第58話 光るタリスマン
裏山を歩くルイス一行は、賊のリーダーが言い残した『不気味な男』を警戒していた。
「どこから、飛び出してくるんだろう?」
前を歩くブロウの服を、掴みそうになる気持ちを抑えて、ルイスは視線を忙しなく動かした。
「どこからでも来なさい、私が叩きふせてやるっ」
最後尾のアンドレアが、ペルタと同じ武器、黒い棒もとい警棒を手に、暗闇をにらんだ。
ルイスとアンドレアの心配をよそに、裏山の畑には、案外あっさりとたどり着いた。畑は森を切り開いて作ってあり、星空のおかげで、少し明るくなった。
「さて、眩し草が生えているのは⋯⋯」
ブロウは指輪型のライトで、広い畑を照らした。
「洞窟の入り口の側、だったね⋯⋯あったよ!」
ブロウが袋にてきぱきと、眩し草を入れている間、ルイスの警戒心は洞窟に注がれた。
「ここに、不気味な男が⋯⋯?」
かなり大きな洞窟の、入り口の端に体をピッタリとくっつけて、ルイスは呟いた。隣にアンドレアも、同じ体勢でいた。
「私達を、待ち構えている、そんな気がする」
アンドレアの見解に、ルイスが固唾をのんだ時、ブロウがやってきた。
「入ってみようか?」
オトギの国の不思議が大好きで、本まで出版しているブロウは、引率者の立場を放棄した。
ブロウは好奇心に任せて、端からひょいと洞窟の中を覗いた。
「⋯⋯ヒッ! あ、ああっ!?」
ブロウは慌てて、洞窟の入り口から、首を引っ込めた。
「洞窟の中、不気味に光る、光る目が!」
声も出せずに、自分にしがみついて震えるルイスとアンドレアに、ブロウは夢中で言った。
「か、帰りましょう! 眩し草はあったから、もういいですよね?」
「か、怪物っ。目が光るといえば、怪物しかいない!」
ルイスとアンドレアは、無敵な雰囲気を出していたブロウの悲鳴と慌て振りに、すっかり腰抜けになっていた。
「いや、入ろう」
「ええ!?」
「これこそ、オトギの国の不思議! いざとなればこの、なんでも斬れるスカイソードで、たたっ斬るよ!」
ブロウは警告するように洞窟内に叫ぶと、スカイソードを構えて、洞窟の入り口に一歩近づいた。ルイスとアンドレアは、ブロウの後ろにくっついていた。
広い洞窟を、あえてライトをつけずに、ブロウは一歩一歩、慎重過ぎるほどで進んだ。光る目の主は、そう離れたところにいないと目測していた。
「ああ!」
今度はルイスとアンドレアも見た。暗闇の中で、白く光る両目を。
それの持ち主は、人間の男だった。岩に座って、不気味な両目を洞窟中を照らすほど光らせた後、両目だけを明かりのように光らせて、男は口をきいた。
「不気味な男だの、怪物だのと、酷いな君達。この光、神秘的だと思わないか?」
まともに口を聞いた男の顔に、ブロウはライトの光を向けた。
「眩しいじゃないか」
「す、すまない。つい、お返ししてしまった」
ブロウはライトの光をずらした。
ライトに照らし出されたのは、長身で色素の薄い若い男で、地面につくほど長い髪を垂らし、一枚の白い衣を纏っていた。光る目と合わせると、神秘的な男に見えなくもないと、ブロウとルイスは思った。
「貴方は、タリスマン!?」
アンドレアが男に問いかけた。男は光りを消した目を、アンドレアに向けた。
「そう、我はタリスマン。どこかで会ったかな?」
「はい! ずいぶん前です。夜の森をひとりで歩いていた時、光に包まれて現れ、親切に町まで送ってくださった。貴方ですよね?」
「あなたには覚えがある。お元気そうで、なによりです」
「あの時は、本当にありがとうございました」
アンドレアとのやりとりで、タリスマンがまともだとわかり、ルイスとブロウはほっとした。
