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オトギの国のルイス〜王子様になるために来ました〜  作者: 城壁ミラノ
第4章

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第53話 ドラゴン祭り

 暖かい朝の日差しが入る客間で、王子様見習いのルイスは、お屋敷の家庭教師然として立つペルタの持つ本『王子様になるための問題集』に答えることになった。テーブルを囲んで、アンドリューとイクサの国の可憐な娘ユメミヤが興味深く見守っていた。


「では問題です。『午後のティーパーティーの時間です。ここに高級なお菓子が1つ、普通のお菓子が沢山あります。あなたはこれをどうやって子供達と分けますか?』想像力が大切よ!」

「うーん⋯⋯」


 ルイスは目を閉じて深く考えこんだ。


「ルイス君が考えている間に、勇者様の模範解答を。アンドリュー君どう?」

「⋯⋯そうだな、なにか簡単なミッションを用意して、高級菓子は優勝者の賞品としよう。普通の菓子は参加賞だな」


 アンドリューは腕を組んで大真面目に答えた。


「勇者様はおやつも簡単に頂けないのですね⋯⋯」

「そう、勇者の世界は厳しいのだ。ユメミヤさん」


 しんみりとするユメミヤにアンドリューは(おごそ)かに言った。


「誰が厳しくしているの? さぁ、ルイス君。どう?」


 ペルタは気を取り直してルイスを見た。ルイスは目を開けてうなずいた。


「僕の答えは『高級なお菓子を普通のお菓子にして、みんな平等にティータイムを楽しむ』です。できるなら、僕が凄い王子様になれたら、全部高級なお菓子にしてあげたいな」


 ペルタは本を落とした。


「あ、あぁ⋯⋯素晴らしい! あなたこそ、選ばれし王子様!」


 ペルタは惜しみない拍手をルイスに送った。アンドリューとユメミヤも加わった。


「俺からは決して出てこない発想だな。やはり、お前が目指すのは王子様だ。ルイス!」

「私が出会った中で、1番優しい人です!」

「ありがとうございます⋯⋯お菓子を取り替えてもらえればいいんですが」


 ルイスが喜びの涙を流しそうになった時、ペルタが本を拾って言った。


「だけど残念ですが、正解は違います」

「違うんですか! 正解は?」

「正解は、『高級なお菓子はお姫様にあげ、普通のお菓子は子供達に与える』です」


 アンドリューが盛大なため息をついて、とりすましているペルタをにらんだ。


「その答えを考えたのは、お前の仲間だな? お姫様なんてどこから出てきた!?」

「お城の中からです。王子様が居る場所を考えてなかった、想像力が足りなかった、ルイス君」


 ユメミヤが心配する横で、ルイスはガックリとうつ向いた顔をあげた。


「お姫様の存在をすっかり忘れていました。僕はまだまだですね⋯⋯」

「真面目に悩まなくていいぞ、魔女の思うつぼだ」

「私は、ルイス君の答えの方が好きですよ」


 ルイスは優しいユメミヤに微笑んだ。アンドリューは立ち上がると、ペルタから本を取り上げた。


「これは没収する」

「か、返しなさい!」


 アンドリューは本を高く持ち上げたり逞しい腕に挟んだりと、強襲するペルタをかわしながら扉の前に行った。


「俺は役場に行ってくる」

「役場かぁ、僕は留守番してます」

「せめて、ギルドと言ってあげて」


 さらに元気をなくしていくルイスを見て、ペルタがささやいた。


「わかった、ギルドに行ってくる。なにもなければ、夜には戻る。戻れない時は城に連絡する」

「二、三日羽を伸ばしてきてよ。旅好きの勇者が客間に(こも)ってちゃ、息苦しいでしょ? 私達なら大丈夫! 楽しくやるもん」

「有り難いが、ここでの暮らしは、それほど苦ではなくなってきたんだぞ。役場とそれから、床屋だな」

「ドラゴンヘアーにしてくださいよ!」


 アンドリューの髪の長さを見て、元気を取り戻したルイスは即座に提案した。


「ドラゴンに魅入られし王子様。ドラゴンヘアーって?」

「ドラゴンのたてがみのように、髪を後ろに流して(とが)らせるんです! 強く美しいドラゴンのようになれますよ⋯⋯」


 ルイスは城での修業で、芸術的、詩的な感性も磨かれつつあった。


「自分の髪でやれ」

「似合うなら、してますよ⋯⋯」


 ルイスの悲しげな顔と、ペルタとユメミヤの何か言いたげな視線が、アンドリューを襲った。


「俺に似合うなら、その髪型で構わない!」

「床屋に伝わるように、僕流のドラゴンヘアーにしておきましょう!」


 ルイスはさっそく、アンドリューの髪をヘアワックスを使ってドラゴンヘアーに変えて、満足のいく出来映えを鏡で見せた。ドラゴンヘアーはアンドリューの精悍(せいかん)で生真面目な顔を引き立たせていた。


