第63話 どんな王子様になるか?
「ここで⋯⋯」
胸の奇石を触り、ルイスはロッドを確認するように見た。
「そろそろ、王子になれるんじゃないか?」
この地で願いを叶えるために、はるばるやってくる者は後を断たない。礼拝堂はいくつかあり、入り口には予約日時を書いた立て札があったが、幸いこの時間は空いていた。
「懐かしいな、俺もこの礼拝堂で叶えたのだ」
シュヴァルツが礼拝堂を見上げて、微かな笑みを見せた。
「あの時は、ヴッ⋯⋯!」
急に胸をおさえて、シュヴァルツは苦しげに黙った。ブロウとペルタとアンドレアが、心配そうに体を支えた。
「きっと、恋人さんが一緒だったんだ」
「ああ、まだ下手に外を彷徨つかないほうがいいな」
苦しむシュヴァルツを気の毒そうに見ながら、ルイスとロッドはひそひそと話した。
「ブロウさんは、どこで叶えたんですか?」
ルイスは気を取り直して質問した。少し年期の入った王子ブロウも、懐かしそうに遠くを見た。
「オトギの国を旅をしている時の、宿のベッドの中だったよ。不意に叶うような気がしてね。目を閉じてそのまま⋯⋯いい夢を見てね、朝になったら叶っていたくらいの、あっさりしたものだったな」
「寝言で叶えたみたいに、言わないでください」
脱力する一同を前に、ブロウは可笑しそうに笑った。
「アンドリューさんは?」
アンドリューはハッとして、マントにくるまると目をそらした。
「き、聞かないでくれ!」
「気になるな⋯⋯」
アンドリューの視線が銅像の方に向いたのを見て、ルイスはまさかと思ったが、願い通り聞かなかった。
「俺には聞いてもいいぞ」
タリスマンがズイと前に出た。全員が興味を持った。
「どこで叶えたんですか?」
「俺は夜にここを訪れた。ここで1番デカイ礼拝堂でだ、礼拝堂は一瞬神秘の光に包まれ⋯⋯新生タリスマンが現れたというわけだ」
タリスマンは厳かに両手を広げた。厳かに聞き入る一同を、タリスマンは見回した。
「誰か、文才のある者はいないか? 一緒に聖地に来た縁だ、俺の伝記を書いていいぞ! いや、書いていただきたい!」
「興味深いね、確かに君とは奇縁がある。僕の執筆業の、集大成とさせてもらおうかな?」
オトギの国の不思議を本にしているブロウが、真剣な顔つきで名乗りを上げた。
「おおっ、王子様が俺の伝記を!? 勝った! 完全にオトギの国の伝説だ!」
タリスマンは瞳を潤ませて喜んだ。詳しいことは城で話そうとふたりは約束した。
「アンドレアさんは?」
「私は、クロニクルのお城のバルコニーをお借りして⋯⋯美しい夜だったわ」
「映画みたいですね」
ペルタが羨ましそうにアンドレアを見たが、ルイスに視線を移した。
「さて、ルイス君。どうする? そうだ、恋人のキャロルちゃんに電話する?」
「電話はしません。キャロルが『オトギの世界に電話はない』って」
一行は驚きに、少しの間しいんとなった。
「僕は、王子様なのに電話を使ってるよ⋯⋯ごめんね、夢を壊してしまったな」
「少女の夢を壊すのは忍びない、俺も詫びよう」
ブロウとシュバルツが申し訳なさそうな顔をした。
「みんな電話くらい使うぞ。想像が独り歩きしているようだな」
「キャロルちゃんとルイス君は、オトギの国の住人より、オトギの国の住人してるわね」
アンドリューが困惑して、ペルタが負けたと言いたげに笑った。
「じゃあ、彼女に黙って、勝手に叶えちまおう」
「いいな!」
ロッドとランサー親子が笑った。
「問題は、パラメーターをどうするかだな」
ドラゴンに乗りたいというルイスの希望を考慮して、全員しばし悩んだ。
「ここはやはり、バランス感覚、平行感覚のようなものをよくして⋯⋯微妙な願いではあるな」
アンドリューが眉を寄せて黙った。
「それとも、もしもの時のために、怪我をしない体とか、空を飛べるようにしておくとか安全対策をとろうか?」
「怪我をしない想像と共に、痛みを感じない想像を忘れるな」
ブロウの提案に、シュヴァルツが補足した。ルイスは悩ましげに目を閉じた。
「落っこちた時のことなんか気にするな。それより、特別に俺と同じ願いでもいいぞ? ドラゴンにまたがり、美しい輝きを放つか⋯⋯正に伝説の王子の誕生だな。俺の弟子ということにしておけ」
タリスマンが勝手な約束を持ち出した。ルイスは悩みすぎて眉をピクピクさせた。
