第43話 危機に備えて
翌朝からルイスは新たな行動を起こした。
決闘に備える為、中庭でルイスは一人の王子と剣を交えることになった。
ルイスの前に立つ王子は、アンドリューにも劣らないほど逞しい男だった。黒髪に明るい茶色の瞳、黑一色のベストとズボンとブーツに身を包んだ姿は、とても王子には見えなかった。
しかし、鋭い顔つきからは想像出来ない穏やかな微笑みで、ルイスの頼みを受けてくれた。
「ゲオルグ王子、手加減なしでお願いします」
自らイバラの道を選ぶルイスの意気込みに、ゲオルグも微笑みを消してうなずいた。
最初のルイスの渾身の一撃は、あえなく弾き返された。しかし、ルイスはすぐに体勢を整えて挑みかかった。その度に体はゲオルグの剣撃を浴びた。
硬化された服を着ていなければ、無事に立っていられるものではないことをルイスは自覚していた。それだけに、せめて膝をつきたくはなかった。
荒い息をしながらも、ルイスは剣を構えてゲオルグの目を真っ直ぐ見つめた。
そんなルイスの姿を女性達が、少し遠くから見守っていた。
「キャロルちゃんが羨ましい」
女性達に混じって見物していたペルタは、呟いて口を尖らせた。
「ルイス君、素晴らしい。次は女性を守りながら闘ってみようか?」
「大丈夫かな⋯⋯」
「大丈夫ですよ、ルイスさん。私は打たれ強いですから」
「ユメミヤさん」
ルイスの後ろにユメミヤが笑顔で現れた。
「剣は刃引きしてある。いや、女性を斬ることはない」
「わ、わかりました」
ゲオルグの言葉に後押しされて、ユメミヤを背に庇いながら、ルイスは本気で挑んだ。
さっきまでの様に簡単には弾かれなかった。剣を握る手に力がこもっているのをルイスもゲオルグも感じた。
「力で勝てないのなら、相手を翻弄する剣さばき。相手の武器を手放させるんだ」
ゲオルグの助言に、斬り合った状態からなんとか仕掛けようとしたルイスは、ゲオルグの圧倒的な力で弾かれた。
しかし、ルイスはユメミヤの存在を思い出して、後ろに転倒しそうな衝撃を持ちこたえた。そしてまた挑みかかった。
ユメミヤやペルタだけでなく、その場に居る女性達はルイスの姿に感動して優しく見守った。
♢♢♢♢♢♢♢
ゲオルグとの修業を終えたルイスは、シャワーを浴びてさっぱりとして客間に向かった。ノックして鍵を開けると、豪奢な客間に似合わない黒いトレーニングマシンが置いてあり、アンドリューが懸垂していた。
「僕もいいですか!」
ルイスは挨拶もそこそこに懸垂に挑んだ。しかし、これは意気込みとは裏腹に、数回で力無くぶら下がる事になった。
「おかしいな、さっきまで全て順調だったのに」
ルイスは腕の筋肉を触ってからアンドリューの腕も触り、悔しさに顔をしかめた。
「お前が俺みたいな見た目になると、女達は喜ばないんじゃないか?」
「ゲオルグさんみたいな王子もいるから、いいのでは?」
「お前はフアンやファルシオンと同じ優男だからな⋯⋯骨格から違うというか」
「骨格は変えられないな⋯⋯だけど、鍛えないわけにはいきませんよ! そうだ、天井近くの壁にへばりついて、敵の背後を取って襲いかかる。よくありますよね? あれはどれくらい鍛えれば出来ますか?」
「そんな芸当のできるヤツが、よくいるか?」
天井の隅を見上げるアンドリューを気にせず、ルイスはまた器具に飛びついた。そこへ扉が開いてペルタが現れた。
「ルイス君、筋トレに火がついたの? アンドリューみたいになるのかしら⋯⋯?」
想像をめぐらせるペルタの浮かない顔を見て、アンドリューがルイスにひそりと言った。
「俺が言った通り、喜んでないだろ?」
「そのようですね」
三人はテーブルを囲んで、ルイスはペルタが持って来てくれた、瓶入りの冷たいソーダを飲んだ。
「久しぶりに本格的な剣の修業をしたか」
