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オトギの国のルイス〜王子様になるために来ました〜  作者: 城壁ミラノ
第4章

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第63話 どんな王子様になるか?

「ここで⋯⋯」


 胸の奇石を触り、ルイスはロッドを確認するように見た。


「そろそろ、王子になれるんじゃないか?」


 この地で願いを叶えるために、はるばるやってくる者は後を断たない。礼拝堂はいくつかあり、入り口には予約日時を書いた立て札があったが、幸いこの時間は空いていた。


「懐かしいな、俺もこの礼拝堂で叶えたのだ」


 シュヴァルツが礼拝堂を見上げて、微かな笑みを見せた。


「あの時は、ヴッ⋯⋯!」


 急に胸をおさえて、シュヴァルツは苦しげに黙った。ブロウとペルタとアンドレアが、心配そうに体を支えた。


「きっと、恋人さんが一緒だったんだ」

「ああ、まだ下手に外を彷徨(うろ)つかないほうがいいな」


 苦しむシュヴァルツを気の毒そうに見ながら、ルイスとロッドはひそひそと話した。


「ブロウさんは、どこで叶えたんですか?」


 ルイスは気を取り直して質問した。少し年期の入った王子ブロウも、懐かしそうに遠くを見た。


「オトギの国を旅をしている時の、宿のベッドの中だったよ。不意に叶うような気がしてね。目を閉じてそのまま⋯⋯いい夢を見てね、朝になったら叶っていたくらいの、あっさりしたものだったな」

「寝言で叶えたみたいに、言わないでください」


 脱力する一同を前に、ブロウは可笑しそうに笑った。


「アンドリューさんは?」


 アンドリューはハッとして、マントにくるまると目をそらした。


「き、聞かないでくれ!」

「気になるな⋯⋯」


 アンドリューの視線が銅像の方に向いたのを見て、ルイスはまさかと思ったが、願い通り聞かなかった。


「俺には聞いてもいいぞ」


 タリスマンがズイと前に出た。全員が興味を持った。


「どこで叶えたんですか?」

「俺は夜にここを訪れた。ここで1番デカイ礼拝堂でだ、礼拝堂は一瞬神秘の光に包まれ⋯⋯新生タリスマンが現れたというわけだ」


 タリスマンは(おごそ)かに両手を広げた。厳かに聞き入る一同を、タリスマンは見回した。


「誰か、文才のある者はいないか? 一緒に聖地に来た縁だ、俺の伝記を書いていいぞ! いや、書いていただきたい!」

「興味深いね、確かに君とは奇縁がある。僕の執筆業の、集大成とさせてもらおうかな?」


 オトギの国の不思議を本にしているブロウが、真剣な顔つきで名乗りを上げた。


「おおっ、王子様が俺の伝記を!? 勝った! 完全にオトギの国の伝説だ!」


 タリスマンは瞳を潤ませて喜んだ。詳しいことは城で話そうとふたりは約束した。


「アンドレアさんは?」

「私は、クロニクルのお城のバルコニーをお借りして⋯⋯美しい夜だったわ」

「映画みたいですね」


 ペルタが羨ましそうにアンドレアを見たが、ルイスに視線を移した。


「さて、ルイス君。どうする? そうだ、恋人のキャロルちゃんに電話する?」

「電話はしません。キャロルが『オトギの世界に電話はない』って」


 一行は驚きに、少しの間しいんとなった。


「僕は、王子様なのに電話を使ってるよ⋯⋯ごめんね、夢を壊してしまったな」

「少女の夢を壊すのは忍びない、俺も詫びよう」


 ブロウとシュバルツが申し訳なさそうな顔をした。


「みんな電話くらい使うぞ。想像が独り歩きしているようだな」

「キャロルちゃんとルイス君は、オトギの国の住人より、オトギの国の住人してるわね」


 アンドリューが困惑して、ペルタが負けたと言いたげに笑った。


「じゃあ、彼女に黙って、勝手に叶えちまおう」

「いいな!」


 ロッドとランサー親子が笑った。


「問題は、パラメーターをどうするかだな」


 ドラゴンに乗りたいというルイスの希望を考慮して、全員しばし悩んだ。


「ここはやはり、バランス感覚、平行感覚のようなものをよくして⋯⋯微妙な願いではあるな」


 アンドリューが眉を寄せて黙った。


「それとも、もしもの時のために、怪我をしない体とか、空を飛べるようにしておくとか安全対策をとろうか?」

「怪我をしない想像と共に、痛みを感じない想像を忘れるな」


 ブロウの提案に、シュヴァルツが補足した。ルイスは悩ましげに目を閉じた。


「落っこちた時のことなんか気にするな。それより、特別に俺と同じ願いでもいいぞ? ドラゴンにまたがり、美しい輝きを放つか⋯⋯正に伝説の王子の誕生だな。俺の弟子ということにしておけ」


