第39話 イクサの国からユメミヤ
礼拝堂。
ルイス一行がたどり着くと、白い柱に溶け込む様に白装束の若い娘が座り込んでいた。
娘はルイス達に気づくと静かに立ち上がった。
カイトが駆け寄った。
「ユメミヤさん! 無事でしたか」
「カイトさん、よく無事で」
娘は袖で目元を押さえながらカイトを向かえた。
カイトは片手でルイス一行を示した。
「こちらの皆さんに会えて、ここまで無事にたどり着けました。僕の旧知の間柄の人達です、恐がる事はありません」
娘はルイス一行にお辞儀して微笑んだ。
「ありがとうございました。カイトさんを探そうにも、私ひとりで右も左もわからず、どうしようと思っていたところです」
丁寧にお辞儀した。
「私はユメミヤと申します」
「ルイスといいます」
「私はペルタ」
「俺はアンドリューだ」
ペルタがユメミヤの前に出た。
「来る場所、間違ってるわよ」
「えっ?」
とっさに防御の型をとって身を縮めるユメミヤ。
ペルタは上から下まで眺めた。
「貴女は、イクサの国に行きなさい」
ペルタは占い師の如く断言した。
ユメミヤは自分の服装を見下ろして笑顔になった。
「私はその、イクサの国から来たのです」
ユメミヤは肩までの整った黒髪に、イクサの国の民族衣装キモノに見えなくもない、白いワンピースを着ていた。
「なんだ、そうだったの」
「はい。そうでした。カイトさんを助けてくださったお礼をしなければ⋯⋯」
ユメミヤは柱のそばにしゃがんでカバンを開いた。
「イクサの国の、珍しい物とかくれるの?」
ペルタが期待して、ユメミヤの隣にしゃがんだ。
「いえ、お金です」
「お金⋯⋯」
がっかりするペルタを気にせずに、ユメミヤは封筒にお札を入れながら答えた。
「この世はお金です」
悲しい顔をするペルタに気づかず、ユメミヤは淡々と続けた。
「私はイクサの国の権力者に、お金と引き換えに差し出されそうになり逃げました。それから女独りで生きるには、憎いお金しか頼る物はありませんでした⋯⋯でも今は、お金さえあれば生きていける世の中でよかったと思います。誰にも頼らずに済みますから」
「イクサの国は、殺伐としているわね」
「常に、領土を取り合う戦をしています。私のように弱い者は、さっさと切り捨てられるのです。そんな私が頼るなんて誰もが迷惑でしょう。私は誰にも迷惑だと思われたくないのです」
刀のように研ぎ澄まされた態度のユメミヤ。
ペルタは大いにたじろいだ。
「迷惑だなんて⋯⋯ねぇ?」
ペルタは助けを求めて、ルイス達に回答を求めた。
「頼られると嬉しいですよ」
ルイスは一番に笑顔で答えていた。
「なにもかも頼られるのは迷惑だがな。俺は下僕にはならない」
アンドリューがユメミヤではなくペルタをキッと見て答えた。ペルタもキッと見返していた。
「僕は仕事柄からも言えますが、個人的にも迷惑なんて思いませんよ」
カイトが笑顔で答えた。
「頼れる男が三人も居る! よかったわね」
ペルタは片手で三人を示して、ユメミヤに笑いかけた。
「オトギの国の皆さん、お優しいですね。私、カイトさんのこと、幼い頃に聞いたおとぎ話の王子様みたいに思っているんです。私をここまで守ってくれて⋯⋯」
「そうでしょう!? 確かに、カイト君は王子様入ってるわよね」
ユメミヤとペルタの言葉に、カイトは照れ笑いした。
「いやぁ、優しさも、案内員の務めですから」
「仕事と言って、乙女の淡い期待を突き放すんだから、カイト君は⋯⋯意地悪ね」
「少し、残念ですね」
落ち込むユメミヤとペルタに、カイトは今度は慌てた。
「仕事と割りきらないと離れがたいですから! 体がいくつあっても足りませんよ」
自分を何人でも増やせるカイトは自重するように言った。
ルイスはカイト君はモテるなと素直に感心し、王子様に見られているカイトに、密かに尊敬の眼差しを向けた。
「仕方ない、他の王子様を探しましょ」
ペルタの提案に、ユメミヤは笑顔でうなずいた。
「私、オトギの国の王子様に会ってみたいと思って、ここまで来たのです」
「私もよ!」
ペルタはユメミヤの手を握って笑いかけた。
「同士であり、ライバルね!」
ペルタの宣言にたじろぐユメミヤに、カイトが解説した。
「王子様が足りないんですよ。取り合いになる確率が高いです」
「同じ人を好きになったら、遠慮はしないわよ!」
「わかりました。受けて立ちます!」
ユメミヤは小さくこぶしを握りしめて、笑顔で答えた。
「お前の希少価値がまた上がったな」
アンドリューが冷静にルイスに言った。
「王子様、ですか?」
ルイスは自分に興味を示したユメミヤに向き合った。
「見習い、修業中です」
「見習い、修業中……」
とてもそうは見えない。
ユメミヤは目を大きく見開いてルイスを見つめた。
