第50話 大事な寄り道
翌日朝、バンとウィンクルと別れたルイスとアンドリューは、バンに教えてもらった、シュヴァルツ王子の城までの近道を突き進んだ。
森の中には、ルイスが思っていたより、ずっと多くの道と別れ道があって、道しるべや目印がなければ、とても正しい道には進めそうになかった。
バンの正確な教えのおかげで、ルイスとアンドリューは昼を過ぎた頃にシュヴァルツ王子の城にたどり着いた。
突然訪ねたルイスとアンドリューを、シュヴァルツ王子と居候の王子ロッドは快く迎えてくれた。
ロッドは余りにも早いルイスとの再開にしばらく笑っていた。
草花の鉢植えで飾られた広いバルコニーで、ルイス達はテーブルを囲んだ。
ルイスは美味しいお茶を飲みながら、疲れた体を休めた。
「シュヴァルツ様、カーム王子の城から女達が来ていますね。どうしていますか?」
アンドリューの問いかけに、シュヴァルツは秀麗な白い顔に戸惑いを見せた。
「どうもこうも、今の俺にはとても⋯⋯」
「連れて帰りましょう」
シュヴァルツが皆まで言う前に、アンドリューが決めた。シュヴァルツはほっとした顔でうなずいた。
「何人か町に出ているのだ。せっかくだから、町の王子達に挨拶してくると」
「タフだなぁ」
シュヴァルツにつれなくされても、めげない姫達に感心するルイスに、シュヴァルツは微かに可笑しそうな顔をした。
「ロッドはどうなの? 女の人達と仲良くなった?」
ロッドはなにを言うやらと言いたげに、首を横にふった。
「頑張って隠れてたんだけどさ、女の人達からしたら、かくれんぼして遊んでることになっててさ。それで考えてみてわかった。シュヴァルツ様と一緒に居るのが安全だって。みんなシュヴァルツ様の前だとお上品になる。中々近寄って来ないしな」
確かに、シュヴァルツ王子の前だと、はしゃぎにくいだろうなとルイスは納得した。
シュヴァルツは初めて会った時より、顔色は良くなっていたが、未だに、もの悲しい雰囲気をまとっていた。
「だけど、シュヴァルツ様とずっと一緒なのも大変だから、帰ってくれると有難いな」
ロッドは肩をもみながら、シュヴァルツを伺った。
しかし、シュヴァルツはロッドの軽口も慣れた様子で気にとめなかった。
「その格好も無理しているんでしょ。違和感があるよ」
相変わらず飄々とした態度と身のこなしのロッドが、シャツのボタンを全部留めて髪をとかしているのが、ルイスには窮屈そうに見えた。
ロッドはまたシュヴァルツをちらりと見てから、ルイスに顔を寄せた。
「言われたんだ。『ボタンが外れてるぞ』『髪はとかしていないのか?』」
「シュヴァルツ様は引きこもりだけど、きっちり王子様してるよね」
「今度、王子達の集会について行くんだけどさ。肩がこりそうだな」
「俺は無理強いしていないぞ。無理させているのか?」
ふたりのやりとりを聞き咎めたシュヴァルツが、少し不安そうにロッドに聞いた。
「いえ、こんな教えは基本ですよね? なんでもないです。王子達に挨拶するのも、大事だと分かってます」
ロッドは背筋を伸ばして答えた。
シュヴァルツが安堵してうなずいた。ルイスはロッドの成長を目の当たりにして面食らった。
真面目な態度と整えた見た目が、ロッドを大人びて見せた。負けられないな、とルイスは確かな嫉妬を感じつつ思った。
「将来有望だな、ロッドも」
アンドリューも感嘆した。
「女性達はいつ戻るかわからない、それにもう日が暮れる。泊まっていけ」
シュヴァルツの好意に、ルイスとアンドリューは礼を言った。
「お姉さん達が作ってくれるご馳走も、今夜までか。好きな物を毎日食べられるのは嬉しいけど、量が多過ぎて太っちまう⋯⋯まぁ、デブな王子になってもいいか」
「早まらないでよ! ロッド、頼みがあるんだから」
なりかねないと思い、ルイスは慌てて止めた。
「振り出しに戻ってきた理由か。なんだよ?」
ルイスは眠り姫のことを話した。
「変わったことをする人がいるな⋯⋯面白い話だけど、俺はね」