「我はそうやって、迷える者を導いている」
タリスマンはまた、口調を変えて言った。
「いい人ですね」
「案内係の人かな?」
ルイスとブロウの言葉に、タリスマンはフッと笑った。
「暗い森の中、光りに包まれて現れることによって、神聖な存在と勘違いさせたり、時に洞窟に潜み、光と闇の王として、命知らずの旅人に畏怖の念を与える。そうやって遊んで、オトギの国を満喫しているだけだ」
「⋯⋯迷惑な遊びです」
旅の途中のルイスは、キッパリと抗議したが、タリスマンはまた、フッと笑っただけだった。
「神聖な存在。そう、私もあの時、天使が降臨したのかと思いました」
「天使と勘違いされた以上、人助けはやぶさかではない。しかし、案内係という表現は、イメージに合わない。やめよ!」
タリスマンは再び、目を庇わなければ耐えられない光を、両目から放った。
「わかった! 天使君」
「今は、光と闇の王、なんだ」
タリスマンの子供じみた駄々に、ブロウは優しくうなずいた。
「わかったよ、光と闇の王」
「しかし、こんな洞窟でひとりで遊んでるの、寂しくないですか? 近くでは祭りもやってるのに。山の奥の洞窟ならわかるけど、畑が前にある洞窟なんて、雰囲気もないですもん」
「ぐっ!」
まだ抗議中のルイスの厳しい意見に、タリスマンはしゅんとなった。
「祭りに来た人が、迷い込んで来るのを狙ったんだ。昨日から、夜はここにいるんだけど、君達が初めての客だ」
膝を抱えるタリスマンに、ルイスは厳しい態度を引っ込めた。
「危ない遊びでもあるね。洞窟に来るのは、賊かもしれないだろう?」
「やって来るのがどんな奴か、事前チェックは欠かさない。洞窟に入ってくる前に、どんな奴かチェック。からかえそうな相手なら、奥でスタンバイだ」
「結構考えて、遊んでるんですね」
「うん。お兄さん『このなんでも斬れるスカイソードでたたっ斬るよ!』と警告してくれただろう。助かったよ。まぁ、こっちもいざとなったら、神のごとき光で目潰し余裕だけどね」
「目潰し攻撃は効いたよ。この洞窟で賊に会わなかったかい?」
「ちょっと前に、洞窟の外を散歩中に会ったよ。かなり驚いてくれて、楽しかったな」
「賊もタリスマンさんも、オトギの国を楽しんでますね」
得意げなタリスマンを前に、三人は顔を見合せて笑った。
「だけど、タリスマンさん、一緒に町に行きませんか? ここにいるより、楽しいと思うな、今回だけは」
若干元気のないタリスマンに、ルイスは手を差しのべた。
「だけど、町は今、問題発生中よ。まだ危ないでしょうか?」
アンドレアの心配に、ブロウは顎に指を当てて考えた。
「そうだね。カロスは一匹狼だから、勇者達が捕縛に成功していれば、後は男達を起こせば解決だ」
その時、岩に座っていたタリスマンが、ゆっくりと岩から降りた。タリスマンは長身で肩幅もあり、かなり立派な体躯だった。綺麗な髪はふくらはぎまで伸びている。確かに、絵画などの天使のイメージに近いなとルイスは思った。
「我を、ここからは普段の俺でいこう。俺を見くびるな? どんな騒動が起きているか知らんが、一匹狼など敵ではない⋯⋯いや、一匹狼対決、俺の勝ちだ!」
闘う気満々のタリスマンを、ルイス一行は歓迎した。
「タリスマン君の目潰し攻撃は、かなり有効だね」
カロスが未だ逃走中を念頭に、ブロウが期待して言った。
「威光の矢! と言ってくれ」
タリスマンはまた、頑なな口調で注文をつけた。おかげで、ルイスは闘うタリスマンを、かなりカッコよく想像できた。
「タリスマン君の「威光の矢」に、期待しよう!」
ブロウもシリアスな顔を作って、タリスマンの加わった一行を率いて町に向かった。




