第36.5話 ペルタとアンドリュー
身支度に戻ったルイスとペルタは、透き通る川のそばに並んだ。
「綺麗にしておかないと。いつどこで、運命の王子様に出会うかわからないもの」
水鏡でせっせと髪を手入れするペルタに感心して、ルイスは微笑んだ。
「森を冒険してる王子様なら、守ってくれるくらい強いですよね」
「そして、優しい王子様がいいわ。贅沢かしら?」
「僕も、優しい王子様がいいな。一緒に旅するかもしれませんから」
「ルイス君、アンドリューの厳しさに根をあげそうなんじゃない? 私が守ってあげる」
ルイスは思わず笑いをこぼした。
アンドリューの指示は的確だが隙がなく、軍隊の野宿ってこんな感じかな? と思ったりした。
「アンドリューも、ルイス君を守る使命に少し緊張してるみたい。私とふたりで野宿した時は、もっと適当だったのにな。寝る時にマントも私じゃなく、ルイス君にかけてたわね。いいけど」
ペルタはしかし不満そうに、口をとがらせた。
「それは、僕はショールを持ってなかったからですよ。僕ももっと、適当に扱ってくれていいのに。王子になるからって気を使わせてますよね。早くアンドリューさんを安心させて、自由に冒険してみたいな」
「いつかはね。でも、今はアンドリューから離れないでね?」
不安な顔のペルタに、ルイスは優しく笑いかけた。
「わかってますよ。アンドリューさんに守ってもらえたら、怖いもの無しですよね!」
ルイスは冒険を通じて、アンドリューの頼もしさを強く感じていた。
「そうね、アンドリューに守ってもらえたら⋯⋯」
ペルタは悲しげに、ため息をついた。
「ペルたんのことだって、守ってくれますよね?」
そういえば、そんなシーン見たことないなと、ルイスはいぶかしく思った。
「もちろんよ! だけど、積極的に自分から、ということはないわ。いつも、私が自分で、アンドリューを盾にしたり武器にしたり」
虎の威を借る狐の様では、積極的に守ってもらえないのも仕方ないなとルイスはうなった。
「最終的には、助けてくれるのよ。勇者だもん!」
「勇者様に、感謝を伝えた方がいいですよ」
「はい」
ペルタは殊勝に立ち上がって、アンドリューの姿を探した。
「これをきっかけに、もっと仲良くなれるといいですね。いっそ、恋人同士になんてどうですか? アンドリューさんが王子様の可能性は低いですけど」
「王子様じゃなくてもいいわ。アンドリューは特別よ。なれるかな? 恋人に」
ペルタは期待に赤くなった。
「フーム、本当に特別って感じですね。素直にお礼を言って、素直に守ってくださいと頼むんです。アンドリューさんがペルタさんを守ってくれるなら、畳み掛けるように、告白です」
先輩のアドバイスにうなずき、アンドリューのもとへ走った。
アンドリューは木にもたれて目を閉じていたが、ペルタが近づくと目を開けた。
「ルイスから離れるな」
代わりにルイスのところに向かおうとするアンドリューを、ペルタはマントを掴んで振り向かせた。
「アンドリュー、いつも、ありがとう」
「急にどうした?」
ペルタの甘ったるい態度に、アンドリューは片眉だけ動かした。
「貴方ほど、頼れる人は居ないわ。これからも、私を守ってください」
自分が駆り出される事態が起こったかと、アンドリューはこちらを伺うルイスの方を見たが、途端にルイスは背中を向けた。
「こっちを見てよ!」
激としたペルタが、アンドリューのマントを強く引っ張った。
「ルイスから、目を離すな」
「またそれ? 私とルイス君と、どっちが大事なの?」
「ルイスだ」
アンドリューの即答にペルタは愕然として、ルイスのもとに走った。
川に阻まれて逃げられなかったルイスは、背後から伸びたペルタの両腕に羽交い締めにされた。
「私より、ルイス君が大事だそうよ? よかったわね」
「ア、アンドリューさん、なぜ? テレパシーを送ったのに」
「こうなったら、身も心も強くて優しくて王子様で、アンドリューをギャフンと言わせる男を見つけるわよ!」
「恋人は⋯⋯アンドリューさんを、ギャフンと言わせる為に⋯⋯探すものじゃありませんよ⋯⋯」
「俺にも一緒に、幸せになってほしいんじゃなかったのか?」
いつの間にかそばに来たアンドリューを、ペルタがキッとにらんだ。
「これ以上無い高評価をしてるのに!」
「ありがとう」
「それだけ? こんな女は他に居ないわよ? かけがえの無い女になったでしょ?」
「俺も勇者だ、頼りにされたり称賛されるのは嬉しい。だが、かけがえの無い女とは違う。お前とは腐れ縁だ。お礼を言われて、面倒見てきた苦労が少し報われた。ルイスが感謝の心を取り戻してくれたおかげだな。ルイスにも、お礼を言っておけよ」
「ありがとう、ルイス君⋯⋯」
ペルタの笑顔にルイスは危険を感じて、アンドリューを思わず盾にした。




