第45話 イバラの塔とコカトリス
森に入ったルイスとアンドリューは、カイトの証言を頼りに道から外れて歩いていた。
しかし、カイトは暗闇の中を逃げたので、特に目印等は無く、ほとんど闇雲に歩いているに近かった。
「僕がまだ見たこともない、未知の生き物や力を持った人がいるんだ」
ルイスは警戒して辺りを見回した。足取りも軽快さを潜めて、どっしりとしたものにしようと意識していた。アンドリューはそんなルイスを見て、面白そうにしていた。
「どうした? 野宿も経験したばかりだろ?」
「ペルタさんが一緒の時は、ピクニックかキャンプみたいな気分だったんですが⋯⋯アンドリューさんと一緒だと緊張感が」
「なぜだろうな?」
アンドリューは顎に指を当てて首をかしげた。
「アンドリューさんが強敵を呼び寄せるような気が⋯⋯」
「あのな」
「勇者の宿命のようなものが、森の中には渦巻いていて⋯⋯」
「お前が楽しんでいるのはわかった」
真剣な顔のルイスに、ほっと息をついてアンドリューは前を向いた。
ルイスは苔むした地面を踏む足に力を込めた。当たりは明るく、木漏れ日が美しかった。ルイスはこんな森を危険人物がうろついているとは、信じられない思いだった。
「かなり歩けるな。まだ余裕か?」
軽快なルイスに笑顔を見せるアンドリューに、ルイスも笑顔を返してうなずいた。敵に備えて無理に歩かず、辛くなったら遠慮せず言うと約束していたが、ルイスはまだまだ平気だった。
「俺が幼い頃は、これよりもっと険しい森を遊び回ったもんだ。思えば命知らずだったな、そんな俺達子供を、勇者が守ってくれていたんだ」
興味津々な笑顔を向けるルイスに、アンドリューも笑顔を見せた。
「どんな勇者でした?」
「特定の誰かということではないんだ。勇者が現れては去り。小さな町だったからな、皆流れ者だったんだろう」
「勇者に憧れるの、わかります」
ルイスは勇者だった、亡くなった伯父を懐かしく思い浮かべた。
「小さい頃は伯父さんに憧れたな」
アンドリューはルイスに優しい笑顔を向けた。
「小さい頃、王子様に憧れたことが一度もないんです。いいのかな? 王子様になって」
急に自信を無くしたルイスに、アンドリューは少し慌てた様子で笑って言った。
「なにも絶対、子供の頃に憧れてなきゃいけないことはないだろう。今まで会った王子のことを尊敬しているか?」
ルイスは王子達のことを思い出してみた。
「はい」
「それなら問題ないさ。尊敬は憧れと同じようなもんだと、俺は思うぞ」
ルイスはほっとして、アンドリューと笑いあった。
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「遭難したりしないかな?」
木々に日差しがさえぎられて薄暗くなって、不安そうに後ろを振り返るルイスに、アンドリューは笑って答えた。
「カーム王子に話してある。いざという時は、決まった時間に狼煙ならぬ、雷を空に放って場所を知らせるから心配ない。いや、この辺の森なら、何日もさ迷わずに抜け出せるさ」
「よかった。リュック置いてきましたからね、アンドリューさんを見習ってサバイバル能力を高めるんです」
ルイスの荷物は腰のベルトにつけた、バックに入っている最小限の物だけだった。アンドリューは愉快そうにそれを見た。
苔だらけの木々、枝から下がる蔦をよけながら、ふたりは一心不乱に歩き続けた。
「見てください、トカゲだ!」
アンドリューがルイスに目を向けた時には、ルイスはすでにトカゲを捕まえていた。ルイスは両手からはみ出す、緑色のトカゲを丹念に調べた。
「体に苔をつけて、この辺の木に上手く擬態しています」
「よく見つけたな、さすがだ。けど、トカゲなんて珍しくもないだろう?」
「ここはオトギの国です。もしかしたら、ドラゴンの赤ちゃんかもしれない」
「なるほど」
しかし、今回はトカゲだったので、ルイスは木に返してやった。
「何日居ても飽きませんよ」
「⋯⋯目的を忘れてくれるなよ」
笑顔で森を見回すルイスに、アンドリューは一抹の不安を感じながら忠告した。
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それから傾斜を少し登ったところで、人工的な広場、石造りの円柱の建物が現れた。ルイスとアンドリューは迷うことなく近づいた。
「イバラですね。眠り姫の城かな?」
ルイスは建物に巻きついた、イバラのトゲを慎重に触って、かなり巨大な石の塔を見上げた。
「なーんてね⋯⋯」
笑ったルイスは、アンドリューの怪訝な顔に気恥ずかしさを感じた。
「キャロルが小さい頃、読んでくれたんですよ。知りませんか? 眠り姫」
「知っている。しかしだなルイス。俺はもうひとつ違う話を知っている」