「はい、次は色々な剣を試して、自分に合った剣を見つけます」
「今の剣は、少しゴツい様に見えるな」
形重視でフアンから託された剣だが、ルイスにはフアンとの大事な思い出の剣だった。
「この剣は置いて行きたくないな⋯⋯」
「俺が預かろう」
ニ本差しを検討していたルイスはアンドリューの申し出に喜んでうなずいた。
「僕の剣か⋯⋯柄のデザインを考えておこうかな。故郷の友達が、オトギの国に来ているんです。装飾職人に弟子入りして、いずれは自分の店を出すって。作ってもらいたいな」
「若いのにしっかりした友達だな。どこに居るんだ?」
「それが、まだ聞いてないんです。弟子入り出来たら手紙をくれるって。僕がこんなに早く、オトギの国に来るとは思ってなかったから」
「ホントは、ドラゴンを探しに来るつもりだったのよね」
ルイスは笑って頬を掻いた。
「キャロルの願い事を聞いてから、話し合おうと思っていたんですけど。まさか、こうなるとは。結果よかったです、友達にも早く会えるだろうし。僕の乗るドラゴンの装身具を作ってもらうんですが、剣の柄も頼もう」
ルイスの笑顔に、ペルタとアンドリューも笑顔を向けた。
「家に手紙が届いているかもなぁ。だけど、家には誰も居ないし、今まで行った町には居なかったんですよ。やっぱり、しばらく会えないかな」
「どんな子?」
「名前はキイル。茶髪で背は僕と同じくらい……」
アンドリューは小さな手帳にメモした。
「勇者服を脱ぐわけにはいかないから、なにか装身具をつけようかな」
「私も、オトギの国独特のデザインのワンピースを着ようかしら」
「防御力がゼロだぞ」
アンドリューの指摘に、ペルタは頬を膨らませた。
「そうだ、夜の王の忠実なる騎士デイビットさんに頼んだら、服を強化してくれますよ!」
「それだわ!」
ペルタは嬉しそうに笑って続けた。
「お店を開いたら、繁盛しそうじゃない? みんな喜ぶわよ」
アンドリューはヒラヒラした格好の女勇者ばかりの戦場を想像して、眉をひそめた。
「丈夫な服を着るのは大事なことだが、問題は見た目」
「今度頼んでみましょう!」
アンドリューの話を聞かずに、ペルタとルイスは盛り上がった。
♢♢♢♢♢♢♢
昼には少し早い時間に、ルイスはアンドリューの為に客間にハンバーガーとフライドチキンを運んだ。
「昼ごはんにしては、多くないですか?」
ボリュームのあるハンバーガーにかぶりついているアンドリューに、ルイスも好きなものを挟んだハンバーガーを食べながら聞いた。
「食べたら、カイトの言っていた危険人物を探しに行こうと思ってな。シュヴァルツ王子の城へ、女達が向かったと聞いた時は焦ったぞ。のんびりし過ぎたとな」
しかし、女性達は別ルートを使って危険な森を避けていた。
「無事到着して、よかったですね」
「ああ。だが、このままにはしておけない」
ルイスはアンドリューを真っ直ぐ見つめた。
「独りで行くつもりですか? 僕もついて行きますよ!」
ルイスの決意に、アンドリューは笑顔を見せた。
「強制にしたくなかった。そう言ってくれて嬉しいぞ」
「よかった。ペルタさんは?」
「アイツには内緒で行こうか」
「えっ? 怒りますよ」
ルイスは扉に目を向けながら、思わず声をひそめた。
「城に来て弱体化しているんだ。そんな心身の状態では危険だ」
「そうですね。ペルタさんも城で、僕達の帰りを待っている方が嬉しいかもしれませんね」
話が決まって、ふたりはフライドチキンを食べた。
「危険な目に遭いますよね?」
「死なせはしない。しかし、無傷の保証は出来ない」
ルイスは覚悟を決めてうなずいた。
「腹ごなしをしっかりしておくんだ。何日もろくに食べられないかもしれん」
「いつもより、ご飯が美味しいな⋯⋯」
ルイスは名残惜しい気持ちで、残りをたいらげた。




