第65話 王子様レオドラ
全員が座った時、ひとりの男がテラスから入って来た。
「よお、みなさん。お揃いで」
どこかで聞いたような挨拶に、全員が驚き男を見つめた。
三十くらいの、茶髪を適当に肩まで伸ばして、彫りの深い顔をニコニコさせた男だった。色白だが野性的な体つきで、ボタンのない白シャツに茶色いズボンにブーツと、中世の格好をしていた。酒の匂いをさせるばかりか、手にブランデーのボトルを持っていた。
「普段はお気楽、いざとなると無茶苦茶強い。そんな感じの人が来たよ」
「お約束キャラだな。オトギの国なら、居ても当然か?」
ルイスとロッドはひそひそと話した。
「レオドラ様!?」
「なぜ、ここに?」
ペルタとアンドレアが同時に言った。
「聖地巡礼だよ、たまには清らかにならないとな」
両手を突き上げるレオドラを、全員が胡散臭い目で見た。
「そうしたら、王子達が来てるって聞いて、挨拶しとかないとなってね。久しぶり、ブロウさん、シュヴァルツ君」
レオドラは親しげな笑顔で、ふたりに軽くお辞儀した。その行為に、ルイスは確かな気品を感じた。
「久しぶりだね、相変わらずのようで⋯⋯安心したよ⋯⋯」
ブロウは安心していいのかわからず苦笑いした。
「久しぶりだな」
シュヴァルツの冷たい挨拶に、レオドラは困ったように笑った。
「まだ立ち直ってないのか? 女なんて、酒の種類よりも多くいるってのに!」
「レオ様、いえ、ドラ様! シュヴァルツ様は繊細なんですのよ、傷つけないでくださいっ」
「そうです、飲んで忘れられる方じゃ、ないんですからっ」
ペルタとアンドレアの注意に、レオドラはやれやれというように笑った。
「飲んだら忘れる俺は単細胞か? その通り!」
自虐して笑うレオドラに、誰もがリアクションに困った。
「こちら、レオドラ、王子様ですよ。ルイス君、ロッド君、ご挨拶を」
レオドラの隣に立ち、ペルタが場をとりなすように紹介した。
ルイスとロッドは立ち上がって、レオドラにお辞儀した。
「はじめまして、ロッドです」
「話は聞いてるよ、新入りの王子。歓迎する!」
レオドラはロッドと熱い握手を交わした。
「はじめまして、ルイスです。僕は王子を目指して修行中で、あの、いつかお世話になるかもしれません」
「いつでも来たまえ!」
レオドラはルイスとも熱い握手を交わした。ルイスとロッドは圧倒されて、レオドラに釘つけのまま座った。
「レオドラ王子、歓迎してくれるのはありがたいですが、そのためには、ちゃんと城に居てくださらないと困りますな」
アンドリューが厳しい顔で訴えた。しかし、レオドラはどこ吹く風というようだった。アンドリューは加勢を求めてブロウを見た。
「すまない、強く言えないんだ。僕も昔は、彼と同じことをした。ふらりと旅をしては、王子仲間の城に泊めてもらう。そんな自堕落な暮らしをね。僕はそんなに遊ばなかったけど」
ブロウとレオドラは親しげな笑顔と視線を交わした。アンドリューはがく然として座った。
「大丈夫、連絡してくれ。ルイス君が来る時には、ちゃんと城に居るよ」
「お願いします⋯⋯」
あまりお願いしたくなさそうに、アンドリューは頼んだ。
「よし、さぁ、固い話は終わった⋯⋯土産を持ってきたのに、同じのがあるのか」
レオドラはイスに座ると、テーブルにある自分のと同じ酒を見て笑い、そばにいたペルタの腰を抱き寄せて膝に座らせた。
「ペルタ、やけにムッチリとしてきたな。酌をしなさい」
ジロジロ見ながら、王子の威厳を出してレオドラは命じた。
「私、ドラ様のような王子様、苦手ですわ」
ペルタは酌はしたが、ツンツンした態度で膝からのいた。
ペルタは王子様の狂信者だと思っていたルイスは驚いた。そして、ペルタがワガママなのか、レオドラがヤバいのか、または両方なのか気になった。
アンドレアも肌を鉄に変えて、レオドラの視線をよけた。
「ペルタもアンドレアも、まだ子供だな⋯⋯!」
レオドラは気にせずに、自分で酒をついだ。そんなレオドラにランサーが喜んで近づいてきた。
「やぁ、親しみやすい王子様だ! 私はロッドの父のランサー、よろしく!」
ふたりは仲良く飲みだした。そんなふたりを、多少あきれた目でみんな見ていた。
「レオドラさんは、どんな強さを持っていますか?」
ルイスは片手を上げて質問した。
「俺の真の姿を見たいなら、洞窟に来てくれれば」
「洞窟だと!?」
タリスマンが勢いよく立ち上がり、レオドラの前に仁王立ちした。タリスマンの圧力に、レオドラはのけぞり動揺した。
「洞窟は我の遊び場だ⋯⋯いや、伝説を創る場所。邪魔はさせんぞ!」
タリスマンは両目から光線を放ち、レオドラの目を容赦なく潰しにかかった。不意打ちに、レオドラは目を押さえて呻いた。
「いや、貴方の邪魔をする気はない!」
タリスマンを神聖な者と信じこみ、レオドラは弁解した。
「俺は、自分の城の近くの洞窟だけで、盗賊どもを従えて」
「え!?」
「レオドラ王子、まだそのような事を!」
ルイスとロッドは驚き、テーブルを叩いて怒るアンドリューに、レオドラはイスから落ちそうにのけぞった。
「いや、世直しだよ! 罪もない者から奪われた物を、盗賊達を率いて奪い返す。まぁ、王子の息抜きの面も、ないといえば嘘になるけどな」
「息抜きですか?」
「そうだ、ルイス君。王子というもの、窮屈な事が多いからな」
「王子になったからには、息抜きなどする必要はない」
シュヴァルツが断固とした態度で、意見を違えた。
「お前にこそ、息抜きが必要だな! 俺と一仕事するか?」
レオドラの陽気だが真面目な目つきの誘いを、シュヴァルツは顔をそむけることで断った。
「罰ゲームで王子になった俺が言うのもなんだけど、よく王子になれたね」
ロッドの王子になった理由に、レオドラをはじめ、そのことを知らなかった者は驚いた。
「思春期らしい、向こう見ずな行為だな」
シュヴァルツが髪を弄びながら、やれやれと言いたげに呟いた。
「しかし、王子になったのはよかった!」
レオドラが嬉しそうに、テーブルを手のひらで叩いて言った。
「王子になれば、人生が変わる。俺は、王子になったことが、贖罪、罪滅ぼしのようなものでね。昔の俺は⋯⋯⋯⋯これ以上は、言わないでおこう!」
レオドラが話を打ちきり、誰もが聞きたげだが、ルイスとロッドの教育によくないと思い追及しなかった。
「レオドラさんの城にいくのは、ヤバいな」
「うん、ドラ様の城ってのは惹かれるけどね。一日見学くらいにした方がいいかな」
ルイスとロッドはひそひそと言い合った。




