第37話 危険な野宿
休憩を終えて歩き続けたが、この日も森の中で日は暮れた。
後は寝るだけという時間、焚き火を飽きずに見つめていたルイスは、遠くで男達の笑い声がしたのを確かに聞いた。
怯えるペルタを残して、ルイスはアンドリューについてこっそりと声の方に近づいて行った。
木に隠れたアンドリューの体越しに見ると、5人の男が焚き火を囲んでいた。無骨な男達で、ルイスは警戒心を強めた。
アンドリューに戻るようにうながされて、ルイスは走りたいのをこらえてまたこっそりと引き返した。
「下手に関わる必要は無い。充分、距離もある」
アンドリューの判断に従ってルイスは焚き火に戻るとすぐに、大人しく座っているペルタに口に人差し指を当てて見せた。ペルタは同じジェスチャーで応えた。
ルイスとアンドリューはそっと座って焚き火を囲んだ。
「盗賊かしら? 恐ろしいわ、私が見つかったら私をめぐって争いが始まるわ」
ペルタは大袈裟に震えたが、ルイスとアンドリューは黙ってそんなペルタを見つめていた。
「そうやって戦う中で命を落とし、この国の悪は増えすぎないように出来ているのよ。私がその戦いの火蓋を切って落とすのは悲しいけど、自然の摂理には抗えないわよね」
「お前が戦いの火蓋を切って落とすことはない、とだけ言っておこう」
アンドリューを睨みながら、毅然と立ち上がろうとしたペルタを、ルイスは手を引っ張って止めた。
「ルイス君に免じて、貴方の鼻をあかすのは止めといてあげるわ」
ペルタは座り直すと頬杖をついて宙を見つめ、独り妄想に浸り始めた。
◇◇◇◇◇◇◇
焚き火を小さくして、ルイスとペルタは膝を抱えて目を閉じていた。アンドリューは男達の居る方角に背中を向けて木にもたれていた。
木の陰からこっそり現れた男は、アンドリューが同じ木にもたれているのに気づかなかった。アンドリューはルイスとペルタに気を取られている無防備な男の足首を掴むと、無言で電撃を流した。
「やったぞ。思い通りに電撃を操れた」
アンドリューは伸びている男を見て喜んだ。そして、木にもたれかけさせた。
少しして、同じ方角からゆっくりと足音が近づいてくるのをルイス達は聞いた。
「恐ろしい実験台になるとも知らずに」
ペルタの呟きに、ルイスは相手を救いたくなった。しかし、立ち上がろうとするのをペルタに止められた。
実験に熱中しているアンドリューは、お構い無しでペルタとルイスに寝たフリをするようにうながすと、やって来た男をまた同じ方法で気絶させた。
「やはり上手く行った」
アンドリューは歓喜の笑みを浮かべて、伸びた男を最初の男の隣に運んだ。ルイスとペルタは気絶した男達を心配して眺めた。
「あら、この人、王様だった人じゃない?」
ペルタがふくよかな髭の男を示して言った。
「そうか? 全く思い当たらないが」
「前の前くらいの王様よ、名前はギャロップ?」
「二代前の王はギャロップといったが、こんな男じゃない」
ペルタが揺り起こそうとしているところへ、残りの男達が揃ってやって来くるのが見えて、アンドリューとペルタはぴったり並んで立ってルイスを隠した。
やって来た男達は気絶している仲間を見ると大いに慌てた。
「おお! ギャロップ様になんて事を!」
ペルタはニヤリとしてアンドリューを見た。
「流石、男の事はよく覚えているな。ずいぶん人相が変わったと思うんだが」
アンドリューの記憶のギャロップ王は、引き締まっていて力強かった。
しかし、男は間違いなくギャロップ元王だった。王座を退いた後の放浪生活で、すっかり体型が変わっていたのだった。
「ギャロップ王といえば、悪辣な王と言われて王座を追われたと聞いている」
アンドリューが厳しい顔をギャロップに向けた。
「フン。どんな悪党でも王になれるのがこの国のいいところだ」
ギャロップはアンドリューを探りの目で見つめた。
「お前はどうやって俺を⋯⋯体が痺れている」
「痺れているだけか? ちゃんと動くか? 記憶を失ったりしてないか?」
どこか事務的なアンドリューの質問に、ギャロップと部下は気味が悪そうにうなずいた。
「それならいいんだ」
アンドリューは敵に種明かしする気は無かったが、ギャロップの部下が言った。
「コイツは雷を操るアンドリューという男かもしれません。子悪党をとんでもない雷攻撃で倒して、一人をしばらく寝たきりに、一人をしばらく記憶喪失にした男の話を聞いた事があります。間違い無くこの男でしょう」
「昔の話だ。今は小回りの利く技も身につけた」
アンドリューは電撃を操れず暴発させた過去を思い出して、渇いた声で笑った。
