第52話 王子様ファルシオン
次の日から、ルイスは城での暮らしに戻った。
城には、王子より女性の方が多いので、王子見習いの修業よりも、お茶の時間や食べ物の差し入れが多い。ルイスは城の仕事をこまめに手伝って、太らないように気をつけた。
それでも暇な時は、ルイスは城が建っている広大な丘に立って空を見上げた。
ルイスは広い丘を見るのが初めてだった。どこまでも続く草原のなだらかな傾斜は、ドラゴンが飛び立つのに丁度良さそうだなと、ルイスはまだ見ぬ、自分を乗せてくれるドラゴンを想像して楽しんだ。
そんな散歩をしてルイスは城に戻ったが、まだ昼下がりののんびりした時間のせいか、ルイスを呼ぶ人はいなかった。ルイスもなんとなく、そのままぶらぶらと城を探索することにした。
広い廊下の曲がり角、分かれ道、ルイスは個性的な調度品を目印に歩いた。
たどり着いたキッチンで、アンドリューを見つけた。アンドリューは約束通り、スパイスやレシピについて、女性達と話し込んでいた。
珍しいと思いつつも、料理に興味の無いルイスは、アンドリュー達をそっとしておくことにした。
ルイスが中庭に面した廊下につくと、ペルタとファルシオン王子が先に居て、ペルタが仮面舞踏会用の目隠しタイプの仮面を、ファルシオンにつけて欲しいとねだっていた。
水色と白のストライプのベストと白いズボンのファルシオンは、遠目にも爽やかだった。
ペルタさんはそういえば、あの綺麗だけど怪しいマスクが似合う王子を探していたんだったなとルイスは思いだして、結果を知ろうとふたりに近寄って行った。
ルイスに気づいたファルシオンは、仮面をつけた顔を向けた。しかも、にこやかで自然体だった。
ルイスはさすが王子様は違うなと、自分に近い幼さがある気がしていたファルシオンに、圧倒されつつ思った。
しかし、爽やかなベストと怪しい仮面はマッチせず、ファルシオンをより怪しくさせて、その姿もルイスを釘付けにした。
「今から、仮面舞踏会の稽古をつけてもらうのよ。ルイス君も来る?」
ペルタに誘われて、ルイスは厳かにうなずいた。
舞踏会用の広間には、少し怪しげなダークワルツの調が流れ、仮面をつけたファルシオンとペルタが踊りだした。
簡単なワルツだということだが、ペルタが赤いワンピースをひるがえして上手に踊っている姿に、ルイスは驚いた。
「侮れない人だ! 王子様達が、本気で警戒する訳だな⋯⋯」
重々しく呟いたルイスは、怪しい仮面をつけたファルシオンとペルタの世界にのまれていった。
「ルイス君も仮面をつけて、踊ってみる?」
一曲終わって、凛々しい顔つきに爽快な笑みを浮かべたファルシオンに、拍手を送っていたルイスは誘われた。
ルイスは自ら仮面をつけると、ペルタと踊りだした。
ルイスは練習を思い出しながらの、ぎこちないステップだったが、ファルシオンと踊ってぽーっとなっていたペルタが、持ち前の力強さを取り戻してリードしてくれてからは楽しく踊ることができた。
無事踊り終えて、ルイスはファルシオンに言った。
「王子様を目指すなら、僕がリードできるようになるのがいいですよね」
「そうそう」
物わかりのいいルイスに、ファルシオンは嬉しそうにうなずいた。両手を腰に当てて胸を張っているファルシオンは、やはりまだ少し子供っぽく見えた。
「ルイス君。王子様として、文字通りステップアップしていってる!」
ペルタが跳ね飛びそうなほど喜んで言った。ルイスは慣れないダンスを通して、成長を誉められて嬉しかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日、ルイスはファルシオン王子の部屋を学習の為と興味から訪ねた。
快く招いてくれたファルシオンは、部屋の窓辺のソファーに座った女性を絵に描いていた。
ルイスは雰囲気を壊さないようにそっと近づいた。ファルシオンの着ている高そうなシャツとズボンにも、ファルシオンの柔和だが、男前な顔にも絵の具がついていた。