興味深く注目するルイスに、アンドリューは静かに近づいた。
「こういうイバラの繁っているところにはな、幽霊が出るんだ」
「えっ?」
ニヤリとするアンドリューを、ルイスが探りの目で見つめていると、視界のすみに人影が現れた。
絶妙なタイミングの人影に、ルイスは思わずアンドリューのマントにしがみついて、人影の方を見た。
♢♢♢♢♢♢♢
ふたりから、少し離れたところに男が立っていた。ざんばらの茶髪に鋭い目付きに褐色の肌の三十代くらいの男だった。
幽霊には見えず、ほっとしたルイスがアンドリューの顔を伺うと、アンドリューもタイミングよく現れた男を、興味深そうに見ていた。
「あんたは?」
「⋯⋯お前達から名乗れ」
険しい顔の男は、防御力ゼロの白シャツにズボンにブーツ姿だったが、鍛えた体から発する一筋縄ではいかない雰囲気が、同じく一筋縄ではいかないアンドリューと反発しあい、両者は睨み合った。
「あの、僕達は」
「いや、あんたから名乗るんだ」
穏便に済まそうとするルイスの言葉を、アンドリューが無情にもさえぎった。
「面倒だ⋯⋯」
男は呟くと、素早く建物の陰に姿を隠した。
「ルイス、俺の後ろにいろ!」
追いかけそうになったルイスを片腕で制止して、アンドリューは警戒しながらも男の消えたほうに歩き出した。
すぐに事態は一変した。男が消えた陰から、巨大なニワトリが現れたのだ。
それはただのニワトリではなかった。ドラゴンの様な黒い翼と黒いヘビの尾を持っていた。
「コカトリスだ!」
ルイスは驚きにひきつった声を出した。
「ニワトリの化け物か?」
アンドリューは自分より少しデカイニワトリに、困惑しているだけだった。
「目を見ちゃいけませんよ!」
ルイスが警告した次の瞬間には、アンドリューの体が体勢を崩した。ルイスは支えようとしたが、アンドリューは地面に倒れた。
「アンドリューさん!!」
アンドリューは目を閉じて動かなかった。ルイスの悲鳴を聞きつけて、消えた陰から再び男が姿を現した。男はアンドリューを見てニヤリとし、ルイスに勝ち誇った顔を向けた。
ルイスは動揺しなかった。アンドリューを庇って前に出ると、男から目を離さずに剣を構えた。剣は冷静に抜くことが出来た。
しかし男は余裕の笑みを浮かべたまま、注意を引こうとコカトリスに片手を伸ばした。
「独りになってしまったな。だが、お前もすぐに後を追える、痛い目をみない内に剣をおろせ」
「無駄ですよ。コカトリスの目を見ると死ぬと言われているけど、僕は数分気絶するだけだということを知ってます。とてもドラゴンには見えないけど、なぜかドラゴン図鑑に載っているから」
少し驚いた顔を見せる男に、ルイスは向かって行き、剣を振りかざした。
「アンドリューさんに代わって僕が!」
男は巧みにルイスの一撃を避けた。だが、ルイスは間髪入れずに剣を振った。
刃引きしてあるので思いきり振れたわけだが、それを知らない男は焦った様子を見せて体勢を崩した。
ルイスの剣撃を腕にうけた男は呻いた。男が無防備なことに気づいてルイスは剣を下ろした。
そこへ、怒り狂った様なコカトリスが巨大な鉤爪の生えた足でルイスを踏み潰そうとしてきた。
ルイスは剣で受け止めたが、力で勝てるはずもなく、もがいた挙げ句、剣を鉤爪に取られ踏み潰されてしまった。
ルイスか悔しがる暇もなく、コカトリスが今度はクチバシでルイスの肩に打撃を与えた。幸い、騎士デビットに強化してもらった勇者服のおかげでダメージは無かったが、無防備な頭を庇い、コカトリスと目を合わさないように顔を背けなければならなかった。
それでなくとも、翼が発する風と音がルイスを威圧した。
「人間でありながら、ニワトリに食われるミミズの気分を味わえる。人生とは不思議なものだな」
男が楽しそうに観戦している間も、コカトリスはクチバシでの打撃を止めない。
ルイスは左腕につけた、腕輪型バリアを思い出した。だが、うまく作動できない。ルイスは後ろにふらつき、そこでなにかにぶつかった。
それは復活したアンドリューで、すぐさまルイスを自分の後ろに庇って男を睨んだ。
「よくもやってくれたな⋯⋯」
アンドリューが思いきり片腕に力を込めるのを見て、その狙う先が男だと気づいてルイスは慌てた。
「ドラ!」
「アンドリューさん!」
男に向けて強力な電撃を飛ばすアンドリューに、ルイスは体当たりして強引に狙いを反らせた。
電撃は男から外れてコカトリスに命中した。巨大なコカトリスの全身が稲光に包まれて、コカトリスはその場に倒れた。
「大変だ! しっかり!」
ドラゴン図鑑に載っているコカトリスに、ルイスは愛着が沸いていた。すぐにコカトリスの羽毛の中に手を突っ込んで、心臓の鼓動を探った。
そんなルイスをアンドリューと謎の男は不可解そうに見下ろした。