ギャロップは顎に手を当てて、しばしアンドリューを見つめていたが、悪い笑みを見せて言った。
「いっそ、お前に次の王になってほしいものだな。お前の様な圧倒的な力を持った男に、恐怖で支配してほしいのだ」
「なんて事を頼むんだ?」
アンドリューはギャロップの邪悪な笑みを睨んだ。
「悪政の下で、心置きなく悪事を働くつもりか? 許さんぞ、ここで動きを止めておくか」
アンドリューは腕に力を込めて見せた。
「お前達が体術の達人集団だという事も思い出した。遠距離攻撃で片をつけさせてもらうぞ」
ギャロップは両手を広げて部下と共に後ずさった。
「次の王座を狙う者に加担し、お前達の行進を阻んでやる!」
捨て台詞を吐くと、ギャロップは部下を引き連れて森の奥へ消えて行った。
「王になるつもりは無いんだが⋯⋯」
「体術集団か。凄い人達が居るなぁ」
まだ警戒してギャロップ達が消えた方角を睨むアンドリューの後ろから、ルイスも様子を伺いながらほっと息をついた。
「アンドリューが居なかったら終わりだったわね。私はまだそんなに有名になって無いみたい、よかったぁ」
要注意人物として人相書きが出回っている事を気にしていたペルタも、ほっとして笑顔になった。
「そうだ、下手に有名にならない方がいい。まさか、俺のアレが知られていたとは⋯⋯」
ルイスのなにか言いたげな厳しい顔から逃げる為に、アンドリューは焦り顔を反らした。
「恐ろしい過去を持った男だったのね」
ペルタが肩をすくませて恐る恐る言った。
「重態にはした。だが、見舞いに行って退院まで見送ったんだ。今じゃすっかり子悪党から堅気になった奴等とは飲み仲間だ」
「『今じゃすっかり』から嘘臭い」
「電撃を受けて人格が変わったのかもしれません」
ルイスの仮説と納得するペルタに、アンドリューは不満な顔を向けた。
「まぁいい、今度会わせてやる。それより、ここで野宿するのは危険だ。歩けるか?」
アンドリューは気を取り直してルイスに聞いた。
「歩けます。すっかり目が覚めましたから」
ルイスは笑顔を見せて答えた。
ルイス一行は道に出て、ルイスを真ん中に深夜の森を歩き出した。
「元国王が興味深いことを言ってましたね。アンドリューさんが王になればいいって」
ルイスはアンドリューの顔を伺ったが、アンドリューはいつもの生真面目な顔をしていた。
「元国王からのご指名ですよ⋯⋯悪党だけど」
「俺は王になる気は無いな」
「ノリが悪いですよ」
「王様はノリでなるものじゃない」
「悪党だってなれる国なのに、お堅いな」
ルイスはがっかりして思わず呟いたが、幸いアンドリューには聞こえていなかった。ペルタが抗議の声を上げたからだ。
「私はイヤよ! アンドリューが王様になったら⋯⋯私なんて、真っ先に牢屋に放り込まれるに決まってるわ。きっと魔女狩りが始まるわ。恐ろしい!」
「独裁者になるつもりは無い。だが、お前が今のままなら個人的には目を光らせておくだろう」
アンドリューは話題を振り払う様に首を横に振った。
「今の俺はルイスとの旅を満喫している。お前も余計な事は考えるな」
ペルタはここは素直にうなずいておいた。そして、ルイスの肩に優しく手を置いた。
「未来の王子様が悪党に気づかれなくて、よかったわ」
「僕を隠してくれて、ありがとうございました。頼もしいですよ」
「私はあんまり頼りにならなかったな。平和な町の暮らしに慣れて、身も心も弱くなってしまった」
「俺と組み手でもして、鍛え直すか?」
落ち込んで肩を落としていたペルタは、アンドリューの提案にムッとした顔で向き合った。
「なぜそうなるの? そこは『俺が守ってやる』でしょう?」
「⋯⋯俺とお前は同僚だ。同じ立場なんだ、甘やかす訳にはいかない」
「そこは『立場なんか関係ない! 俺がお前を守る!』でしょう?」
言っている内に照れ臭くなって、ペルタは自分の言葉に自分で笑った。
「そういうセリフはルイスに任せる」
「僕ですか。いいですけど」
あっさり引き受けたルイスを、アンドリューは絶句して見つめた。
「だけど、僕が言う相手は決まっているから、ペルたんの期待には応えられませんよ」
ルイスは素早く両腕で防御の型をとった。そんなルイスと森の方に顔を背けるアンドリューを睨んで、ペルタは鼻を鳴らした。
「あーあ、私の王子様はどこ? 森の中から急に飛び出して来たりしないかしら?」
ペルタの願いが虚しく夜の森に消えた。
しかし、天がペルタの願いを聞き届けたか、しばらく歩くと森の中からひとりの青年が飛び出して来た。




