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オトギの国のルイス〜王子様になるために来ました〜  作者: 城壁ミラノ
第3章

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第44話 脱出と新たな出発

 ペルタに書き置きを残して、城を出たルイスとアンドリューは、森目指して丘の上を歩いていた。


 ルイスは両手を広げて緑の香りを吸い込んだ。


「精々するだろ?」


 アンドリューが嬉しそうに聞いた。


「確かに、少し窮屈だったな。誰にも言わないでください」

「わかってる。同じ気持ちのヤツが居て嬉しいぞ」


 アンドリューは久しぶりに、屈託のない笑顔を見せた。


 ルイスは城を振り返って見ながら歩いた。


「ペルタさん、追いかけてきませんね⋯⋯」

「アイツには、あの城が楽園だろう」

「別人みたいになってますね」


 ルイスはおしとやかになったペルタを思い出して、首をかしげた。


「アイツの目的に叶う場所だからな。初めて会った時から、王子様王子様うるさかったもんだ」

「ペルタさんの旅は、ここで終わりですか?」


 ルイスはまた首をかしげた。アンドリューは首を横にふった。


「それが、そうはいかない」

「そういえば、前に来たことがあるみたいですね。その時住み着かなかったのはどうしてでしょう?」

「自分だけの王子を探すんだと」


 アンドリューはやれやれと言いたげな、ジェスチャーをしてみせた。


「そっか、ペルタさんの旅は、まだまだ続きますね」


 アンドリューは可笑しそうにだが、力なく笑った。


「次はアンドリューさんの事が気になるんですが、なぜ女の人を避けるんですか?」


 ギクリとしたアンドリューは、はぐらかそうか迷った様子を見せたが、柔らかい緑に視線を落として答えた。


「あの城に居ると、理不尽な目に遭った過去を思い出すんだ」


 アンドリューは今度は、空を見上げて遠くを見つめた。


「俺は一人立ちしたばかりの頃、数人の仲間と旅をしていたんだ。毎日楽しかった⋯⋯最終的には、カーム王子達の様な暮らしをしたこともある。規模はまるで比べものにならなかったがな」


 真面目だと思っていたアンドリューさんがハーレムを? ルイスは絶句してアンドリューを見つめた。


「アンドリューさんは、あんまり遊んでないですよね?」


 ルイスの予想に、アンドリューは笑ってうなずいた。


「俺はほとんど見張りや、金の管理なんかをしていた。まぁ、気になった事を自主的にな」


 なんて真面目な人だ。アンドリューさんが居ないと僕達は破滅か? という危機感がルイスの胸をよぎった。


「しかし、浮かれた暮らしで、理性を保つのは難しい。あの城で使命感を持って暮らしている王子達には、尊敬の念すら抱く。俺の仲間達は、同じ状況で腑抜けたからな。特にリーダーは、夜中に賊に寝首をかかれそうになってな。無様に逃げ出すことで助かったが⋯⋯それを見た仲間は軽蔑して去って行った。俺はリーダーの元に残った。やり直してほしかったんだ。しかし、リーダーは弁解せず去った。初めての仲間はあっけなく解散し、俺は取り残されてしまった」


 我が事の様に落ち込むルイスの肩を、アンドリューは優しく叩いた。


「俺は自暴自棄になった。今思えば、仲間の事をとやかく言えない体たらくだったな。怪我をしてもほったらかしで、さ迷っていた。そんな俺を助けてくれたのが、お前の伯母さんのビーナスさんだった」

「伯母さん」


 ルイスは享楽的な伯母と真面目なアンドリューが、なぜ親しいのかを知った。


「『勇者は挫折を味わっている姿も魅力的だ。だけど、貴方ならきっと立ち直れる』と励ましてくれた」

「伯母さん⋯⋯素直に尊敬していいですよね?」


 勇者好きの伯母の下心を、ルイスはつい警戒して聞いた。そんなルイスの疑いを察してアンドリューは慌てた。


「当たり前だろ? ビーナスさんに会えてよかった。何もかも失ったが、そこから俺は出直せたというわけだ」

「よかった」

「これで、女に(うつつ)を抜かせない、精神状態なのがわかったろ?」

「はい。あの城は試練の城ですね。耐えてください」

「任せろ」


 ルイスの真っ直ぐな視線に、アンドリューは少し押され気味に答えた。


「女の人を遠ざける旅で、ペルタさんとはどこで会ったんですか?」

「数年前、国王を決める争いの真っ只中にな。突然現れて『強そう。一緒に居ていいですか?』と言ってきたんだ。まだ少女だったから見捨てるわけにもいかなくてな。サバイバル能力はそれなりだったから、こちらも助かったが。あの頃のアイツはいつも笑顔で、素直で、お清楚(せいそ)だったんだぞ⋯⋯」


