第49話 ルイスとリップ
ルイスの居る辺りは完全に暗くなった。夜空の星だけが灯りだが、満天の星空で明るかった。
アンドリューは『俺は引っ込んでいるぞ』とルイスの背後に姿を消した。だが、ルイスが振り向いて見ると、あからさまに塔の陰から半身を出してこちらを見ていた。ルイスがよく周囲を見回すと、木の陰にバンとウィンクルも居た。
ルイスは気恥ずかしさに苦笑いして、落ち着く為に一息ついた。
そして瞬きして目を開けたルイスの前に、娘が立っていた。
長い金髪を控えめな縦巻きにし、白い顔に鮮やかな赤い唇。ドレスは白にも銀にも見えるほど煌めいている。ルイスにはその姿がはっきりと見えた。
「眠り姫、だね?」
動揺するルイスに、娘もぎこちない笑みを見せた。
「はじめまして、ルイス君。私は眠り姫のリップ」
「リップ⋯⋯はじめまして、僕はルイス」
ルイスとリップは少しの間見つめ合った。
ルイスには眠り姫が美しい人形の様に見えた。たとえキャロルがいなかったとしても、今の自分ではどうにもできない、眠り姫に自分は不釣り合いだと思った。
そんな事を思う、神妙な顔のルイスの横にリップが座った。
「馬車の前で話していたこと聞いてたわ。恋人が居るってこと」
リップはがっかりした様子でため息をついた。
「ここまで来てくれて嬉しかった。コカトリスと戦っているところ、かっこよかったのにな⋯⋯」
リップはまたため息をついてがっかりと肩を落とした。ルイスはなにもできなかった。ただ言葉が勝手にルイスの口から出た。
「ご、ごめんなさい」
話に早く決着がついただけに、長い沈黙がふたりを襲った。
「期待させて⋯⋯申し訳ないよ」
「謝らないで。期待させたのは、バン達だけだったじゃない」
「⋯⋯僕が彼女が居るって言っても聞いてくれなかった。大人には僕に彼女がいるように見えないのかな?」
ルイスは両手のひらを広げて見つめた。少しは大人びてきたように見えるのは、気のせいか。
「そんなことないわよ。私は信じて、がっかりしてる」
「ごめん、じゃあ大人には、僕の恋愛は遊びに見えるのかな?」
ルイスは星空を見上げて、真摯な心で遠い国に居るキャロルの顔を浮かべた。
「会ったこともない人の存在を信じるのは難しいわ」
二百年まだ見ぬ王子様を待ち続ける眠り姫の言葉に、ルイスはただうなずくことしかできなかった。
「そうだよね。だけど、本当に存在しているんだ。大事な存在なんだ」
「⋯⋯わかったわ」
リップは震える声で応えて、ルイスから顔が見えないように横を向いた。ルイスは泣かせてしまったのだという責任にかられた。
「そ、そうだ。僕の友達に王子様がいるんだけど、どうかな!?」
リップが涙を指で拭きながら、驚いた顔でルイスの方を向いた。
「まだ、見習いだから、すぐには来れないかもしれないけど」
ルイスは王子に成り立てのロッドの事を思い出してみたが、女の子に興味ない彼がその気になるか、一抹の不安を感じながら話していた。
「ルイス君のお友達なら、素敵な人でしょうね」
前向きなリップの笑顔に、ルイスも微笑んだ。
「僕より、かっこいいよ。だけど、まだ修行中だから、まだ城から出られないかも⋯⋯」
ルイスは慎重に前向きな発言をして、リップの顔色を伺った。
「何年だって待てるわ。会いに来てねと伝えて」
元気を取り戻したリップに、ルイスは優しく微笑んでうなずいた。
約束で結ばれたルイスとリップは、穏やかな気持ちで星空を見上げた。
「天の川だ、綺麗だね。僕には天の川が、イクサの国にいる龍の胴体に見えるんだ」
「龍?」
「ドラゴンは見たことある?龍はその体が蛇のように長くなっているんだ」
「イクサの国には変わったドラゴンがいるのね」
「いつかイクサの国にも行ってみたいよ」
ルイスはイクサの国ならユメミヤに話を聞こうと思い、眠り姫に集中するために今はそのことを打ち消した。
「できるなら、ドラゴン座というのを創りたいな」
「ドラゴン座? ふふふ」
ルイスとリップはしばらく、ドラゴン座を創る為に星空を見上げ話し合った。
そんなふたりを、バンとウィンクルが温かく見守っていた。話し声は聞こえないが、上手くいっている様子に感激していた。
