第55話 裏切りの前夜祭
宿に戻るブロウを見送ったルイスは、改めてアンドリューと武器屋に向かった。
武器屋には祭りに合わせて、剣と盾が全面に売り出されていた。
「なるべく細い剣の方が、急所を突きやすいですよね」
「機械は固いだろう。すぐに折れてしまう」
「体を攻撃する必要はないですよ。機械だとわかってますけど、急所を一思いに、一撃でお願いします」
「わかった⋯⋯!」
アンドリューはすぐさま、止めを刺す為に用いる十字架を模した短剣、ステイレットを選んだ。
「盾は?」
「盾はいい、ドラゴンの体を登るのに、邪魔になる」
ルイスはオトギの国に来た当日、盾は要らないと言った自分を思い出した。アンドリューが言うと勇ましくカッコいいが、自分が言ったのは無謀だったなと自嘲した。
宿に戻ると、ルイスとアンドリューの部屋の食事用のテーブルに、ペルタが突っ伏していた。早くもカロスにフラれて泣いているのか?と、ルイスはそっと近づいてみたが、ペルタは眠っているだけだった。
「よかった」
「人騒がせな」
ふたりは安堵してイスに座った。
♢♢♢♢♢♢♢
夜、祭りの影響で、宿の食堂兼レストランは満席だった為、ルイス一行は部屋で食べることにした。
町の伝統料理を食べて、食後のお茶を飲んだ時、アンドリューがテーブルに突っ伏した。
「ふたり共、久しぶりに外に出て、疲れているんですか?」
ルイスが木の実のパイを堪能しながら、不思議そうにアンドリューを見ていると、ペルタが静かに立ち上がった。
「ルイス君ここにいて、必ず戻るから!」
急ぎ足に部屋を出ていったペルタに、ルイスは首をひねった。
「大げさだなぁ⋯⋯?」
ルイスがちょっかいを出しても、アンドリューは起きなかった。肩を叩いて起こそうとしたが、石像のように動かなかった。
「どうして起きないんだろう?」
ルイスが困惑していると、ペルタが部屋に入って来た。
そして、ぐちゃぐちゃの泣き顔で、ルイスの足元にすがりついてきた。
「許して! 王子様!」
「なっ!? どうしたんですか?」
文字通り、膝まついて許しを請うペルタに、ルイスは驚いて尻餅をついた。
「騙されたんです!カロス、あの完璧な王子のふりをした悪党に! 愚かな私を助けて⋯⋯」
ルイスはまず、またもペルタの恋が無情に終わった事を知った。
「落ち着いて、なにがあったか、教えてください」
「アイツは! 他の女にも同じ事を頼んでいた! 私は命を、人生を賭けて、アンドリューに眠り薬を盛ったのに!」
ルイスは脱力と怒り、相反するふたつに支配されてしばらく動けなかったが、なんとか立ち上がった。そして、急いでアンドリューの様子を見た。アンドリューはいつも通り、静かに眠っているだけだった。
ルイスは安堵したが、ペルタの前で悲しく言った。
「ペルタさん、裏切りは裏切りです⋯⋯」
「許して、ルイス君」
「ここでお別れですね」
ルイスは空をにらんで、非常に宣告した。
「そんな!お情けを⋯⋯!」
「⋯⋯申し開きがあるなら、聞きますよ」
少し芝居じみた固くるしさの中、ペルタは祈りのポーズで、下からルイスを見つめて話し始めた。
「カロスが、どうしてもドラゴン祭りで勝ちたいと! アンドリューがいたら、自分に勝ち目は無い。アンドリューを眠らせてくれって、お願いされて⋯⋯」
ルイスはペルタがカロスにメロメロになり、周りが見えなくなるのも無理はないとは思えたが、まさか盲目的に言いなりになるとは思っていなかった。
「アンドリューさんなら、正直に話せばドラゴン祭りより、ペルタさんを優先してくれましたよ」
「アンドリューが私の恋に、加担してくれる訳無いわ」
ペルタが負けん気を取り戻して、高飛車に言い返した。しかし、すぐに弱気な顔をルイスに見せた。
「ルイス君を傷つけたこと、謝ります。ごめんなさい!」
頭を下げるペルタに、ルイスはしっかりと向き合った。
「僕のことはもう気にしないでください。それより、ペルタさんはアンドリューさんの扱いが乱暴過ぎですよ。前にも、シュバルツ王子に命令されて殺そうとしましたよね? いくら王子様や、カッコいい人に頼まれたからって酷いですよ⋯⋯」
「だって、アンドリューはそう簡単に死にそうにないから、つい」
「アンドリューさんは不死身じゃないんですよ。もし、眠り薬じゃなくて、毒だったら」
「大丈夫、私が先に舐めて確認しておいたから。いくら私だってそれくらいしますよだ」
