第42話 嬉しい知らせ
この城でなにを学ぼうかと悩んだルイスは、ロッドに期待されているダンスを学ぶ事にした。
ルイスの期待通り、ダンスを得意とする女性達は何人も居た。城にはダンスを練習出来る部屋もあった。そこで、ルイスは女性達の積極的な指導を受けた。
この城の女性達の間では、肩を出して胸の谷間を見せる服が流行っていて、ルイスを苦しめた。
しかし、難しいステップのおかげで、ルイスは練習に集中する事が出来て、丁寧で優しい指導のおかげで、めげる事もなさそうだった。
休憩の為に、壁にもたれたルイスの両脇を女性が挟んだ。
「ルイス君と、もう少し年が近かったからな」
トビ色の髪をアップにして、赤い口紅が似合う美女が言った。
「ルイス君は、もう恋人が居るのよね?」
金髪を爽やかに掻きあげて美女が聞いた。
「早まったんじゃない?」
横腹をつつかれて焦るルイスを、女性達は面白そうに見ていた。
「み、皆さんはどんな願いを叶えたんですか?」
女性達の魅力に、またフラフラになりそうになるのをこらえて、胸元から奇石が消えているのに目をつけて聞いた。
「⋯⋯内緒よ」
「男の子の、喜ぶような事じゃないかな」
美に関する事だなと、ルイスは直感してうなずいた。
「ルイス君、クロニクルから、王子様達のレッスンを受けながら来たんでしょ? 皆さん、どんなご様子だったかしら?」
ルイスは女性達がにじり寄っているのに気づいた。
王子達のことは、ルイスが説明するまでもなく女性達の方が詳しかった。しかし、女性達の知らない情報もあった。
「シュヴァルツ様は、新しい恋人を探しているみたいですよ」
この情報は女性達を沸き立たせた。
瞬く間に情報は城中に広がり、シュヴァルツに会いに行く為の服選びに発展した。
「シュヴァルツ様に、この事を知らせた方がいいかな? それとも、サプライズの方が喜ぶかな?」
ルイスは電話を借りて、シュヴァルツの城のロッドを呼び出した。
『よう、もうなにか用事か?」
ロッドの可笑しそうな声に、ルイスも笑みを浮かべた。ルイスは簡単に、自分の居る城について話した。
『とんでもない城に居るな。想像するだけで鳥肌がたつぜ』
ルイスの目には、ロッドが身震いする姿が浮かんだ。
『雨が止んだら、女の人達がシュヴァルツ様に会いに来るのか。俺は隠れとこ』
「シュヴァルツ様には、喜んでもらいたいんだけど」
『まだ花が恋人みたいだぜ』
「綺麗な人達だよ、花よりもね」
『⋯⋯売り込みどうも。問題は性格だろ?」
「僕には把握出来てないよ。それに、性格はシュヴァルツ様に調べてもらわないと」
『勝手だな』
少しムッとした声のロッドに、ルイスは困って笑った。
「頼むよ。もう女の人達を止めることは出来ないんだ。それに、上手くいったらロッドも嬉しいでしょ?」
『⋯⋯仕方ないな』
シュヴァルツにはサプライズする事で話は決まった。
「恋人作りを競争する時は、自分が一番だって言ってたじゃないか。シュヴァルツ様に先を越されるんじゃない?」
『でも、二番は確実だろ?』
ルイスは言い返せずに笑うしかなかった。
『それより、浮気するなよ?』
「しないよ」
しかし、ルイスは肩を落として続けた。
「されてないか心配だよ。手紙全然来ないんだよね」
『⋯⋯雨が止んだら来るさ』
思いの外優しい声で、ロッドは励ましてくれた。
◇◇◇◇◇◇◇
雨が止んで地面が乾きだした頃、シュヴァルツに会いに出かける女性達と入れ違いに、郵便配達員が来た。
玄関で女性達を見送っていたルイスは、配達員を向かえた。
「ルイス君という少年が、この城に居るそうなんですが?」
「僕です!」
「よかった。手紙ですよ」
ルイスはカーム達宛の手紙と一緒に、ニ通の手紙を受け取った。
ロッドの予言通り、一通はキャロルからだった。
カームに手紙を渡したルイスは自室に戻ると、キャロルからの手紙を読んだ。
「キャロル、僕の為に沢山の習い事をしてる」
キャロルは料理教室や、メイクアップ教室など習い事の毎日。ダンス教室に通っていると書いてあり、ルイスは感動した。
ルイスは客間のペルタとアンドリューに報告した。
「こんなに一気に習い事をして、少し心配ですよ」