 アンドリューはまた青空を見上げた。特にお清楚がどこかに行ってしまったんだなと、ルイスは察した。


「ファウストが孤独な境遇から脱しようと必死なのはわかる。しかし、手当たり次第に王子様を口説くのはどうかと思うのだ。あんな調子じゃ、すぐ浮気すると思わないか?」


 否定出来ずに、ルイスは唸るしかなかった。


「否定してやれ。まぁ、本人が否定しているがな」

「出会った頃のペルタさんに戻ったら、いいですか?」

「王子様と結ばれる可能性はあるかもな」


 アンドリューがみせた優しい笑みを、ルイスは見つめた。


「そんなに可能性あるなら、元の性格に戻ってほしい気もしますね」

「しかし、一度変わった性格を戻すのは、難しいだろうな」

「僕は、今のペルタさんも好きですよ。明るいし、一緒にいるとちょっと大変だけど、楽しいし。アンドリューさんはどうですか?」

「どうもこうも、俺もそんな感じに思っている」


 返答に満足できず、ルイスはアンドリューを横目に見上げた。


「俺には王子要素はカケラも無い」


 アンドリューは堂々と腰に手を当てて言った。そして、また警戒心を露にした目でルイスを見た。ルイスはその視線を笑顔で受け止めた。


「アンドリューさんとペルタさんは、この国での僕の親代わりじゃないですか。いつも言い争いしているよりは、いっそくっついてくれた方がいいなって⋯⋯」


 悲し気に目を伏せるルイスの、自分達の見方を知って、アンドリューはショックを受けた。


「親代わりか。つまり、アイツとの喧嘩は教育に悪かったな。すまない。心配するな、俺達は喧嘩するほど仲がいいというやつだ」


 ルイスは納得して笑顔を見せた。


「友達、兄妹のような存在だ」

「確かに、兄さんと姉さんみたいな感じもあります」

「だろ? 男女の仲に進展するには、問題がある」

「問題かぁ」


 腕を組むルイスに慌てて、アンドリューは急いで続けた。


「他にも問題がある。解散の危機に陥った時の、アイツの態度だ。例えば、俺がリーダーと同じ失態を見せた時、アイツもかつての仲間のように去って行くんじゃないかと思うのだ。アイツは切り替えが早いからな。仲間として重要な問題だな」


 失態を犯したアンドリューをさっさと置いて行くペルタの姿が、ルイスの脳裏に浮かんだ。しかし、次にペルタは立ち止まって振り返った。ペルタはアンドリューを見捨てないと、ルイスは確信した。


「まず、アンドリューさんがリーダーと同じ失敗をするとは思えません」

「⋯⋯嬉しい言葉だ」


 アンドリューは笑顔をみせた。


「それに、ペルタさんはアンドリューさんを見捨てませんよ」

「ルイスがそう言うなら……信じよう」

「反対に、ペルタさんは失態を見せるかもしれないけど、そのまま終わる人じゃないですよ。僕達も見捨てないし、大丈夫です」

「そうだな。ルイスにそう言われたら、付き合うしかない」


 ルイスは険しい顔になって、少し黙ってから続けた。


「問題は僕だな。すぐ敵にやられて、危機を招いてしまいそうです⋯⋯だけど、僕はアンドリューさんとペルタさんと悲しい別れをしたくないから、どんな敵からも逃げません。軽蔑なんてさせませんよ」


 アンドリューはこみ上げる感動を押さえて、ルイスの肩に手を置いた。


「ルイス、お前がリーダーだ」

「アンドリューさんがリーダーじゃないと、この国は生き抜けませんよ」


 冷静なルイスにアンドリューは笑った。


「僕はアンドリューさんに、国一番の勇者になってほしいです」

「ありがとう」


 アンドリューは少し驚いたが、ルイスの真っ直ぐな目を見て笑いかけた。


 爽やかな風をうけ乱れる髪をそのままに、ルイスは期待のこもった目をアンドリューに向けた。


「国一番の勇者か。いつなれるかわからないが、今は、俺はこのまま、お前が王子様になるのをそばで見届けさせてもらう。ペルタも王子様よりお前を選ぶだろう。もしも、護衛の任務を解かれても、勝手にお供させてもらうぞ」


 ルイスは嬉しさに片手を差し出した。アンドリューはその手を喜んで握った。


 再び歩き出したルイスは、顎に指を当てて、考えながら言った。


「王子になる覚悟はできているのに、理想の姿を想像できないんです。ドラゴンの意見が足りないんだ⋯⋯早く会いたいです」

「ドラゴンを乗りこなすには、下手すると何年もかかるという。さっさとドラゴンを見つけに行くか」


 ルイスは思わずニヤリとして、前向きなアンドリューに期待の笑顔を向けた。


「いや、まず、ドラゴンに乗るには足腰を鍛えないとな。今回の森歩きは丁度いい、しっかりついて来いよ」

「心配いりません。このまま森に突っ込みましょう!」

「いい度胸だ」


 森を目指して、ふたりは勇ましく歩いた。

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