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オトギの国のルイス〜王子様になるために来ました〜  作者: 城壁ミラノ
第4章

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第55話 裏切りの前夜祭

 宿に戻るブロウを見送ったルイスは、改めてアンドリューと武器屋に向かった。

 武器屋には祭りに合わせて、剣と盾が全面に売り出されていた。


「なるべく細い剣の方が、急所を突きやすいですよね」

「機械は固いだろう。すぐに折れてしまう」

「体を攻撃する必要はないですよ。機械だとわかってますけど、急所を一思いに、一撃でお願いします」

「わかった⋯⋯!」


 アンドリューはすぐさま、止めを刺す為に用いる十字架を模した短剣、ステイレットを選んだ。


「盾は?」

「盾はいい、ドラゴンの体を登るのに、邪魔になる」


 ルイスはオトギの国に来た当日、盾は要らないと言った自分を思い出した。アンドリューが言うと勇ましくカッコいいが、自分が言ったのは無謀だったなと自嘲した。


 宿に戻ると、ルイスとアンドリューの部屋の食事用のテーブルに、ペルタが突っ伏していた。早くもカロスにフラれて泣いているのか?と、ルイスはそっと近づいてみたが、ペルタは眠っているだけだった。


「よかった」

「人騒がせな」


 ふたりは安堵してイスに座った。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 夜、祭りの影響で、宿の食堂兼レストランは満席だった為、ルイス一行は部屋で食べることにした。

 町の伝統料理を食べて、食後のお茶を飲んだ時、アンドリューがテーブルに突っ伏した。


「ふたり共、久しぶりに外に出て、疲れているんですか?」


 ルイスが木の実のパイを堪能しながら、不思議そうにアンドリューを見ていると、ペルタが静かに立ち上がった。


「ルイス君ここにいて、必ず戻るから!」


 急ぎ足に部屋を出ていったペルタに、ルイスは首をひねった。


「大げさだなぁ⋯⋯?」


 ルイスがちょっかいを出しても、アンドリューは起きなかった。肩を叩いて起こそうとしたが、石像のように動かなかった。


「どうして起きないんだろう?」


 ルイスが困惑していると、ペルタが部屋に入って来た。

 そして、ぐちゃぐちゃの泣き顔で、ルイスの足元にすがりついてきた。


「許して! 王子様!」

「なっ!? どうしたんですか?」


 文字通り、膝まついて許しを請うペルタに、ルイスは驚いて尻餅をついた。


「騙されたんです!カロス、あの完璧な王子のふりをした悪党に! 愚かな私を助けて⋯⋯」


 ルイスはまず、またもペルタの恋が無情に終わった事を知った。


「落ち着いて、なにがあったか、教えてください」

「アイツは! 他の女にも同じ事を頼んでいた! 私は命を、人生を賭けて、アンドリューに眠り薬を盛ったのに!」


 ルイスは脱力と怒り、相反するふたつに支配されてしばらく動けなかったが、なんとか立ち上がった。そして、急いでアンドリューの様子を見た。アンドリューはいつも通り、静かに眠っているだけだった。

 ルイスは安堵したが、ペルタの前で悲しく言った。


「ペルタさん、裏切りは裏切りです⋯⋯」

「許して、ルイス君」

「ここでお別れですね」


 ルイスは空をにらんで、非常に宣告した。


「そんな!お情けを⋯⋯!」

「⋯⋯申し開きがあるなら、聞きますよ」


 少し芝居じみた固くるしさの中、ペルタは祈りのポーズで、下からルイスを見つめて話し始めた。


「カロスが、どうしてもドラゴン祭りで勝ちたいと! アンドリューがいたら、自分に勝ち目は無い。アンドリューを眠らせてくれって、お願いされて⋯⋯」


 ルイスはペルタがカロスにメロメロになり、周りが見えなくなるのも無理はないとは思えたが、まさか盲目的に言いなりになるとは思っていなかった。


「アンドリューさんなら、正直に話せばドラゴン祭りより、ペルタさんを優先してくれましたよ」

「アンドリューが私の恋に、加担してくれる訳無いわ」


 ペルタが負けん気を取り戻して、高飛車に言い返した。しかし、すぐに弱気な顔をルイスに見せた。


「ルイス君を傷つけたこと、謝ります。ごめんなさい!」


 頭を下げるペルタに、ルイスはしっかりと向き合った。


「僕のことはもう気にしないでください。それより、ペルタさんはアンドリューさんの扱いが乱暴過ぎですよ。前にも、シュバルツ王子に命令されて殺そうとしましたよね? いくら王子様や、カッコいい人に頼まれたからって(ひど)いですよ⋯⋯」

