第57話 甦る名声
四人は城塞の側に設置された祭りの管理者用テントにきた。大きなテントの前には、警備をしている勇者が集まっていた。
勇者のリーダーが、ブロウの前に進み出て言った。
「今から、手分けしてカロスの捜索に行くところです。祭りに影響しないように、捕縛は迅速に行いたいところです」
「よろしく頼むよ。君達の実力なら、思い通りに行くと思う」
リーダーはブロウにうなずくと、ペルタとルイスに気づいた。
「ペルタとルイス君か。アンドリューはどうした?」
「ああ! ごめんなさい、アンドリュー!」
ペルタが顔を両手にうめて泣きじゃくった。リーダーは無念さに顔を歪めた。
「アンドリューの葬式の準備も必要か!?」
「必要ないですっ、寝てるだけです!」
ルイスは思わず必死に否定し、ブロウが苦笑いしながら言った。
「眠らされた男達は、他にもいるだろう?」
「かなり居ます⋯⋯」
「男達の身の安全も、確保したほうがいいね」
「この騒ぎが広まれば、悪党どもが動き出すかもしれません」
「僕は、急いで裏山に行って、目を覚まさせる薬草を採ってくるよ。カロスと町を頼むよ」
リーダーは力強くうなずくと、仲間の元へ戻った。
「さぁ、こっちも行こうか」
「ブロウ様、私は今回ばかりは、アンドリューのそばに居ます」
ペルタがさすがに神妙な顔で言った。
「アンドリューは部屋で寝ていますので、一応安全だと思いますけど、宿に悪党がやってこないとも限りません。私は残って宿の警備をします!」
「わかったよ、ペル師匠。アンドリュー君と宿の人達を頼みます。でも、無理はせず、勇者達を頼るんだよ」
「はい!」
「ペルタさん、僕は行ってきます!」
ルイスとペルタは信頼の眼差しを交わしあった。
「ルイス君、行って来て! ブロウ様、アンドレア、ルイス君をお願いします!」
「うん! 任せてくれ」
「わかった、任せて!」
アンドレアは力強い返事と共に、その姿も、柔らかい体がしなやかな筋肉質な体に、身長まで少し伸びて、可憐なお姫様から猛々しい勇者に変わった。
♢♢♢♢♢♢♢
町を出たルイス一行は、裏山を目指して暗い夜道を歩いた。
三人共、武器に剣を携えていた。ルイスとブロウは腰に。アンドレアは大剣を背負っていた。
「大きな剣ですね。でも、今のアンドレアさんなら、使いこなせる?」
「ええ、今の私ならね。だけど、さっきの私でも、この剣を背負っているだけで、男避けに役立つの。こんな大剣を振り回すのかと思ったら、迂闊に近寄れないでしょ。他にも、ひとり旅の女は、身体中にあらゆる護身具を隠しています」
「武器だけで、かなり重そうですね。大変な旅だ」
アンドレアは強い眼差しで前を見た。
「王子様に出逢う為よ! 自分だけの、ね!」
「凄い、意気込みだ!」
ルイスは圧倒されて、ブロウは感動に目頭を押さえた。
「でも、今回はブロウ様がいらっしゃるから、私の出番はないかも」
アンドレアは嬉しそうに、ブロウに笑いかけた。
「もちろん、任せておくれ」
♢♢♢♢♢♢♢
ほどなく、ルイス一行は裏山の入り口にたどり着いた。そこからは外灯など無く、黒い木々の間に細い道がのびているだけだった。人が出入りしているとはいえ、未知の森にルイス一行は少し立ちすくんだ。
その時、ブロウが気配を察して、ルイスとアンドレアを背中に隠した。
数人の無骨な男が木々の陰から現れ、ルイス一行の前に立ちふさがった。
「へへへ、カロスの起こした騒ぎが怖くなって、逃げてきたのかな?」
悪の道に堕ちている顔つきで、男のひとりが聞いた。
ブロウの見た目は逃げてきた男、そんな風に見えるのかと、ルイスはブロウを信じつつも、この後の展開が少し不安になった。
「君達は、カロスという男の仲間かな?」
ブロウが穏やかに聞いて、腰からスカイソードを抜いて、己の胸の前にかかげた。
「仲間じゃねぇ。奴は一匹狼だ。だが、奴の企みが面白いんで、便乗してやろうと思ってな」
嗤う賊の手のひらに、光りの玉が現れた。エネルギー弾というやつかと、ルイスは緊張した。
「お兄さん、変わった剣を持ってるな、頂こうか?」
余裕の賊が、エネルギー弾を使おうとした時、ブロウはスカイソードを一振りした。
その途端、美しい空色の衝撃波が暴力的な音を立てて、賊と賊の間を突き抜けた。一瞬で、賊達は吹き飛ばされ、道にはどこまでも深い亀裂が走った。
「やめたまえ。力づくの戦いで、私に敵う者はいない!」
悠然と王子らしからぬ台詞を、ブロウは言い放った。
「つ、強い!」
「素敵っブロウ様! 私も気絶しそう!」
「肩慣らしというやつだね。ちょっとは、カッコ良かったかい? いやぁ、昔を思い出すよ」
ブロウが高く剣をかかげながら、爽やかな笑顔を見せる中、賊達がよろよろと近づいてきて、ブロウを見つめた。
「昔⋯⋯その青い剣⋯⋯あなたはまさか、見た目からは想像もつかない、滅茶苦茶な強さと恐れられてきた、ブロウ王子か?!」
「そう! そのブロウだよ。覚えていてくれて嬉しいな。これが名声というものかな?」
喜ぶブロウに、賊達はガックリと膝をついた。
「分が悪いぜ。ちょっとした遊びのつもりだったのに、王子様のご出馬じゃあな」
王子の出現に、潔く引き下がる賊を見て、王子という存在の絶大さをルイスは知った。ルイスも膝まつきたい気持ちだった。
「危険な遊びはやめて、祭りを楽しみたまえ。カロスは勇者達にいずれ捕縛される。君達も仲間と見られれば、只ではすまないよ」
「王子様は慈悲深いな⋯⋯」
「少年や女性の前で、君達を肉片にするわけにもいくまい」
真剣な調子のブロウに、賊と一緒にルイスとアンドレアも震えた。
「君達は賊とはいえ、経験豊富で冷静な男のようだ。カロスより、僕の側についてくれるだろう?」
「⋯⋯祭りに加わろう。俺達はオトギの国を楽しみたいだけだ」
ブロウの一撃に、すっかりやる気を折られた賊達に異論はなかった。リーダーが号令をかけて、賊達は立ち上がった。
「裏山に行くのか。気をつけてくださいや、不気味なヤツがひそんでいますぜ」
リーダーが不敵な笑みと謎の言葉を残して去った。
「不気味な男⋯⋯?」
「一難去って、また一難かな? ルイス君、大丈夫かい?」
「はい、なにもできなかった自分が、悔しいですけど」
「駆け出しは、そんなものさ」
優しく言うブロウを見つめながら、思わずお姫様のスタイルに戻ったアンドレアも言った。
「そうよ。ですが、ブロウ様の素早く華麗な動きに、私も剣を抜くことさえ忘れました」
「剣を使うのは、僕に任せておくれ。大事なのは心構えだ、怖じ気づいてないかい?」
「大丈夫です! 眩し草を手にいれるまで、逃げません!」
ルイスは握りこぶしに力を込めた。
「よし、進もう!」
ルイス一行は、改めて暗い森に、突き進んで行った。