「似合ってますよ!」

(こわ)さが増したわね」

「ルイスさんには、このトゲトゲしい髪型は似合いませんね」


 ペルタとユメミヤの意見を、アンドリューは気にしてルイスに言った。


「トゲトゲしいか? 荒っぽい見た目は、安全な旅に不都合だ。力試しの荒くれ者が寄ってくるぞ」

「今までのアンドリューさんは⋯⋯地味過ぎでしたよ」

「なっ!?」

「ドラゴンヘアーくらい力強い見た目が丁度いいんです! もしも、荒くれ者に絡まれた時、舐められない髪型ですよ!」

「かなり強そうな印象に変わったわよ!」

「俺は地味で弱そうな見た目で、勇者を気取っていたのか⋯⋯この髪型、悪くないな」


 アンドリューは鏡に向かってほくそ笑んだ。


 アンドリューの町での目的に、ヘアワックスを買うというのを加えたところで、扉がノックされた。

 現れたのは、城の主、カーム王子だった。彼が現れた瞬間、客間は極上の香りと美しさにのまれ、全員の目を釘付けにした。

 王子修業中のルイスは自分に用があるのかと、圧倒されつつ席を立ってカームの前に行った。


「ルイス君は、ドラゴンが好きでしたね」

「好きすぎですよ」


 ドラゴンヘアーにされたアンドリューが答えた。事情を聞いたカームは可笑(おか)しそうに言った。


「それは良かった。こんな祭りがあるのですが」


 ルイスはカームから羊皮紙を受け取った。『ドラゴン祭り』の見出しが目を奪った。


「ここからは少し遠い町の祭りですが、テレポートを使える案内員に連れて行ってもらいましょう。修業の息抜きに、行ってくるといいですよ」

「ありがとうございます!」


 ルイスはテーブルを振り返って、自分の護衛をしてくれている、堅物のアンドリューを見た。


「アンドリューさん、行ってもいいですか?」

「修業の息抜きか、王子の言うとおりにした方がいいな。支度しようか」


 ◇◇◇◇◇◇◇


 出発の準備を整えたルイス達は、城の玄関に集まっていた。

 S級案内員の赤い制服を着た、テレポート能力の案内員もすでに来てくれていた。


「太っちゃったぁ」


 ペルタが体を両手で隠しつつ、身を縮めた。


 ペルタはいつもの、ドラゴンの革で作られた赤いスリットドレス姿だったが、ムチッとした肉に()されて、ドレスが張りつめているようだった。ルイスは太ったレッドドラゴンを想像してしまい、フォローできずに視線をそらせた。


「ワンピースでは分かりませんが、その出陣服(しゅつじんふく)だと少々目立ちますね」


 ユメミヤのはっきりとした意見に、ペルタはショックを受けてしゅんとなった。


「痩せろ!」


 厳命をくだすアンドリューをペルタはにらんだが、意外にも冷静に言った。


「アンドリュー、貴方、魔法使いになればよかったのに。そうすれば、今の『痩せろ!』の一言で、問題は解決していたわ!」

「そんな都合のいい魔法使いになってたまるか⋯⋯動きも鈍っているに違いない。なにか対策はあるのか?」

「一応、タクティカルグローブをつけてる!」


 ペルタは両手の握り拳を見せた。黒革のグローブには、関節部分に鉄がついており、攻撃にも防御にも使えた。


「パワー系の戦いをするには、重量が足りない気がするが、その備えは気に入った!」

「後、冒険する気だけはみなぎっているわ!」

「よし!」

「水を差すようですが、ルイス君がなにか言いたげです」


 ユメミヤの言葉に、ペルタとアンドリューは難しい顔をしているルイスを見た。


「ペルたんがパワー系になるのは、反対です。お姫様から遠ざかりますよ」


 ペルタの王子様探しに協力しているルイスは、責任感から言った。すぐさまペルタは嬉しそうに身をすくめてみせた。


「すぐに元の姿に戻しますわ。王子様!」

「オトギの国の冒険はハードです。きっと、元に戻りますよ!」

「そうよね! 行きましょ、冒険へ!!」

「ルイス君、ペルたんさん、アンドリューさん、お気をつけて」


 ユメミヤがにこやかに告げて、胸の前で小さく両手をふった。


「ユメミヤ、本当に留守番でいいの?」


 ペルタだけでなく、ルイスとアンドリューも気にした。


「私はここで、ルイス君の帰りを待っています⋯⋯」


 ルイスに淡い恋心を抱くユメミヤは、胸元に両手を当てて祈るように言った。ルイスは頬をかいて、照れるしかなかった。


「ルイス君、これお金です。持って行ってください。貴方を守るように念を込めました」

「えっ、もらえないよ!」


 ユメミヤの差し出した封筒を、ルイスは優しく押し返した。


「大丈夫、お金ならあるから。お土産買ってくるからね!」

「ありがとうございます。どうか、無事で!」


 泣きそうなユメミヤを、ルイスは慌てつつなだめた。


「なんて、健気なのかしら」


 気の荒いペルタも、ユメミヤに感動のため息をついた。


「見習え!」


 条件反射で突っ込みを入れるアンドリューとペルタが、いつもの如く向かい合った。


 テレポートで連れていってくれる案内員が、ルイスに耳打ちした。


「ここは王子様、号令を」

「号令!? えっと、こういう時、王子様はなんていえば」


 ルイスは頭の中で王子様の教科書を開いてみたが、答えは出なかった。そんなルイスにペルタが助け船をだした。


「こうよ! 青空を指差して、さわやかに! 『さぁ、行こう!』」


 全員、思わず指先の青空を見上げた。


「わかりました⋯⋯」


 ルイスは負けないように力強く一歩踏み出し、勢いよく青空を指差した。


「さぁ、行こう!」


 ルイスの号令に、各々(おのおの)が声をあげて応じた。

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