「ルイスが光るなんて、笑わせないでくれよ」
ロッドがこらえきれずに笑いをこぼした。
「そうだな、選ばれし者でなければ滑稽か。じゃあ、やっぱり落っこちた時のことを考えておいた方がいいな」
タリスマンが前言を撤回して、心配そうな顔で言った。
「ドラゴンは狙われやすいわ。どんな攻撃が飛んでくるかわからない。ルイス君が傷つくなんて嫌よ!」
「武器の扱いなら、私達だって教えられるから、安全対策に力を入れて! ルイス君!」
ペルタとアンドレアもルイスを取り囲んで説得した。
「そうだな、ルイスなら、自力でドラゴンを乗りこなせるか」
アンドリューも己の提案を撤回した。
「いっそ、今出た案を、全部叶えるというのは?」
「想像力が追いつけば、いけるかもしれないね」
「失敗したら、ただの王子になったりするのか?」
全員が心配そうにルイスを見つめた。
「ありがとうございます。みなさん」
ルイスはゆっくりと目を開けた。ランサーがこらえきれずに、ルイスを写真に撮った。
「親父、空気読めよ」
ロッドの注意に、ランサーは感動に震える声で言った。
「この世は金だと思っていたが、違った! 未来だ! どんな未来をこの目に、いや、写真に焼き付けるか? これだ!」
ランサーはカメラを空にかかげた。
「俺は人生をかけて、決定的瞬間を撮り続けるぞ!」
すっかり悩みを忘れたルイスは、ロッドに聞いた。
「お父さん、カメラマンなの?」
「だったら、今のも名言だけどな、道楽だよ」
「じゃあ、祭りの写真とか、今の写真とかもらえるかな?」
「好きなだけやるよ」
「ありがとう」
ルイスは礼拝堂にひとり歩み、扉の前で一行を振り返った。
「一度、自分の心に問いかけて来ます」
一行は祈るように、ルイスを見つめた。
「やっぱり止めたくなったら、奇石を連打するといいわよ!」
ペルタが自分の胸の奇石を、指で連打してみせた。
「戻るボタンじゃないんだから」
「それもいいかもしれないけど、目を開けるのがいいといわれているよ。光が消えないうちにね」
ブロウのアドバイスにルイスはうなずき、一同に笑顔を見せた。
「行ってきます⋯⋯」
ルイスは礼拝堂の中に入って扉を閉めた。
♢♢♢♢♢♢♢
礼拝堂内は20人も入れば一杯になりそうな、狭い空間だった。しかし、天井は高く、正面奥には勇者の石膏像があり、雰囲気は充分だった。
ルイスは奥まで進み、正面を向いている勇者像を見上げた。そして、しばし感謝の祈りを捧げた。
ルイスにはわかっていた。今の自分には、理想の王子になることはできないと。決定的に足りないものがあった。
期待してくれるみんなに申し訳ないと思いつつ、ルイスは勇者像に別れを告げて、礼拝堂を出た。
「すみません、ダメでした⋯⋯」
ルイスが詫びなくても、全員ダメだったことは知っていた。奇石が放つ光が窓から見えなかったからだ。
悲しげな顔はしていたが、誰も気を使ってなにも言わなかった。
「僕には、足りないものがあります」
ルイスの言葉に、全員が注目した。ペルタが問いかけた。
「やっぱり、キャロルちゃんをここに呼ぶ?」
「いいえ、僕はドラゴンの意見が聞きたいんです!!」
ルイスの勢いに、ペルタは体をのけぞらせた。全員が驚き動揺した。ルイスは前に歩み出て、力強く空を見つめた。
「どんな王子になってほしいか、なんとしても聞きたい!」
ランサーがルイスを写真に撮った。
「それは、どうあっても聞かないとな!」
「キャロルちゃんより、ドラゴンの意見を聞きたいとは⋯⋯」
ペルタとアンドレアが絶句した。
「ルイスのドラゴン好きも、極まったな」
アンドリューが唸り、ロッドが可笑しそうな顔をした。
「俺も花は好きだが、花に問いかけたことはなかったな」
シュヴァルツが感心したように呟いた。
「ドラゴンは会話ができるからね、賢明なことだよ。それに、誠実だねルイス君は。誰か、ドラゴンの知り合いはいませんか?」
ブロウの問いかけに、全員が無念そうに首を横に振った。
「ありがとうございます、みなさん。だけど、僕は、相棒になってくれるドラゴンに聞くつもりです」
ルイスは申し訳ない気持ちと感謝を込めて、一行を前にお辞儀した。
「だから、僕が王子になるのは、まだ先になると思います。待っていてください!」
ルイスの潔い笑顔に、全員笑顔を返して応援の言葉をかけた。




