第53話 ドラゴン祭り
暖かい朝の日差しが入る客間で、王子様見習いのルイスは、お屋敷の家庭教師然として立つペルタの持つ本『王子様になるための問題集』に答えることになった。テーブルを囲んで、アンドリューとイクサの国の可憐な娘ユメミヤが興味深く見守っていた。
「では問題です。『午後のティーパーティーの時間です。ここに高級なお菓子が1つ、普通のお菓子が沢山あります。あなたはこれをどうやって子供達と分けますか?』想像力が大切よ!」
「うーん⋯⋯」
ルイスは目を閉じて深く考えこんだ。
「ルイス君が考えている間に、勇者様の模範解答を。アンドリュー君どう?」
「⋯⋯そうだな、なにか簡単なミッションを用意して、高級菓子は優勝者の賞品としよう。普通の菓子は参加賞だな」
アンドリューは腕を組んで大真面目に答えた。
「勇者様はおやつも簡単に頂けないのですね⋯⋯」
「そう、勇者の世界は厳しいのだ。ユメミヤさん」
しんみりとするユメミヤにアンドリューは厳かに言った。
「誰が厳しくしているの? さぁ、ルイス君。どう?」
ペルタは気を取り直してルイスを見た。ルイスは目を開けてうなずいた。
「僕の答えは『高級なお菓子を普通のお菓子にして、みんな平等にティータイムを楽しむ』です。できるなら、僕が凄い王子様になれたら、全部高級なお菓子にしてあげたいな」
ペルタは本を落とした。
「あ、あぁ⋯⋯素晴らしい! あなたこそ、選ばれし王子様!」
ペルタは惜しみない拍手をルイスに送った。アンドリューとユメミヤも加わった。
「俺からは決して出てこない発想だな。やはり、お前が目指すのは王子様だ。ルイス!」
「私が出会った中で、1番優しい人です!」
「ありがとうございます⋯⋯お菓子を取り替えてもらえればいいんですが」
ルイスが喜びの涙を流しそうになった時、ペルタが本を拾って言った。
「だけど残念ですが、正解は違います」
「違うんですか! 正解は?」
「正解は、『高級なお菓子はお姫様にあげ、普通のお菓子は子供達に与える』です」
アンドリューが盛大なため息をついて、とりすましているペルタをにらんだ。
「その答えを考えたのは、お前の仲間だな? お姫様なんてどこから出てきた!?」
「お城の中からです。王子様が居る場所を考えてなかった、想像力が足りなかった、ルイス君」
ユメミヤが心配する横で、ルイスはガックリとうつ向いた顔をあげた。
「お姫様の存在をすっかり忘れていました。僕はまだまだですね⋯⋯」
「真面目に悩まなくていいぞ、魔女の思うつぼだ」
「私は、ルイス君の答えの方が好きですよ」
ルイスは優しいユメミヤに微笑んだ。アンドリューは立ち上がると、ペルタから本を取り上げた。
「これは没収する」
「か、返しなさい!」
アンドリューは本を高く持ち上げたり逞しい腕に挟んだりと、強襲するペルタをかわしながら扉の前に行った。
「俺は役場に行ってくる」
「役場かぁ、僕は留守番してます」
「せめて、ギルドと言ってあげて」
さらに元気をなくしていくルイスを見て、ペルタがささやいた。
「わかった、ギルドに行ってくる。なにもなければ、夜には戻る。戻れない時は城に連絡する」
「二、三日羽を伸ばしてきてよ。旅好きの勇者が客間に籠ってちゃ、息苦しいでしょ? 私達なら大丈夫! 楽しくやるもん」
「有り難いが、ここでの暮らしは、それほど苦ではなくなってきたんだぞ。役場とそれから、床屋だな」
「ドラゴンヘアーにしてくださいよ!」
アンドリューの髪の長さを見て、元気を取り戻したルイスは即座に提案した。
「ドラゴンに魅入られし王子様。ドラゴンヘアーって?」
「ドラゴンのたてがみのように、髪を後ろに流して尖らせるんです! 強く美しいドラゴンのようになれますよ⋯⋯」
ルイスは城での修業で、芸術的、詩的な感性も磨かれつつあった。
「自分の髪でやれ」
「似合うなら、してますよ⋯⋯」
ルイスの悲しげな顔と、ペルタとユメミヤの何か言いたげな視線が、アンドリューを襲った。
「俺に似合うなら、その髪型で構わない!」
「床屋に伝わるように、僕流のドラゴンヘアーにしておきましょう!」
ルイスはさっそく、アンドリューの髪をヘアワックスを使ってドラゴンヘアーに変えて、満足のいく出来映えを鏡で見せた。ドラゴンヘアーはアンドリューの精悍で生真面目な顔を引き立たせていた。
「似合ってますよ!」
「恐さが増したわね」
「ルイスさんには、このトゲトゲしい髪型は似合いませんね」
ペルタとユメミヤの意見を、アンドリューは気にしてルイスに言った。
「トゲトゲしいか? 荒っぽい見た目は、安全な旅に不都合だ。力試しの荒くれ者が寄ってくるぞ」
「今までのアンドリューさんは⋯⋯地味過ぎでしたよ」
「なっ!?」
「ドラゴンヘアーくらい力強い見た目が丁度いいんです! もしも、荒くれ者に絡まれた時、舐められない髪型ですよ!」