 タリスマンが勝手な約束を持ち出した。ルイスは悩みすぎて眉をピクピクさせた。


「ルイスが光るなんて、笑わせないでくれよ」


 ロッドがこらえきれずに笑いをこぼした。


「そうだな、選ばれし者でなければ滑稽(こっけい)か。じゃあ、やっぱり落っこちた時のことを考えておいた方がいいな」


 タリスマンが前言を撤回して、心配そうな顔で言った。


「ドラゴンは狙われやすいわ。どんな攻撃が飛んでくるかわからない。ルイス君が傷つくなんて嫌よ!」

「武器の扱いなら、私達だって教えられるから、安全対策に力を入れて! ルイス君!」


 ペルタとアンドレアもルイスを取り囲んで説得した。


「そうだな、ルイスなら、自力でドラゴンを乗りこなせるか」


 アンドリューも己の提案を撤回した。


「いっそ、今出た案を、全部叶えるというのは?」

「想像力が追いつけば、いけるかもしれないね」

「失敗したら、ただの王子になったりするのか?」


 全員が心配そうにルイスを見つめた。


「ありがとうございます。みなさん」


 ルイスはゆっくりと目を開けた。ランサーがこらえきれずに、ルイスを写真に撮った。


「親父、空気読めよ」


 ロッドの注意に、ランサーは感動に震える声で言った。


「この世は金だと思っていたが、違った! 未来だ! どんな未来をこの目に、いや、写真に焼き付けるか? これだ!」


 ランサーはカメラを空にかかげた。


「俺は人生をかけて、決定的瞬間を撮り続けるぞ!」


 すっかり悩みを忘れたルイスは、ロッドに聞いた。


「お父さん、カメラマンなの?」

「だったら、今のも名言だけどな、道楽だよ」

「じゃあ、祭りの写真とか、今の写真とかもらえるかな?」

「好きなだけやるよ」

「ありがとう」


 ルイスは礼拝堂にひとり歩み、扉の前で一行を振り返った。


「一度、自分の心に問いかけて来ます」


 一行は祈るように、ルイスを見つめた。


「やっぱり止めたくなったら、奇石を連打するといいわよ!」


 ペルタが自分の胸の奇石を、指で連打してみせた。


「戻るボタンじゃないんだから」

「それもいいかもしれないけど、目を開けるのがいいといわれているよ。光が消えないうちにね」


 ブロウのアドバイスにルイスはうなずき、一同に笑顔を見せた。


「行ってきます⋯⋯」


 ルイスは礼拝堂の中に入って扉を閉めた。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 礼拝堂内は20人も入れば一杯になりそうな、狭い空間だった。しかし、天井は高く、正面奥には勇者の石膏像があり、雰囲気は充分だった。


 ルイスは奥まで進み、正面を向いている勇者像を見上げた。そして、しばし感謝の祈りを捧げた。


 ルイスにはわかっていた。今の自分には、理想の王子になることはできないと。決定的に足りないものがあった。


 期待してくれるみんなに申し訳ないと思いつつ、ルイスは勇者像に別れを告げて、礼拝堂を出た。


「すみません、ダメでした⋯⋯」


 ルイスが詫びなくても、全員ダメだったことは知っていた。奇石が放つ光が窓から見えなかったからだ。

 悲しげな顔はしていたが、誰も気を使ってなにも言わなかった。


「僕には、足りないものがあります」


 ルイスの言葉に、全員が注目した。ペルタが問いかけた。


「やっぱり、キャロルちゃんをここに呼ぶ?」

「いいえ、僕はドラゴンの意見が聞きたいんです!!」


 ルイスの勢いに、ペルタは体をのけぞらせた。全員が驚き動揺した。ルイスは前に歩み出て、力強く空を見つめた。


「どんな王子になってほしいか、なんとしても聞きたい!」


 ランサーがルイスを写真に撮った。


「それは、どうあっても聞かないとな!」

「キャロルちゃんより、ドラゴンの意見を聞きたいとは⋯⋯」


 ペルタとアンドレアが絶句した。


「ルイスのドラゴン好きも、極まったな」


 アンドリューが(うな)り、ロッドが可笑しそうな顔をした。


「俺も花は好きだが、花に問いかけたことはなかったな」


 シュヴァルツが感心したように呟いた。


「ドラゴンは会話ができるからね、賢明なことだよ。それに、誠実だねルイス君は。誰か、ドラゴンの知り合いはいませんか?」


 ブロウの問いかけに、全員が無念そうに首を横に振った。


「ありがとうございます、みなさん。だけど、僕は、相棒になってくれるドラゴンに聞くつもりです」


 ルイスは申し訳ない気持ちと感謝を込めて、一行を前にお辞儀した。


「だから、僕が王子になるのは、まだ先になると思います。待っていてください!」


 ルイスの潔い笑顔に、全員笑顔を返して応援の言葉をかけた。

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