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オトギの国のルイス〜王子様になるために来ました〜  作者: 城壁ミラノ
第4章

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第56話 完璧な王子様

 ブロウ王子は、酒場の二階に泊まっていた。

 ルイスが戸を叩いて呼び掛けると、快く中に入れてくれた。

 机とベッドがあるだけの部屋。ブロウは笑顔だったが、ルイスには狭い部屋に立つブロウが、幽閉された王子に見えた。


 ブロウが何事か聞く前に、その胸にペルタとアンドレアがすがりついて泣き出した。

 そんなふたりを、ブロウは自然と優しく抱き締め、髪を撫でて慰めた。

 ルイスにとって、頼れるお兄さんといった感じだった。そのまま任せて見守った。


「ブロウ様!  貴方と他の男を天秤にかけた私を、お許しください!」


 ペルタはまた、よよと泣き続けた。

 ブロウはペルタをイスにアンドレアをベッドに座らせ、ハンカチで涙を拭いてやった。


「それはショックだね。他の男とは、あの彫刻の様なカロスだね?」


 ブロウは微笑んだまま、特にショックでも無さそうに聞いた。


「彫刻だった、心の中まで、作り物だったのです!」

「困ったね、ルイス君」

「ブロウさんが居てくれて、助かりました」


 ルイスはブロウのふたりを慰める手際の良さに、感涙で震えながら言った。


「見習いのルイス君には、お姫様ふたりは荷が重かったね」


 先輩王子のブロウは、優しく包むようにルイスを慰めてくれた。


 ルイスはブロウに、カロスが祭りで勝つために、ペルタを利用してアンドリューを眠らせたこと、ペルタとアンドレアの他にも騙された女性と、被害を受けた男性がいる可能性があることを話した。


「カロスは、王子になれない男だったか。残念だよ。それにしても、不正がバレたら失格だろうに大胆なことをやるなぁ。きっと、天性のたらしだね。女性を口説くのが楽しいのだろう」


 ブロウの冷静な感想に、泣きつかれたペルタとアンドレアは最早呆然としていた。


「この事は運営に報告して、カロスの事は、祭りの警備をしている勇者達に任せよう」

「ブロウさん、もうひとつ、相談があるんですが」


 ルイスはアンドリューが眠っていることに不安を感じていること、起きた時、穏便に済ませたいことを話した。


「確かに、アンドリュー君は、怒らせたら恐そうだよね」

「ブロウ様! 私を連れて逃げて!」


 苦笑いするブロウから、ルイスはペルタを静かに引き離した。


「起きた後の事は、後で考えるとして、早く起こす方法なら、ひとつ知っているよ」

「教えてください!」

(まぶ)(そう)という、植物を煎じてのませるんだ。眩し草はどこにでも生えているけど、夜に探すのは大変だ。とりあえず、薬屋に聞いてみるよ」


 ブロウは宿の電話で、まずは運営に事件を報告した。次に薬屋に眩し草のことを聞き、食堂を覗いて、数人の男がテーブルに突っ伏しているのを確認し、部屋に戻った。


「事態はこの宿にも及んでいるようだね。僕は盛られなくて助かったよ。食堂を使わなかったおかげかな?」

「たとえ、完璧に口説かれようと、ブロウ様に薬を盛るなんてできません!」


 ペルタはイスから立って言い切った。


「だって、私達の王子様ですから!」


 アンドレアも立ち上がって言った。


「ありがとう」


 ブロウは笑顔の優しさのなかに嬉しさもみせた。


「こんなに、ちやほやされたのは久しぶりだ。やる気が出てきたよ。眩し草は、裏山の薬草畑にあるそうだ。暗いし、祭りの間は危険だから、僕が採りに行ってくるよ」


 軽く引き受けるブロウを、ルイスとペルタが押さえた。


「いけません、ブロウ様。私の犯した罪は、私が償います」


 ペルタの決意に、ブロウは腕を組んで何度もうなずいた。


「さすが、ペル師匠」

「ペル師匠?」


 アンドレアが胡散臭そうにペルタを見た。


「王子様をサボっていた僕を、叱り、導いてくれたんだ。運動不足、怠慢。いざという時、女性を守れない男性など、絶滅だとね」

「絶滅は、しないと思うけど?」

「ブロウ様。私さえ忘れていた、一言一句まで!」

「弟子入り志願、本気だったんですか⋯⋯!?」


 三人が呟く中、ブロウは真剣な眼差しを見せた。途端に格好良さが何倍にも増して、皆の目と心を奪った。


「昔、僕を王子様に変えた恋人が『王子様になればいいってもんじゃないのよ』と言い残して去ってしまった⋯⋯永遠に解明できない、謎の言葉だと思っていたけど」


 ブロウは真剣な眼差しを、王子見習いのルイスに向けた。


「僕は王子様になれただけで満足して、王子様の役目をサボっていたと気づけた。ルイス君の様に、お姫様の為に生きることを忘れていたんだ。許してくれ、去って行った恋人達⋯⋯」


 遠い空を見せる窓に頭をさげるようにうつむき、懺悔した。

 ルイスはそれをただまっすぐ見つめ、恋人達と複数形なのが気になりペルタとアンドレアは顔を見合わせた。


「もう大丈夫」


 ブロウはルイス達のほうに向かい笑顔を見せた。


「僕は本来逃げたくても、逃げない男だ。この件は任せておくれ!」


 力強い言葉に、三人はほっとした。

 しかし、ルイスの目に写る優男のブロウは、夜の危険な町を歩かせていい人には見えなかった。


「心配ないよ。カッコいいところを見せるって、前に約束しただろう?」


 ルイスの心配を察して、ブロウは微笑んだ。


「今回は、スカイソードを持ってきてるんだ」


 ブロウはベッドに立て掛けた剣を取った。黒い革の鞘の中から、美しい空色の長剣が現れた。


「これが、なんでも斬れる、スカイソードですか。凄い⋯⋯」

「綺麗⋯⋯」

「これは珍しい鉱石でね。この剣は、強い力の持ち主が扱わないと、本当の威力を発揮しないんだ」

「強い力⋯⋯」


 ルイスは剣の使い手、ブロウの細身を探るように見た。それに気づいたブロウが、静かに語り始めた。


「僕は若い頃から、身も心も優しかった。王子になる時、敵と闘うために強い力を持たなきゃと思った。それで、奇石に『強い王子になりたい』と願ったんだ」


 ブロウは困ったような、それでいて爽やかな顔で笑った。


「そうしたら、闇雲に強くなっちゃってね! お陰さまで、今まで負けたことはないよ!」

「凄く、ラッキーでしたね。その闇雲な願い⋯⋯」

「奇石に願う時、どんな自分を想像したか、上手く説明できないんだ。ルイス君に、教えてあげたいんだけどな」


 ルイスには、闇雲な強さでなんでも斬れる剣を振るう、ブロウが危ない王子に見えてきた。


「ブロウ様が、お優しくてよかった」


 ペルタがルイスの不安を消すことを言った。


「強い王子様、私達をお守りください」


 アンドレアが祈りのポーズで言った。


「僕からも、お願いします!」

「うん、行こうか!」


 ブロウは笑顔で、ベルトに剣を装備した。

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