第60話 勇者の誓いと伝説の誕生
薬屋で眩し草を煎じてもらい、ルイス一行はペルタとアンドリューのいる宿に行った。
幸い、宿に混乱はなく、部屋に戻るとペルタが喜んで出迎えた。
「うーん、ん?」
煎じ薬を飲まされたアンドリューは、すぐに目を覚まして、自分を取り囲む人々に驚いた。
「なんだ? どうした、なにか、あったのか!?」
ベッドから体を起こしたアンドリューは、顔を確認していった。
「ルイスに、ファウスト、ブロウ王子まで」
「やぁ、アンドリュー君」
ブロウはとりあえず、にこやかに挨拶した。
「それに、知らない男」
アンドリューが警戒の目を、タリスマンに向けた。
「こちらの彼は、タリスマン君。僕とルイス君、共通の知り合いだよ」
ブロウの紹介に、タリスマンは胸を張った。アンドリューはいぶかしみながらも、軽く会釈した。
「そして、アンドレアか? 久しぶりだな」
「久しぶりね、アンドリュー。髪型変えたの? カッコいいじゃない」
アンドレアの褒め言葉に、アンドリューは無意識にドラゴンヘアーを撫で上げた。
「ありがとう、相変わらず、愛想がいいなお前は」
アンドレアは喜びに、可憐な乙女の笑顔を見せた。
「可愛い? 付き合う?」
「いや、付き合わない」
アンドレアの顔がサッと、青トカゲのごとく青くなった。そして、いじいじとアンドリューから離れた。
「アンドリューとアンドレア、名前が似てて運命を感じたのに⋯⋯」
「俺は、兄妹のような、親近感を感じたがな」
ルイスは『兄妹』がアンドリューさんの逃げ口上だなと思った。
「またそれ? また、兄妹ではぐらかす」
案の定、アンドレアがムッとしていた。
「見解の相違ね、諦めなさい!」
「ペルタも、同じ穴のムジナでしょ!」
ペルタとアンドレアがいがみ合う中、アンドリューは立ち上がった。
「頭が重いな。それで、何事ですか?」
アンドリューはブロウに聞いた。ブロウは顎に指を当てて少し考えてから、ペルタを後ろから押して、アンドリューの前に連れてきた。
「それは、ペル師匠から、話します!」
「えっ、えっと」
ペルタは覚悟を決めて、アンドリューの目を見た。
「実は、実は私、カロスに、あの男に騙されて、貴方に、眠り薬を、ごめんなさいっ! 眠り薬を盛りました! ごめんなさい!」
最後の方は涙を流し、言葉も上手く出なくなったペルタを、ブロウが後ろから優しく抱き締めた。王子見習いルイスは、ブロウの行動をしっかりと目に焼きつけた。
同じく、カロスに騙されたアンドレアも、ブロウの服を掴んでしゅんとしていた。
泣き出したペルタに動揺したアンドリューだが、それでも不可解そうな顔で聞いた。
「ファウストがカロスに騙されて、眠り薬を盛ったのはわかったが、カロスはなぜ? そんなことをさせたんだ?」
「俺にも、その辺説明してくれ」
タリスマンも腕を組んで要求した。ルイスがその辺の説明をして、全員で事の顛末をアンドリューとペルタに話した。
「祭りで勝つために、女を手当たり次第に騙したか」
「そして、俺の活躍により、カロスは捕まったというわけだ」
アンドリューがため息をつき、タリスマンが自慢気に笑った。
「ファウストが騙されるのは当然か⋯⋯しかし」
アンドリューは腕を組んで、ペルタを見つめた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「深く、反省しているようだな」
未だに涙を流すペルタに、アンドリューは困惑していた。ペルタはルイスの方を見た。
「ルイス君に、ルイス君に言われて!」
「ルイス、なにを言った?」
「僕は、なにも!?」
全員の視線を浴びて、ルイスは慌てて両手を振った。ルイスはペルタが罪の告白をした時の、舞台劇じみたやり取りを思いだして困惑した。
「ルイス君に『裏切りは裏切りです、ここでお別れですね』と、別れを切り出されて、自分のしでかした罪の深さに気づいたの」
「やっと気づいたか」
何度か被害をうけているアンドリューは、ほっと息をついた。
「私、ルイス君だけは、いえ、アンドリューも失いたくない! その気持ちに気づいたの!」
ペルタは切実な顔でアンドリューを見上げた。
「許してくれる?」
「⋯⋯ここで許さなかったら、俺がルイスから見離されるな。許す!」
「ありがとうっありがとう!」
ペルタはハンカチに顔を埋めて泣いた。成り行きを見守っていたルイスもほっとした。
「まんまと眠り薬を盛られた俺にも非はある。それに、初めて来た町で、お前を野放しにしてしまった責任もな」
「その責任は、僕にもあります」
「俺達三人の、失敗だな」
三人は輪になって反省した。ペルタが片手を上げた。
