられて、ペルタは最高潮に胸が高鳴り、頬が赤くなった。
「例えば⋯⋯」
シュヴァルツの目線だけで指示を理解したロッドが仕方なく、ペルタにニヤリと笑いかけた。
「ペルたん、シュヴァルツ様より、若くて将来有望の俺と、デートしようぜ?」
「えっ?」
ペルタは素早くロッドの方を見た。シュヴァルツは若くて将来有望の辺りに眉を動かしたが、ペルタの反応に注目した。
「え、えっと⋯⋯」
シュヴァルツの目付きが冷たくなっていき、ルイスとロッドはため息をついた。
「ダメだろ、即断らないと。シュヴァルツ様は、浮気するような女が、きっと1番ダメなんだよ」
「そうだ、残念だな」
「そんな! 見ていたでしょう!? ロッドに誘惑されたのです⋯⋯ロッドも王子様だから、つい!」
シュヴァルツの横顔に、ペルタは浮気の言い訳をしたが、許されるはずがなかった。そんなペルタを見かねてロッドが言った。
「もうさ、ペルたんは錬金術師になってさ、ホムンクルスの王子を作ればいいんじゃない?」
ルイスとシュヴァルツがギョッとする中、ペルタは胸の奇石に手を当てた。
「おお、それこそ、私だけの王子様⋯⋯!」
「ロッド! 君は、なんて恐ろしい使い方を教えるんだ!」
ルイスに指を突きつけられてハッとしたロッドは、舞台役者の様に、大げさに顔を歪め、両手で頭を抱えた。
「すまない、ルイス! どうにかしなきゃって、俺はどうかしてた!」
「ペルたんっ、ホムンクルスより、本物の王子様がいいよね?」
「もちろんよ! 錬金術師とホムンクルスなど、所詮は泥人形との1人遊び」
ペルタは握りこぶしに力を込めて、青空を見上げた。
「王子様を求め旅する、今の暮らしが最高に幸せ! 恋はつらい⋯⋯だけど、恋のつらさは、ひとりぼっちのつらさに比べたら、100億倍意味がある! 私は人生を賭けて、自分だけの王子様を必ず見つけます!」
ペルタの決意表明に、3人は敬意を込めて拍手した。
「健闘を祈る! さらばだ!」
「待ってー!」
足早に立ち去るシュヴァルツを、ペルタが追いかけて寸劇は終わった。見送ったルイスとロッドは、ふうっと一息ついた。
「全く、一生⋯⋯やられたら困るから、1度デートして振るのか付き合うのか、はっきりしてほしいぜ」
「付き合うことになったら、ペルたんをよろしくね」
「あのふたりの喧嘩を、俺が止めるのはゴメンだぜ。城は俺が継ぐから、引っ越してもらわなきゃな」
ルイスとロッドの見守る中、花畑でシュヴァルツとペルタは、ブロウとアンドレアとダブルデートの様相を見せていた。
まさか、と近づいて注目するふたりの耳に、ペルタとシュヴァルツの会話が聞こえてきた。
「シュヴァルツ様、私と『奇跡の花』を育てましょう!」
「お前とは今日限りだ。イバラでもひとりで育てるのだな。これからは、そのイバラを俺だと思え!」
「なんてトゲトゲしい王子⋯⋯覚えてなさい! 魔女となりて、100年の眠りにつかせてくれるわ!」
「 武器がないと思ったか? 魔女など、ネクタイで充分だ!」
「まぁまぁ、アイスおごるから、仲良く頭を冷やそう!」
シュヴァルツとペルタをブロウに任せて、ルイスとロッドは花畑から離れると、滝の見えるベンチに座った。
「振り出しに戻っちまったな」
「そうだね⋯⋯あのふたりは、無理があると思うな⋯⋯」
ルイスとロッドはしみじみとうなずきあった。
「振り出しに戻るといえば、お前もだな。いや、前の城に戻るだな」
「うん⋯⋯」
「ここはどう見ても、パワーアップポイントだぜ」
神聖な景色を見回して、ロッドは力なく言った。
「うん⋯⋯がっかりさせてごめん⋯⋯また来るよ。今度は、山頂で願いを叶えられるくらい、強くなってね」
ルイスは雲に霞む山頂を見つめて答えた。
「ドラゴンなら、途中まで連れていってくれそうだな」
ふたりは期待して笑いあった。