キャロルから手紙が来たことを喜ぶペルタとアンドリューを前に立ち、ルイスはそう締めくくった。
「好きな人の為なら楽しいものよ。私も小さい頃、好きな人の為に一生懸命オシャレしたっけ」
ペルタは遠い目をしてため息をついた。
「ルイス君みたいに、応えてはくれなかったな」
ペルタの悲しげな目を、ルイスは見つめ返すしかなかった。
「ルイスの喜びに水を差すな」
「ごめんなさい。手紙だけで、こんなに喜んでもらえるキャロルちゃんが羨ましくて。ルイス君は理想の恋人ね」
「僕、不安だったんです。ここだけの話、今まで会った王子様達は恋人と上手くいってなかったり、沢山恋人が居たり。王子様になるのが不安だったんです」
アンドリューとペルタは、苦笑いするしかなかった。
「だけど、キャロルは、僕が王子になる為に努力していると信じてくれてた。それに、キャロルも努力している。めげずに修業してきてよかったです」
「素敵よ、ルイス君。キャロルちゃんには負けたわ」
「よかったな、最大の魔の手を退けた。この国一番の理想のカップルだ。眩しいぞ」
ルイスは照れよりも喜びが大きく笑ってうなずいた。それを尻目に、ペルタがアンドリューに不敵な笑みを向けた。
「魔女になってキャロルちゃんを連れ去り、ルイス君の前に立ちはだかってほしかったのね?」
「やめてください」
穏やかにだがキッパリと頼むと、ルイスは気を取り直して、もう一通の手紙を開いた。
「フアンさんからですよ」
ペルタもアンドリューもすぐに睨み合いを止めて、手紙に注目した。
ルイス君元気かい? 私は今オトギの国から遠く離れた国に居るよ。疎遠になっていた恋人と別れたんだ。新しい出会いを探してしばらく旅を続けるよ。お互い成長して再び会おう
「ちょっと」
ペルタは不満をあらわに、自分を指差した。
「新しい出会いを、と書いてあるだろ」
「悪かったわね、古くて」
アンドリューの指摘にも、ペルタは口を尖らせた。
「まぁまぁ、フアンさんの幸せを祈りましょう。フアンさんも僕達の幸せを祈ってくれたじゃないですか」
「ルイス君に諭されるとは」
「何度目だ?」
アンドリューの突っ込みに、ペルタは肩をすくめた。
「ま、最終的には私の元へ来ることになるでしょ」
「⋯⋯お前に恋人が出来たところに、もし、万が一フアンがやって来たら、どうするつもりだ?」
ペルタはアンドリューの疑問にギョッとした顔を見せたが、すぐに冷静に考えて答えた。
「その時は決闘してもらうわ。勝った方と結婚します」
「オトギの国って感じですね」
乗り気なルイスを、アンドリューは驚きと動揺の目で見た。
「案外、ルイスが決闘で命を落としたりするのか?」
「なんで、僕が負ける想像をしてるんですか?」
「すまん。若さゆえに余裕を失い負ける。よくある話だからついな」
ルイスは腕を組んで真剣に言った。
「決闘になった時の、心構えも必要なんですね」
「キャロルちゃんが羨ましい」
ため息をつきそうになったペルタは、姿勢を正してルイスを見た。
「シュヴァルツ様の元へ、女性陣を向かわせたそうね?」
ペルタの鋭い眼差しに、ルイスはギクッとして身構えた。
「向かわせたというか、向かったというか⋯⋯シュヴァルツ様にも幸せになってほしいですよね?」
「そうだけどぉ。置いてきぼりはイヤだわ。私の恋人探しは、もうしてくれないの?」
「しばらく休みましょう? そういうところですよね?」
優しいルイスの笑顔に、ペルタは素直にうなずいた。
「ルイスに頼るのは止めろ、自分で探せ」
「どこを?」
ペルタの難問に、アンドリューとルイスは答えを出せなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
夕暮れ時に、ルイスは再び電話でロッドと話した。
『綺麗な女の人が沢山来たぜ。シュヴァルツ様は結構ビビってたな。だけど、追い返さすに城に入れたよ。使ってない部屋の掃除をサボらなくてよかったぜ』
「よかった。ありがとうございますと伝えて」
『ああ。とりあえず、お見合いってやつをするみたいだ』
「お見合いを!? 偉いね⋯⋯」
ルイスはアンドリューが拒んだお見合いを受けるシュヴァルツに、違いを見せつけられた思いで受話器を置いた。




