第51話 特別な出迎え
カーム王子の城に帰還したルイスとアンドリューを、多くの着飾った女性が出迎えてくれた。
何日もかけて領地の安全のために動いたふたりに対して、皆、かしこまった態度とにこやかな表情だった。その中でペルタも大人しく、嬉しそうに笑っていた。その隣にユメミヤも居てルイスに笑いかけてきた。ルイスはふたりを見てほっとした。
そして、本当に王子になった気がして、胸が苦しいくらい気持ちが高揚した。
ルイスとアンドリューは女性達に挨拶と礼を返して、カーム王子の元に報告に行った。大理石造りの応接間で、カームがふたりを出迎えた。
「眠り姫の管理人でしたか。彼のことは知っていますが、ずいぶん乱暴な行動をしましたね」
「誘拐されたカイトはガイドですが、人気者で中々頼めません。道でばったり会って、これ幸いと多少強引に連れていったそうです」
カームはアンドリューの話を聞いて、困った顔で笑った。
「予約をとると、約束させました」
「よかった、ありがとうございました。アンドリューさん、ルイス君、ゆっくり休んでください」
カームのねぎらいを受けたルイスとアンドリューは、着替えて客間でくつろぐことにした。シュバルツ王子の城に泊まったおかげで、疲れや眠気は取れていた。
女性達が料理を作ってくれるというのを、綺麗に着飾っているペルタの淹れたお茶を飲んで待った。
ルイスは長椅子に寝そべってくつろいだ。アンドリューとペルタとは、家族と居るような感覚になってきていた。
「こら、二度と私を置いて行かないでよね」
ペルタがルイスをつつき、アンドリューをにらんだ。
「ごめんなさい」
「お前にとって、最善の選択をしただけだ」
腰に手を当てて居丈高だったペルタは、神妙な調子になり言った。
「ありがとう。でも、置いて行かれるのは好きじゃないわ」
ルイスはペルタが、両親に捨てられた過去があることを思い出した。ペルタの繊細な部分を垣間見て、もう一度謝った。
「ルイス君、もう、気にしないで。アンドリューの気持ちもわかるのよ。この城にいると、身も心も弱体化してしまうもの⋯⋯」
大げさに体を震わせて、ペルタがルイスに笑いかけた。
「守ってくれる王子様が、沢山居るから!」
「勇者様といる方が、弱体化しそうだけどなぁ」
ルイスはアンドリューの頼もしさを思い返して言った。
「勇者様は厳しいのよ」
「確かに、アンドリューさんとの今回の冒険はハードだったなぁ」
「ルイス、俺の先を行ってなかったか?」
感慨深く冒険を振り返るルイスに、アンドリューが反論した。
「コカトリスだったか、ニワトリの怪物に襲われた時、俺は奴の目を見て気絶させられたんだが、ルイスは上手く戦ったんだ」
「素敵!」
「踏みつぶされそうになっていたんですよ。アンドリューさんが起きてくれなかったら⋯⋯」
「私もそこに居たかったなぁ」
ペルタがこぶしに力を込めて言った。
「私にも、戦わせて。一緒に冒険させてよ!」
「わかったわかった」
今にも部屋を飛び出しそうなペルタを、アンドリューがなだめ、ルイスは笑った。
「まったく、ちょっと城に居たくらいでは、出会った頃となにも変わらないな。置いていくなだの、一緒に戦うだの。勇ましいことだ」
「必死なの。アンドリューは強いから、一緒に居たくて」
「面倒みもいいですよね」
「そうね。よく考えれば、よく今まで、私を見捨てないでいてくれたわね」
ペルタは目を丸くして、他人事のように驚いた。
「頼ってくる者を、見捨てるなどできんからな。まぁ、少し手こずる相手でも、これも立派な勇者になる為の修業だと思えば、なんともない」
アンドリューはペルタを見据えて、きっぱりと言ってのけた。
「アンドリューさんが修業中でよかった⋯⋯」
「生涯修業中だ、心配するな」
アンドリューはルイスに優しく笑いかけた。それから、またペルタを見た。
「そういえば、出会った頃のお前はルイスみたいに素直で健気だったな。守ってくれるお礼だと言って、赤いリンゴをくれた。感動したぞ。大きな美味しいリンゴだった⋯⋯」
「リンゴ、採ってきます」
「待て、どこまで行く気だ?」
神妙な態度のペルタに、アンドリューがすかさず聞いた。
「食料庫」
ルイスとアンドリューが脱力している間に、ペルタは本当に赤いリンゴを持って戻って来た。アンドリューは可笑しそうに、ペルタの前まで行ってリンゴを受け取った。
ルイスは仲睦まじいふたりが嬉しく、笑顔で成り行きを見守った。
「ありがとう。美味いぞ」
目の前でリンゴをかじるアンドリューに、ペルタはムッとした顔をした。
「冒険から帰還した勇者と出迎えたお姫様。ふたりを繋ぐ意味深な思い出のリンゴ。おとぎ話なら、ここで結ばれてめでたしめでたし、でもおかしくないのに。わからない男! 本当にオトギの国出身なの?」
「俺はおとぎ話より、生の冒険譚を聞いて育った。それに、食料庫から取ってきたリンゴを食わせたくらいで、なぜそこまで大それた期待ができる? 全く」
あきれた目でペルタを見ながら、アンドリューはイスに座った。
「それにお前はお姫様じゃない。皮を被っているだけだ」
「厳しい男!」
向かい合って言い合う、いつものアンドリューとペルタに、ルイスはガックリした。