金髪碧眼で優しそうでカイトさんに似ているけど、自分と年が近そうで……
言葉を失い、見つめるしかなかった。
自分と同じように遠い国からやって来たユメミヤ。
ルイスも興味津々で質問した。
「イクサの国から、お金だけを頼りにここまで来たんですか? 凄くタフですね! オトギの国への直通便があるのかな? テレポートですか?」
「テレポートです」
「奇石の能力ですか?」
「いいえ、私は別の願いを叶えました。打たれ強さです」
「打たれ強さ?」
ルイスだけでなく、アンドリューとペルタも興味を示した。
「例えば、物にぶつかっても痛くありませんし怪我もしません。一番助かるのは、気絶させる為に首や鳩尾を殴りますが、私には効かないことです」
「上手い願い事ですね」
ルイスとカイトは感心したが、ペルタがアンドリューを示した。
「この男は電撃を操るのよ。痺れさせて動きを奪うわ!」
「雷に打たれるって言いますから、打たれ強いなら、ユメミヤさんに電撃は効かないかもしれませんよ?」
カイトの予想に、
「アンドリューさん、よろしければ試して頂けませんか?」
ユメミヤが頼んだ。
アンドリューは指先を向けようとしたが、向きを変えてペルタに言った。
「いきなりは気が引ける。お前で先に加減を試させてくれ」
「なんですって!? お断りよ!」
当然拒否されたアンドリューは、身代わりを引き受けたカイトで試してから。
ピリッ
軽く痺れる電撃をユメミヤに食らわせた。
「効きません。カイトさんの予想が当たりましたね、よかった」
「もう少し、強いのをどうだ?」
アンドリューは自分の能力が効かないことが不服で、思わず提案していた。
「どうぞ」
ビリッ
もう少し強い電撃を食らわせたが、ユメミヤは平気だった。
「よかったわね、アンドリュー! 怪我をさせる心配の無い女の子が現れたわよ?」
ペルタが思わせ振りなことを言って、不服さだけを感じていたアンドリューはたじろいだ。
「もう少し訓練すれば、完全に操ることが出来るようになる。そんな女は必要ない⋯⋯いや、ユメミヤさん、君がどうとかいう問題では無いんだ。今の話は、気にしないでくれ」
ユメミヤは優しい笑顔をアンドリューに向けた。
「大丈夫です。私、心も打たれ強いんです」
「羨ましい。私も打たれ強くなりたい!」
胸の奇石に手を当てるペルタに、ユメミヤは警告する顔つきになった。
「いいことばかりではありません。大勢の人が感動している事に感動出来なかったり、泣いている事に泣けなかったり。胸を打たれる事、心に響く事が少なくなりますよ」
「ひとりだけ反応が薄い人、になるのね?」
「冷たい人に思われるかもしれません」
「いいことは?」
ユメミヤは宙を見て少し考えた。
「泣いたり落ち込んだりする事が、無くなった気がします。沢山の障害がありましたが、想像以上の早さでオトギの国に来れました。立ち直りが早いのかもしれません」
「へぇ」
ユメミヤは慌てて付け加えた。
「意地悪したりしないでくださいね。感情はあるんですからね!」
肩を怒らせるペルタの横で、ルイスが優しく言った。
「ペルタさんは見た目は強くて恐いかもしれないけど、悪人じゃありませんよ」
「ルイス君⋯⋯嬉しいような嬉しくないような気持ちだけど、庇ってくれてありがと」
ルイスとペルタを、ユメミヤは微笑ましく見ていた。
「優しいですね、王子様になろとなさるのも、うなずけます」
「ありがとうございます」
ルイスとユメミヤと笑顔を交わした。
笑顔のユメミヤは頬が桃色に染まって可愛いかった。
「微笑ましいふたりね」
ペルタの呟きに、
「よかったですね。ユメミヤさんとルイス君の目的地は同じですよ」
カイトが笑顔で言った。
喜ぶユメミヤとルイスとペルタを他所に、アンドリューはカイトを後ろから締め上げた。
「なぜあんなところに、いたいけな娘さんを連れて行く? 獣に餌をやるような真似をお前がするとはな、カイト」
「獣に餌を? 私は、旅に疲れた女性を王子様が癒してくれる場所だと聞きましたが」
ユメミヤが首をかしげて、カイトとアンドリューを見た。締め上げられながら、カイトはユメミヤにうなずいた。
「その通りです。アンドリューさんは⋯⋯勇者仲間の噂を聞いて……勘違いしているんですよ⋯⋯待っているのは王子様達です⋯⋯あの城は旅に疲れた女性や弱い人の為の城です」
「騙されんぞ」
「カイト君が私達を、騙すわけないでしょう?」
ペルタが止めに入って厳格な顔で言った。
ルイスもカイトに親近感を感じていて同調した。
「そうですよ。カイト君の言うことは信じていいと思います」
ルイスが言うならとユメミヤは自然に思った。
「アンドリューさん、参りましょう?」
孤立無縁のアンドリューは愕然としてカイトを解放した。