「勇者の誓いをたてるわ! 仲間は決して裏切らない!」
全員が軽くずっこけ、アンドリューがため息をついた。
「ゼロ、いや、マイナスから再出発といった誓いだな」
「いいじゃないですか、誓わないよりは!」
「まぁな」
ルイスとアンドリューは笑い、ペルタと手を重ねた。
「よし、ここから、再出発だ!」
三人は決意を新たに、笑顔を交わした。
♢♢♢♢♢♢♢
アンドリューはブロウとアンドレアに礼を言い、タリスマンに向き合った。
「君にも、世話になった。ありがとう」
「当然のことをしたまでだ。力を持つ者、助けを求められるのは当たり前だからな」
タリスマンは腰に手を当てて答えた。そして、ブロウを見た。
「ところで、王子様、俺は泊まるところがないんだ。城に泊めてくれるか? 城が見当たらないが」
タリスマンは窓の外をキョロキョロ見た。
「すまない、タリスマン君。ここは僕の町じゃないんだ。僕の城というわけじゃないが、滞在している城ならクロニクルにある。そこでよかったら、ぜひ泊まっていってくれ」
「クロニクルか、あのデカイ城に泊まれる日がくるとは、ぜひ泊めてくれ!」
喜ぶタリスマンに、ブロウも笑顔でうなずいた。
「今日はどこか空いている宿に、泊まってもらおう」
ルイス達は宿探しを手伝うことにして、ブロウは事件の後始末のためにテントに向かうことにした。
「あーあ、ブロウ様の活躍、また見れなかったな」
部屋を出る時、ペルタがいつものごとくこぼした。
「ご縁がないってやつですね」
「運命の王子様では、なさそうね」
「もう諦めろ、諦めてさしあげろ!」
「俺の活躍も、見れなかったな」
好き放題言われて、ペルタは噛みつきそうな顔になった。
「まぁまぁ、ペル師匠。師匠は離れたところで、弟子を信じているもの、だろう?」
師匠がブロウの逃げ口上なので、ペルタは少し不満を持ちながらも言った。
「わかりました。今は師匠の立場に甘んじますわ」
ペルタはブロウから、タリスマンに視線を移した。その素早い視線の動きに、ルイスはペルタが完全に復活したのを悟った。
「タリスマンさん、でしたわね。とっても神秘的な姿。それに、ブロウ様を助ける活躍をなさるなんて、とっても素敵ですわ」
ペルタの的確な褒め言葉はタリスマンを満足させ、ルイス達を戦慄させた。
「もっと神秘的な俺を見たいなら、洞窟にくるがいい!」
「洞窟?」
ルイスはタリスマンの光を使った遊びをペルタに説明した。そこでルイスは、あの疑惑を思いだした。
「あの、タリスマンさん。オトギの国の地下には、魔界があるとか聞いたんですが、洞窟の中で、魔界の入り口のようなものを見たことはないですか?」
「ま、魔界だと!? そ、そんなもの、あってたまるか! 洞窟で遊べなくなるだろ、怖いこと言うなよ!」
タリスマンはただの青年になって、ルイスをしかりつけた。
「ごめんなさい! 僕も信じてないです!」
「ルイス君たら、あれは子供達を怖がらせ、大人しくさせるための嘘なのに⋯⋯ないわよね?」
ペルタはアンドレアを見た。
「あるわけないって。ないよね?」
アンドレアはアンドリューを見た。
「俺はオトギの国で生まれ、長く旅をしているが、魔界など知らないな。しかし、洞窟に入ったことはあまりない。どうですか? ブロウ王子」
アンドリューはブロウを見た。オトギの国の不思議に詳しいブロウは、顎に指を当ててフムと少し考えた。
「そうだね、魔界の話は聞いたことはあるが」
全員が怯えだしたので、ブロウは慌てて笑顔をみせた。
「噂の域をでないものだよ! 恐らく、魔女や魔法使い、盗賊やなんかが、洞窟内で集会をしているのを見て、魔界の疑惑が広まったんだろう。もしかしたら⋯⋯」
ブロウはタリスマンに笑いかけた。
「洞窟内で光と闇の王と化し、神秘の光を放つタリスマン君を見て、勘違いしたのかもね」
「おお! 俺が伝説と化す日も近い! 王子様と知り合ったり、城に泊まったり、魔界の王と噂されたり」
感極まったように、タリスマンは目を閉じた。
「オトギの国で、俺の伝説が今生まれる!」
「伝説って、こうやって、できていくんですね」
ルイスは素直に感動して言った。タリスマンはルイスの肩に手をおいた。
「少年、君は伝説の成り立ちを知る、数少ない生き証人となる。俺の姿、俺との出会い、今日の活躍を、しっかりと後世に伝えてくれ!」
「わかりました!」
ルイスは雰囲気のない畑が前に広がる洞窟で出会ったことは脚色して、山奥の不気味な洞窟で出会ったことにしてあげようと思いながら、力強く返事をした。
こうして、カロスの引き起こした騒動は、賑やかに神々しく幕を閉じた。




