第64話 アリス山⋯⋯
昼になり、一行はカフェの個室で、昼食を食べることにした。
長テーブルに並べられた、勇者が山頂を目指す前に食べたといわれるパンと果物を、神聖な気持ちで食べた。
「パンと果物だけ? しかも、パンが不味いよ。これでよく山が登れたね」
ロッドが味気なく固いパンをかじりながら、眉を寄せて言った。
「これはオトギの国の、伝統的なパンだ。しかし、味は確かにいまいちだな。昔を再現しているせいだな」
アンドリューも不味さに眉を寄せた。
「肉がいるな、それから酒だ」
ランサーはブランデーのボトルから、小さいグラスにオレンジ色の酒をついだ。
「旅といえば土地の酒だ。しかも、聖地の酒だぞ。ロッドも飲むか? ルイス君も一杯飲んで、色々忘れたまえ」
ルイスは心が揺れた。ロッドは慣れた様子で聞き流していた。
「ランサー殿、教育によくないことをするなら、城から出てもらわねばなりませんな」
ロッドを己の城で預かっているシュヴァルツが、厳しいことを言って、全員をギョッとさせた。
「厳しい王子様だ⋯⋯そうか、ロッドの教育によくないか、旅に出るしかないな」
ロッドに悲しげな視線を向けて言ってから、ランサーは考えるように空を見つめた。
「親父は、旅に出るって言ったら、絶対出るから。どこかで会ったらよろしくな」
「わかったよ、自由な人だね」
ルイスとロッドはひそひそと話し合った。
誰も、パンと果物では足りず、各々注文した料理やデザートを、和やかに食べた。
昼食が済み、まったりとした空気が、一行に流れた。
ルイスはあることを思い出して、ペルタを外に誘った。
「ルイス、どこへ行くのだ? ドラゴンを探すのか? 結果が出せなかったことに、やはり、少しやけくそな気分になっているのではないか?」
ペルタを連れ立つルイスに、シュバルツは心配と不信を抱いて聞いた。アンドリューが立ち上がって、ふたりの方に行った。
「心配しないでください。すぐ戻りますから」
ルイスは笑顔で言うと、ペルタとアンドリューを連れてテラスから出た。
一同、不思議そうに見送ったが、すぐにまったりとした空気に戻った。
デートの約束をしていたブロウとアンドレアは、一緒に聖地の酒を味わった。夜型のタリスマンは微睡んだ。シュヴァルツも眠たげな目で、隣のタリスマンを眩しそうに見ていた。
ロッドとランサーは複数のカメラの写真の確認作業をした。
そこへ、テラスからペルタが飛び込んできた。
「誰かが、私の宝を盗ったあ!」
全員が驚きにペルタを見つめた。ペルタは小さい空の宝箱を見せた。そこへ、ルイスとアンドリューも来た。
「3ヶ所も埋めておいたお宝、全部盗られてたあ!」
ペルタは子供のようにわめいた。ロッドが身を乗り出した。
「どんなお宝?」
「それは、えっと⋯⋯」
ペルタは途端に、目をそらせて口ごもった。
「気にするな、はした金だ。へそくりみたいなものだな」
緊張していた全員が脱力して、ロッドがため息をついた。
「へそくりを、聖地に隠すなよな」
「だって、盗まれないと思ったから⋯⋯でも、盗まれたぁ!」
泣きそうになったペルタを、ブロウが苦笑いしつつなだめた。
「きっと、あのおじさんだわ。風に飛ばされた地図を持って行ったおじさん。こうなったら、他の宝も危ないわね」
しかし、誰も心配してくれなかった。ルイスはペルタに笑顔で言った。
「そうです、あのおじさんですよ。よかった、これで、よかったんです」
「な、なによ? ルイス君は優しいわね⋯⋯まぁ仕方ないか」
おじさんではなく、仲良くなった少年スリルだと確信したルイスは、嬉しさに笑みがこぼれた。




