第38話 カイト君
森の中から飛び出して来たのは、いかにも優男な青年だった。しかし、スラリとした姿と身軽な動きから敏捷さが見えた。
「あ、カイト君」
夢でも見ているようなペルタの呟き。
「ペルタさんですか? こんなところで会えるとは」
青年の方も、驚きに目を丸くして近づいてきた。
「アンドリューさんも」
「久しぶりだな、カイト君」
「カイト君は、優秀なAランク案内員よ。私がオトギの国に来たばっかりの時、しばらく一緒にいてくれたの」
ペルタが笑顔でルイスに説明した。
「王子様みたいに優しいのよ」
ルイスはカイト君を改めて見た。
金髪碧眼に優しそうな顔。濃紺の案内員の制服が王子様の軍服のようで似合っている。
納得してうなずいた。
ペルタを抱きとめるカイトとルイスと目が合った。
「君は、ルイス君だね?」
「はい。初めまして」
「初めまして。僕は、案内員をしているカイトといいます。伯母さんから話しを聞いてるよ」
伯母ビーナスは同じ案内員をしている。
ルイスはうなずいた。
「王子様になるか、勇者になるか、決めるための旅をしているって?」
ルイスは苦笑いした。
「カイト君、どうした? なにがあった?」
アンドリューはカイトの出てきた森の方角を、油断無く見つめた。
「それが、案内の最中に森の中から出てきた男に、今から俺の案内をしろと急に言われて、断ったんですが捕まってしまって。夜になってなんとか逃げて来たんです」
「大丈夫? 怪我はない?」
「大丈夫ですか?」
ペルタとルイスはカイトが無事か調べた。
「ありがとうございます。大丈夫です。それに、案内をしていた人は捕まらずに済みました。お一人なので無事かどうか早く確かめないと」
「今からは私が守ってあげる。一緒に行きましょう!」
ペルタはカイトの肩に、体を寄せて微笑んだ。
「ありがとうございます。とにかく安心ですよ」
「では、どうするか」
アンドリューが意見を求めてカイトの顔を見た。
「案内していた人には、この先の礼拝堂に逃げてもらいました⋯⋯無事ついているかどうか」
「礼拝堂まで行ってみるか。もし、居なければ引き返して森を探そう」
アンドリューについて行く様に、ルイス達は歩き出した。
「案内してる人って男の人? 女の人?」
ペルタが聞いた。
「女性です」
「なんだ」
ペルタは明らかに気に食わないという顔をした。
カイトは苦笑いするしかなかった。
「全く、少しは成長しろ。カイト君の邪魔をするなよ」
懐中電灯で森を照らしながら、アンドリューが釘を刺した。
「他の人の案内を、邪魔したことなんてありません! ね? カイト君」
「ええ、それはありません」
得意気になるペルタと、押され気味のアンドリューのやり取りを見て、カイトはほっとして笑った。
「こうしてると安心しますね。さっきまでは、森の中が怖くてどうしようと思っていたんですよ。自分だけなら平気なんですが、誰かとはぐれてると思うと不安で不安で。やっぱり、なんとかして一緒に逃げたかった」
「カイト君の能力なら、簡単のはずでは?」
「使う隙がなくて⋯⋯」
面目無さそうに頭を掻いた。
「いや、簡単に使っていい能力じゃないだろう」
「どんな能力ですか?」
片手を上げて質問したルイス。
カイトは優しく笑って答えた。
「分裂ですよ。自分を無限に増やせるんです」
「分裂!? 分身じゃなくて?」
「分身で想像したら、いいところで消えてしまう想像しか出来なかったんですよね。大事なところで消えたら困りますからね。分裂した自分は全く別の人生を送っていて、分裂後は記憶や体験を共有とかは出来ないけど、今のところ上手くやってますよ」
「今、何人居るんですか?」
「五人出して、二人見送りました」
「見送った?」
ルイスが不吉な予感に身構えていると、カイトは笑顔のまま答えた。
「自分のお葬式に出るのは複雑でしたね⋯⋯」
「じ、自分の?」
「ルイス君には刺激が強すぎましたか。生きてる内の二人は案内を、一人は喫茶店で働いてますよ」
「一番最初のカイトさんは?」
「ペルタさんの案内をしていた僕ですね。僕は三番目です」
「さ、三番目」
最初のカイト君じゃないのは複雑だな。
ルイスは戸惑いながらお辞儀していた。
「よくわからなくて変な気分だけど、自分がいっぱいいるって、いい能力ですね。楽しそう」
「楽しいですよ。定期的に集まって情報交換して。全員自分だと思うと面白いんですよ」
ルイスとカイトは状況を忘れて笑いあった。
「カイトやルイスなら増えても構わないが、誰でも使っていい能力ではないな」
アンドリューがチラッとペルタに視線を送って言うと、ペルタは重々しく応えた。
「そうよ。例えば、アンドリューが無限に増えたら、この世の終わりだわ!」
「それは、俺がお前に言う台詞だっ」
「まぁまぁ」
身を乗り出すアンドリューとペルタの間で、すかさずカイトがなだめた。
ルイスはカイトの素早い対応に感服し、頼もしさを感じた。
そうこうして歩いていると、
「少し、明るくなって来ましたね」
安心感と軽い眠気を感じてルイスは目をこすった。
「森もそろそろ出られるぞ」
アンドリューの言った通りだった。
少し歩くと森を出ることが出来た。
薄紫の空を背景に、緑の丘がどこまでも広がっていた。ルイスは疲れを忘れて感動して眺めた。
「あの白い建物が礼拝堂よ!」
「落ち着け、無事で居るとは限らんぞ」
ルイスは双眼鏡で礼拝堂を見た。
「柱のところに女の人が居ます。その人しか居ないみたいです」
カイトも双眼鏡を覗いた。
「間違いありません。あの人です」
「柱の陰に誰か隠れて居るかもしれない」
アンドリューが警戒して言った。
ルイスとペルタとカイトはアンドリューのマントに隠れながら、礼拝堂に近づいて行った。