「だって、アンドリューはそう簡単に死にそうにないから、つい」

「アンドリューさんは不死身じゃないんですよ。もし、眠り薬じゃなくて、毒だったら」

「大丈夫、私が先に舐めて確認しておいたから。いくら私だってそれくらいしますよだ」


 ルイスはペルタが昼間、眠り込んでいたのを思い出した。


「無茶しないでください。アンドリューさんを裏切るのも、二度と無しですよ、約束してください!」

「固く約束します!」


 ふたりは約束の握手を交わした。


 その時、扉が静かに開き、ひとりの女が現れた。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 暗い廊下を背にしたその女は、縦巻きロールに紫のベルベットのワンピースとお姫様のようだったが、髪は白髪、顔と体はげっそりと痩せて、肌はペンキを塗ったように青く、正に死に絶えたお姫様だった。


「ヒッ」


 ルイスはビクッとして硬直した。


「お姫様のゾンビ!?」


 ルイスを守る為、ペルタは女の前に立ちはだかった。女は人形の様に見開かれた、大きな目をペルタに向けて口を聞いた。


「ペルタ、私よ。貴女が泣いているのを見て、ついてきたの。話は全部聞いた!」


 そして女は、はらはらと涙を流しだした。


貴女(あなた)はアンドレア!? もしや、貴女も?」


 お姫様のゾンビもといアンドレアはうなずくと、ペルタと抱き合って泣き出した。


「私は一人旅、だから、酒場の男を無差別に眠らせてくれと!」


 ルイスは目眩を覚えて両手で頭を抱えた。


「ルイス君、私の友達のアンドレア。同じ悲しみを分かちあえる、大事な戦友よ」

「初めまして、ルイスです! 王子見習いしてます!」


 ルイスは悪夢を払うように、力強く自己紹介した。


「旅に出る前に、ペルタから君の話を聞いてました。よろしくね、ルイス君。私のことも、助けてくれる?」


 悲しげなアンドレアに、ルイスは微笑みかけた。


「もちろんですよ!」

「ありがとう!」


 笑顔になったアンドレアの髪は茶色に、肌は見る間に健康的な色に戻り、体つきはふっくらとして、瞬く間に若く美しいお姫様になった。


「元気になったとはいえ、見た目が変わりすぎでは?」

「私は、心の状態に合わせて、見た目を変えられるの。分かりやすくて、可愛いでしょ?」


 アンドレアはルイスにウィンクした。ルイスは下手に刺激しないように、素直にうなずいた。


「さっきは、びっくりさせてごめんね。あんまりショックを受けたせいで、思わず死にそうになってしまった⋯⋯」

「危ない能力だなぁ」


 アンドレアは眠るアンドリューを見て、ペルタを呆れたように振り返った。


「何度目だ? 可哀想なアンドリュー」

「しーっ!」


 ペルタは人差し指を立てて口に当てたが、ルイスは聞き逃さなかった。


「ペルたん!」

「ヒーッ」

「相変わらずだね、ペルタとアンドリューは。ルイス君、大変でしょ?」

「もう馴れました。お約束、というやつですね」


 ルイスは腰に手を当てて、脱力気味に言いきった。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 三人はアンドリューをベッドに運び、不安そうに寝顔を見つめた。


「アンドリューさんはいつ起きるんでしょうか?」

「祭りが終わった頃だから、1日経ったらかしら。起きたら、この事を知ったら、怒るわよね?」


 ルイスは怒られてくださいと言おうかと、ペルタを軽くにらんだ。


「黙ってて、お願いよ!」

「そうはいきませんよ。アンドレアさんだって被害にあっているし⋯⋯」


 そこで、ルイスは嫌な予感に胸が震えた。そして、王子修業の一環で聞いたオペラの中の言葉を、険しい顔で口走った。


「誰も寝てはならぬ⋯⋯!」

「ヒッ 起きて! アンドリュー!」

「そして、潔く怒られて。いつものように。ちなみに、私は未遂よ」


 アンドレアに諭されて、ペルタはしゅんとなってうなずいた。


「ペルたんの覚悟はできたとして、アンドリューさん、丸1日起きないんですか⋯⋯町には、危ない人もいるかもしれないって⋯⋯」


 ルイスとペルタはアンドリュー不在の祭りに、心細さを感じ顔を見合わせた。


「そうだ! ブロウさんに相談しましょう!」

「ああ! 王子様がいた! 私達は救われる!」

「ブロウ様なら、きっと優しく助けてくれるわね!」

「怒られても、僕は(かば)いませんよ」


 三人は急いでブロウの宿に向かった。宿に向かう途中、ペルタとアンドレアは目敏(めざと)くカロスを見つけた。カロスは不敵な笑みを、己の腕に抱いた、悩み顔の女に向けていた。


「さっきと違う女!」


 ふたりの絶望的な呟きに、ルイスは耳を塞ぎたくなったが、両手はふたりの手でふさがっていた。


「もしかして、町中の女の人が⋯⋯」

「やめて!」

「ああっ体が青くっ」

「もう忘れるんです! そして、本物の王子様のところへ行くんです」


 再び泣き出したペルタとアンドレアの手を、ルイスは優しく引っ張って行った。

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