アンドリューもあまりに穏やかな雰囲気に、少し眠気を感じながらも、微笑ましいルイスとリップの様子を温かく見守っていた。
「ドラゴン座はやっぱり難しいね。オトギの国の空にあったらかっこいいんだけど」
夢中なルイスを見てリップは楽しそうに笑っていた。
「僕のことはこのくらいにして、リップのことも聞かせてよ」
ルイスはリップの生い立ちや眠り姫になるきっかけを聞いたりと話し込んだ。話が今日のことになった時リップが言った。
「ルイス君のお友達は、コカトリスと戦ってくれるかしら?」
リップは膝を抱えて、少し不安そうにしていた。
ルイスはロッドと真夜中にドラゴンを探しに行った時を思い返した。ロッドはドラゴンから逃げなかったし、銃で撃とうとしていた。
「きっと戦うよ」
リップはほっとして目を閉じた。しかし、ルイスはロッドがお姫様の為に戦う姿を思い浮かべても、現実になるか自信がなかった。希望的観測というやつだなとルイスは思い、ロッドを上手く煽らないといけないなとも思った。
「ありがとう、ルイス」
話が尽きて、ルイスとリップは立ち上がり向き合った。
「ずっと夢に見ていた、素晴らしい時を過ごせました」
リップがそっとルイスの頬にキスをした。ルイスは優しく頬にキスを返した。もちろん頬にあたらない感触の無いキスに、お互い戸惑い笑いあった。
「バンさんとウィンクルさんに、僕の友達が来ることを話しておかないと」
ルイスは木陰からの、熱い視線が気になって言った。
「私が話すわ⋯⋯また待たせることになって少し悲しいし、申し訳ないけど」
リップは悲しげにうつ向いて肩をすくめた。
「バンさんもウィンクルさんも長生きだから、大丈夫だよ。リップのこと、娘みたいなもんだと言っていた。ずっと一緒に待ってくれるよ」
「嬉しいわ。ルイス、ありがとう、またね」
「お互い、幸せになろうね」
清々しい笑顔で手をふったリップに、ルイスも笑顔で片手を上げて応えた。
リップが木陰のバンとウィンクルと話す姿を少し見守ってから、ルイスはアンドリューのところに向かった。
「アンドリューさん、アンドリューさん」
立ったまま塔にもたれて、眠っているアンドリューを起こした。
「決着はついたか? ルイス? こんな時に眠ってしまうとはな」
「面白がってたくせに」
ルイスが軽く睨むと、アンドリューは重々しく首を横にふった。
「いや、真剣に見守っていた」
「居眠りしてたじゃないですか?」
アンドリューは今度は苦笑いした。
「いや、あまりに穏やかな雰囲気に、眠気を誘われてしまった。眠り姫が来たら、とりあえず、ぶちかまして『やっぱりお前は違う』と平手打ちでもくらうもんだと思っていたからな」
「なんですか? その雑な想像は」
アンドリューの雑で過激な予想に、ルイスは脱力した。
「すまん。お前をかつての仲間と一緒にしてはいけないな。なら、どうなった?」
アンドリューが両手を擦り合わせて、ルイスの顔を覗き込んできた。
「僕は恋人が居るんですよ」
「それでは、始まらないじゃないか」
「そうです。眠り姫だけはわかってくれてましたよ」
「それじゃ、眠り姫は振り出しか」
アンドリューは遠い目をしてため息をついた。ルイスはそんなアンドリューを安心させる為に言った。
「ロッドを紹介しました」
「ロッド! アイツがいたな!」
「僕よりいいでしょう? ロッドも王子様だし、恋人も居ないし」
「上手くいくといいな」
うなずき合うルイスとアンドリューの側に、バンとウィンクルがやって来た。
「ルイス君、残念だったけど」
「友達の王子様を差し向けてくれるとは、有難いな」
「まだ王子様になって日が浅いから、待ってもらうことになりますけど」
「いくらでも待つさ。俺達にとって数年は数時間ってところだ」
「ルイス君よりかっこいいんですって? そんな上手い話があるかしら?」
「ウィンクル、君は疑り深いな。少年の言うことは、素直に信じよう」
ロッドへの期待が高まるのを感じて、勝手な真似をしたルイスは、ロッドの反応が心配になっていった。