「かなり強そうな印象に変わったわよ!」
「俺は地味で弱そうな見た目で、勇者を気取っていたのか⋯⋯この髪型、悪くないな」
アンドリューは鏡に向かってほくそ笑んだ。
アンドリューの町での目的に、ヘアワックスを買うというのを加えたところで、扉がノックされた。
現れたのは、城の主、カーム王子だった。彼が現れた瞬間、客間は極上の香りと美しさにのまれ、全員の目を釘付けにした。
王子修業中のルイスは自分に用があるのかと、圧倒されつつ席を立ってカームの前に行った。
「ルイス君は、ドラゴンが好きでしたね」
「好きすぎですよ」
ドラゴンヘアーにされたアンドリューが答えた。事情を聞いたカームは可笑しそうに言った。
「それは良かった。こんな祭りがあるのですが」
ルイスはカームから羊皮紙を受け取った。『ドラゴン祭り』の見出しが目を奪った。
「ここからは少し遠い町の祭りですが、テレポートを使える案内員に連れて行ってもらいましょう。修業の息抜きに、行ってくるといいですよ」
「ありがとうございます!」
ルイスはテーブルを振り返って、自分の護衛をしてくれている、堅物のアンドリューを見た。
「アンドリューさん、行ってもいいですか?」
「修業の息抜きか、王子の言うとおりにした方がいいな。支度しようか」
◇◇◇◇◇◇◇
出発の準備を整えたルイス達は、城の玄関に集まっていた。
S級案内員の赤い制服を着た、テレポート能力の案内員もすでに来てくれていた。
「太っちゃったぁ」
ペルタが体を両手で隠しつつ、身を縮めた。
ペルタはいつもの、ドラゴンの革で作られた赤いスリットドレス姿だったが、ムチッとした肉に圧されて、ドレスが張りつめているようだった。ルイスは太ったレッドドラゴンを想像してしまい、フォローできずに視線をそらせた。
「ワンピースでは分かりませんが、その出陣服だと少々目立ちますね」
ユメミヤのはっきりとした意見に、ペルタはショックを受けてしゅんとなった。
「痩せろ!」
厳命をくだすアンドリューをペルタはにらんだが、意外にも冷静に言った。
「アンドリュー、貴方、魔法使いになればよかったのに。そうすれば、今の『痩せろ!』の一言で、問題は解決していたわ!」
「そんな都合のいい魔法使いになってたまるか⋯⋯動きも鈍っているに違いない。なにか対策はあるのか?」
「一応、タクティカルグローブをつけてる!」
ペルタは両手の握り拳を見せた。黒革のグローブには、関節部分に鉄がついており、攻撃にも防御にも使えた。
「パワー系の戦いをするには、重量が足りない気がするが、その備えは気に入った!」
「後、冒険する気だけはみなぎっているわ!」
「よし!」
「水を差すようですが、ルイス君がなにか言いたげです」
ユメミヤの言葉に、ペルタとアンドリューは難しい顔をしているルイスを見た。
「ペルたんがパワー系になるのは、反対です。お姫様から遠ざかりますよ」
ペルタの王子様探しに協力しているルイスは、責任感から言った。すぐさまペルタは嬉しそうに身をすくめてみせた。
「すぐに元の姿に戻しますわ。王子様!」
「オトギの国の冒険はハードです。きっと、元に戻りますよ!」
「そうよね! 行きましょ、冒険へ!!」
「ルイス君、ペルたんさん、アンドリューさん、お気をつけて」
ユメミヤがにこやかに告げて、胸の前で小さく両手をふった。
「ユメミヤ、本当に留守番でいいの?」
ペルタだけでなく、ルイスとアンドリューも気にした。
「私はここで、ルイス君の帰りを待っています⋯⋯」
ルイスに淡い恋心を抱くユメミヤは、胸元に両手を当てて祈るように言った。ルイスは頬をかいて、照れるしかなかった。
「ルイス君、これお金です。持って行ってください。貴方を守るように念を込めました」
「えっ、もらえないよ!」
ユメミヤの差し出した封筒を、ルイスは優しく押し返した。
「大丈夫、お金ならあるから。お土産買ってくるからね!」
「ありがとうございます。どうか、無事で!」
泣きそうなユメミヤを、ルイスは慌てつつなだめた。
「なんて、健気なのかしら」
気の荒いペルタも、ユメミヤに感動のため息をついた。
「見習え!」
条件反射で突っ込みを入れるアンドリューとペルタが、いつもの如く向かい合った。
テレポートで連れていってくれる案内員が、ルイスに耳打ちした。
「ここは王子様、号令を」
「号令!? えっと、こういう時、王子様はなんていえば」
ルイスは頭の中で王子様の教科書を開いてみたが、答えは出なかった。そんなルイスにペルタが助け船をだした。
「こうよ! 青空を指差して、さわやかに! 『さぁ、行こう!』」
全員、思わず指先の青空を見上げた。
「わかりました⋯⋯」
ルイスは負けないように力強く一歩踏み出し、勢いよく青空を指差した。
「さぁ、行こう!」
ルイスの号令に、各々が声をあげて応じた。