モデルの女性がうたた寝しているので、ルイスとファルシオンは少し離れて話した。
「僕は王子様になる気はなかったんだ。画家になりたくてね」
画材の揃えられた部屋を、ファルシオンとルイスは見回した。
「それにはどうすればいいか? 絵を描くことに没頭するには、やはり、パトロンかと思った。だけど、見つかる訳じゃないよね。どうしようって思っていたら、カーム王子の広告『王子募集』を見たんだ」
「それで、ここに?」
「そう。王子様になれば、自由に絵を描いて暮らせると思ったからね。そのことを全部、カーム王子に正直に話したら、パトロンになるから好きなだけ居なさいと言ってくれた」
まだ若さの残るカーム王子から、圧倒的な財力と懐の深さを感じて、ルイスは彼を改めて一目置いた。
「王子様になったのも、奇石の願いをバリアの能力にしたのも、カーム王子への恩返しだよ。一生ここで暮らしたいと思ったし。それにさ、バリアの能力は絵を描きに出かける時に役に立つ、一石二鳥だよね」
「あの危ない森に、絵を描きに行くんですね」
壁には城の絵、動物の絵が飾られていた。淡いタッチで、ファルシオンの雰囲気が絵に出ていた。
「へとへとになるまで森の中で絵を描く、そんな暮らしを結構してるんだ」
画材を抱え、へとへとな姿で、城にたどり着くファルシオン。ルイスにはその様子が容易に想像できた。ファルシオン自体が絵になる人だったからだ。
「色んな王子様がいるんですね。王子様、大変じゃないですか? ここはオトギの国中の女の人がやって来るでしょう⋯⋯」
ルイスは声をひそめて聞いた。
「王子様で居ることが、この城で暮らす為の絶対条件だからね、多少苦労してもなんともないよ。僕は一生結婚する気がないからね。こんな暮らしが合ってるのかも」
ファルシオンは胸を張って、爽やかに言ってのけた。
一生結婚しないなんて、ペルタの結婚相手にならないじゃないかと、ルイスはガッカリと脱力した。
「ルイス君も」
「僕は結婚すると思うので、ここでは暮らせません」
ルイスはキャロルのことが過って、自分の言った事が大胆に思えて、ドキリと胸が鳴った。
「勧誘しようと思ったのに、牽制されてしまったな」
「だけど、もし、彼女にフラれたら、僕も傷を癒しに来ていいですか?」
「いいとも。荒んだ王子も、女の子に人気があるんだよね」
「えっ?」
ルイスは驚いたが、恋人に去られて荒んでしまったシュバルツ王子が、この城の多くの女性を惹き寄せたことを思い出した。
明日は我が身かと、ルイスは深刻な顔になった。
「冗談だよ! この城や、オトギの国で修業をつめば大丈夫!」
「はい!」
明るく励ましてくれるファルシオンに、ルイスは前向きな気持ちになった。
「素晴らしいですねぇ、ルイス君の意気込み」
ふたりのやり取りに目を覚ましたモデルの女性もやって来て、ルイスを誉めてくれた。
「ファルシオン様、ルイス君も描いてあげてください」
ピンクのドレスを着こなした女性は全てが可愛らしかった。
そんな彼女に自然体で微笑むファルシオンに、ルイスは羨望を抱いた。
「いいとも」
「ファルシオンさん、凄い人⋯⋯ですか⋯⋯?」
ルイスの言わんとしている事を読みとって、ファルシオンは苦笑いした。
「有名かってことだよね? 完全実力主義なんだ、僕は⋯⋯これが、今のところの最大の成果さ」
ファルシオンは本棚から2冊とって、ルイスに見せてくれた。1冊は絵本で、ファルシオンの描いた絵がメインだといえた。もう1冊は児童書で、童話の挿し絵だった。
「凄いですよ!知っている人の絵を本で見るなんて、初めてです! 僕もこの本、買いますよ!」
ルイスの熱い反応に、ファルシオンは王子様らしからぬ、にやけた顔になった。
「やっぱり、凄いことだよね」
自画自賛して悦に入ったファルシオンを見て、ルイスとモデルは笑った。
ルイスはファルシオンと話し合い、いつかドラゴンと丘に立つ、その姿を絵に描いてもらうと決めた。