ルイスはペルタが昼間、眠り込んでいたのを思い出した。
「無茶しないでください。アンドリューさんを裏切るのも、二度と無しですよ、約束してください!」
「固く約束します!」
ふたりは約束の握手を交わした。
その時、扉が静かに開き、ひとりの女が現れた。
♢♢♢♢♢♢♢
暗い廊下を背にしたその女は、縦巻きロールに紫のベルベットのワンピースとお姫様のようだったが、髪は白髪、顔と体はげっそりと痩せて、肌はペンキを塗ったように青く、正に死に絶えたお姫様だった。
「ヒッ」
ルイスはビクッとして硬直した。
「お姫様のゾンビ!?」
ルイスを守る為、ペルタは女の前に立ちはだかった。女は人形の様に見開かれた、大きな目をペルタに向けて口を聞いた。
「ペルタ、私よ。貴女が泣いているのを見て、ついてきたの。話は全部聞いた!」
そして女は、はらはらと涙を流しだした。
「貴女はアンドレア!? もしや、貴女も?」
お姫様のゾンビもといアンドレアはうなずくと、ペルタと抱き合って泣き出した。
「私は一人旅、だから、酒場の男を無差別に眠らせてくれと!」
ルイスは目眩を覚えて両手で頭を抱えた。
「ルイス君、私の友達のアンドレア。同じ悲しみを分かちあえる、大事な戦友よ」
「初めまして、ルイスです! 王子見習いしてます!」
ルイスは悪夢を払うように、力強く自己紹介した。
「旅に出る前に、ペルタから君の話を聞いてました。よろしくね、ルイス君。私のことも、助けてくれる?」
悲しげなアンドレアに、ルイスは微笑みかけた。
「もちろんですよ!」
「ありがとう!」
笑顔になったアンドレアの髪は茶色に、肌は見る間に健康的な色に戻り、体つきはふっくらとして、瞬く間に若く美しいお姫様になった。
「元気になったとはいえ、見た目が変わりすぎでは?」
「私は、心の状態に合わせて、見た目を変えられるの。分かりやすくて、可愛いでしょ?」
アンドレアはルイスにウィンクした。ルイスは下手に刺激しないように、素直にうなずいた。
「さっきは、びっくりさせてごめんね。あんまりショックを受けたせいで、思わず死にそうになってしまった⋯⋯」
「危ない能力だなぁ」
アンドレアは眠るアンドリューを見て、ペルタを呆れたように振り返った。
「何度目だ? 可哀想なアンドリュー」
「しーっ!」
ペルタは人差し指を立てて口に当てたが、ルイスは聞き逃さなかった。
「ペルたん!」
「ヒーッ」
「相変わらずだね、ペルタとアンドリューは。ルイス君、大変でしょ?」
「もう馴れました。お約束、というやつですね」
ルイスは腰に手を当てて、脱力気味に言いきった。
♢♢♢♢♢♢♢
三人はアンドリューをベッドに運び、不安そうに寝顔を見つめた。
「アンドリューさんはいつ起きるんでしょうか?」
「祭りが終わった頃だから、1日経ったらかしら。起きたら、この事を知ったら、怒るわよね?」
ルイスは怒られてくださいと言おうかと、ペルタを軽くにらんだ。
「黙ってて、お願いよ!」
「そうはいきませんよ。アンドレアさんだって被害にあっているし⋯⋯」
そこで、ルイスは嫌な予感に胸が震えた。そして、王子修業の一環で聞いたオペラの中の言葉を、険しい顔で口走った。
「誰も寝てはならぬ⋯⋯!」
「ヒッ 起きて! アンドリュー!」
「そして、潔く怒られて。いつものように。ちなみに、私は未遂よ」
アンドレアに諭されて、ペルタはしゅんとなってうなずいた。
「ペルたんの覚悟はできたとして、アンドリューさん、丸1日起きないんですか⋯⋯町には、危ない人もいるかもしれないって⋯⋯」
ルイスとペルタはアンドリュー不在の祭りに、心細さを感じ顔を見合わせた。
「そうだ! ブロウさんに相談しましょう!」
「ああ! 王子様がいた! 私達は救われる!」
「ブロウ様なら、きっと優しく助けてくれるわね!」
「怒られても、僕は庇いませんよ」
三人は急いでブロウの宿に向かった。宿に向かう途中、ペルタとアンドレアは目敏くカロスを見つけた。カロスは不敵な笑みを、己の腕に抱いた、悩み顔の女に向けていた。
「さっきと違う女!」
ふたりの絶望的な呟きに、ルイスは耳を塞ぎたくなったが、両手はふたりの手でふさがっていた。
「もしかして、町中の女の人が⋯⋯」
「やめて!」
「ああっ体が青くっ」
「もう忘れるんです! そして、本物の王子様のところへ行くんです」
再び泣き出したペルタとアンドレアの手を、ルイスは優しく引っ張って行った。