「ルイス君、ちょっとの間、私達いい雰囲気だったわよね?」
「はい。僕もちょっと期待したんですけどね」
アンドリューがギクッとなり、ペルタがよしよしとルイスの頭を撫でた。
その時、扉がノックされて、料理ができたことを知らせると、ペルタが席を立った。
「私のアピールタイムはここまでね。ゆっくりご馳走を食べて」
アンドリューが安堵のため息をついたので、ルイスは思わず笑ってしまった。ペルタが鼻を鳴らして出ていくのと入れ違いに、女性達が料理を運んできた。
◇◇◇◇◇◇◇
ルイスの前には、チョコレートホールケーキが置かれた。艶やかなチョコレートケーキの上には、色々な一口チョコレートがトッピングされていた。
アンドリューの前には置けるだけ皿が置かれていた。皿に盛られているのは、調理法の違う肉料理だった。牛豚鳥、焼き肉、煮込み、ソーセージまで自家製だと聞いて、アンドリューは喜んだ。
驚きと嬉しさで、ルイスとアンドリューは笑い合った。ルイスは危険な冒険の後のご褒美に、うっとりとした気分になった。
「とても特別な気分で、一生の思い出です」
「ありがたく、いただこう」
ルイスも肉料理をわけてもらった。
「美味しい。レストランみたいです」
「やっぱり、旅の中で作る料理とは、味付けが違うな。俺はブレンドしたスパイスを持ち歩いているんだが、後でどんなものを使ったか教えてくれ」
「キッチンにいらしてください。調味料が沢山ありますわ」
「料理のレシピを書いておきましょうか」
アンドリューと女性達が楽しげなのを前に、ルイスはチョコレートケーキを食べた。アンドリューはケーキに興味を示さないので、独り占めして無心に食べた。
ルイスは安らぎと幸福に、胸とお腹が満たされていった。ケーキはまだ半分近く残っていた。
「一生の思い出が、お腹に入りません」
「一緒に食べてあげる」
「思い出を分け合いましょう」
「ありがとうございます。僕はお茶を淹れますね」
ルイスがお茶の用意をしている間に、ケーキはほぼなくなっていた。ルイスとアンドリューは女性達とテーブルを囲み、今回の冒険譚に花を咲かせた。
◇◇◇◇◇◇◇
食事会もお開きになり、片付けをすませてルイスが自分の部屋に戻ると、部屋の前をユメミヤが鳩の様にせわしなく、行ったり来たりしていた。
「ユメミヤさん」
「ああ、ル、ルイ」
ユメミヤは白い頬を赤くさせると、袖で口元を隠して、ルイスから視線をそらせた。
「私、チョコレートケーキを作ることができなくて⋯⋯」
ユメミヤが潤んだ目でルイスを見つめた。ルイスはユメミヤの心遣いに気づいて微笑んだ。
「気にしないで、ください」
ユメミヤのうっとりした目を見ていると、ルイスはドキドキしてきた。ユメミヤは自分と同い年くらいに見えたので、ふたりで居ることに、危なさを感じた。
「私にできることを⋯⋯お茶を淹れさせてください!」
「お茶を! ありがとうございます、いただきます!」
まだ後一杯くらいならいけるなと思い、ルイスはユメミヤについて行った。
ふたりきりのティールームで、ユメミヤは慣れた手つきでお茶を淹れた。
「これは、私の国のお茶ですよ。それが、このお城にあったんです。異国の王子様の城にあるとは思いませんでした。世界中のお茶を揃えてあるそうです」
大きな棚には、数えきれない種類のお茶があった。
ユメミヤの淹れたお茶は綺麗な黄緑で、ほのかな渋みがチョコレートの後には有り難かった。
ルイスは軽快にお茶を飲み、お礼を言った。ユメミヤはまたうっとりした目で、ルイスに微笑みかけた。
「遠いイクサの国から来た人の、淹れてくれたお茶を飲んでいるなんて、なんだか不思議だなぁ」
ぎこちない口調のルイスに、ユメミヤは控えめだが可笑しそうに笑った。
「ユメミヤさんは行動力が凄いですね。女の人が独りで異国へ来るなんて。僕なんて、親に連れてきてもらったんですよ⋯⋯」
「王子様になる、定めですか?」
「定めと言えたら、カッコいいんですが、彼女に頼まれて⋯⋯」
ルイスのお決まりの文句にも、ユメミヤは動じなかったが、ルイス本人から聞かされて、悲しくならない訳はなかった。
突然、ユメミヤはティールームを駆け出して行った。ルイスは急いで後を追った。
ふたりをのぞき見していたアンドリューとペルタと数人の女性達は、ティールームの大きな扉の陰に上手く隠れた。
ユメミヤはルイスが追いかけて来ることが嬉しかった。ユメミヤが急に止まって、ルイスの手が肩を掴まえた。
ユメミヤはルイスが城に居る間、この恋を楽しもうと思った。打たれ強さがそう思わせた。
ルイスは微笑むユメミヤに連れられて、ティールームに戻った。ルイスは笑顔に戻ったユメミヤが不思議だったが、黙って様子を見ることにした。
のぞき見していた者達も、あっという間に仲良く戻って来たふたりを、不思議そうに見ていた。
夕暮れ、部屋に戻ったルイスは、一日を通して高揚した気持ちを鎮める為に、キャロル宛に今回の冒険を手紙に書いた。この時間が好きだったし、大切な時間だと思っていた。
ルイスは書き終わると、使命を果たした気分で、机に向かったまま、暗くなっていく空を眺めていた。