モテる者の余裕で、ロッドは興味なさそうに目を閉じた。予想していたことで、ルイスは食い下がった。
「今すぐじゃなくて、何年後かにでも。お願いだよ」
手を合わせて拝むしかなかった。
ロッドは目を開けた。
「今から試しに会いに行ってもいいぜ? でも、こんな軽い気持ちで行ってもいいのかな?」
「ロッド、意外に誠実なんだね」
ロッドは真剣な顔で自分を見つめる、シュヴァルツとアンドリューをチラ見した。
「空気、読んでるだけ」
腕組みして、考えた後言った。
「シュヴァルツ様、どうですか? 眠り姫。一途そうだしさ」
急に矛先を向けられたシュヴァルツは、動揺を見せたが、お茶を飲んで鎮めると、鋭い眼差しをロッドに向けた。
「一途?」
「二百年もひとりの王子を待っているんですよ。まさか、三日で別れるなんてことないでしょう」
シュヴァルツは無意識に胸をおさえ、長い黒髪の間から苦し気な顔をのぞかせた。
「まだ傷が癒えてないよ」
「早すぎたか」
ルイスとロッドは小声で言い合った。
「シュヴァルツ様なら、俺も相手にとって不足なしと思いますよ」
シュヴァルツは驚きの瞳を、アンドリューに向けた。ルイスも急いで付け足した。
「ロッドの名前は言ってないし、どんな人かも言ってませんから、シュヴァルツ様が行っても問題ないですよ」
「むしろ、喜ぶぜ。俺が待たせるより、ずっといいですよね?」
シュヴァルツはルイスとロッドにも視線を走らせてから、顔をそむけて目を閉じた。
「俺はまだ、次の伴侶という訳にはいかない。同じく、何年も待たせることになるだろう」
「伴侶」
ルイスは重厚な表現に息をのんだ。
「恋人という訳にはいくまい」
「結婚するのか、俺には無理無理」
ルイスは泣きそうな目でロッドをにらんだ。
ロッドは少し気にしたが、お茶を飲んではぐらかした。
「アンドリュー、お前が行け」
シュヴァルツが多少無理して、上に立つ者のごう慢な笑みを見せて命じた。
「勇者をやめて、王子になるんだ」
「無茶なことを!」
アンドリューは命令を振り払うように、シュヴァルツから顔をそむけた。
「俺も賛成です。王子は1人でも多い方がいいって、最近よく思う」
「僕も思うよ。お姫様が凄く多いよね」
笑い合うルイスとロッドを、アンドリューは憎たらしげに見ていたが、難しい顔で腕組みして考え込み、やがて言った。
「俺は王子にはなれない。眠り姫に相応しい男でもない」
「それは、相手と決めることだ」
シュヴァルツの指摘に、アンドリューはまた動揺しはじめた。
「アンドリューさん、眠り姫に興味津々だったじゃないですか。もう一度、会いに行って話をしてください」
すがる様なルイスを、アンドリューは悲しげに見て言った。
「すまない、ルイス。俺は眠り姫に同情というか、幸せを願う気持ちはあるが、異性として気になっているわけではない。俺には眠り姫が、不可解というか、不思議な存在過ぎて⋯⋯これ以上は立ち入れない」
アンドリューのためらいが、三人はわかる気がして、うーむと唸り合った。
「勇者にして王子、の出現を待つべきだ」
「俺達とは、この時代の男達とは、縁が無いのではないか? 後、五十年も眠れば、相応しい男が現れるかもしれない」
「でも、死ぬまでには見たいですね。眠り姫を起こした王子」
諦めムードの三人にルイスは慌てふためいた。
「待ってください! 五十年後なんて遅すぎますよ! せめて十年⋯⋯」
「確かに、十年も経てば相手が現れるかもな」
のんびりムードに変わった三人に、ルイスは怒りと焦りを感じ、そして責任を果たすべく、勢いよく立ち上がった。
「いいですか! 彼女ができない限り、三人も伴侶候補ですよ! 眠り姫が気になったら、すみやかに会いに行くんです。約束してください!」
三人は驚きに凍りついてルイスを見つめた。
やがて全員しっかりとうなずいた。
ルイスは安堵のため息をつくと、静かにイスに座って脱力した。




