初めての野宿
夕暮れまで歩き、森の中にスペースを見つけて、ルイス一行は晴天に感謝しながら野宿の準備をした。
「道のそばには野宿の跡がある。そこを使えば準備も簡単だ」
アンドリューはルイスに教えながら、薪を手際よく拾った。
「ほんとだ。ここにも野宿の跡がありますね」
「だろう? しかし、さっきの場所の方が広い。行こう」
この辺はまだキャンプ場みたいにも見えるなと、ルイスは視界のいい森を眺めたが、ここはオトギの国だと思うと不安がよぎった。
「悪い奴らが、隣で野宿したりするかもしれないですね」
「そうだな。警戒は怠らずにいよう」
「交代で見張りですね」
ルイスはついに来たかと、気合いを入れた。
「俺とファウストで交代でもいいが」
「大丈夫です。僕も見張ります。興奮してて眠れそうにないし、三人でした方が見張り時間が短くなるじゃないですか」
「そうだな」
アンドリューは優しい笑顔をみせた。
スペースに戻ると、ペルタが薪を積み上げていた。 ルイスとアンドリューも薪を囲んでしゃがんだ。
「ペルたんも、見張りの時間は短い方がいいですよね」
ペルタは子供のようにうんうんとうなずいた。
「全く、ルイスを見習ってやる気を出せ」
「フンだ。なによ。野宿なんて辛いもの、泣く泣くするものよ。やる気なんてでないわ」
「……ですよね」
ルイスはぐっすり寝れそうにないのは辛いので同意した。
「でしょ? もう、お城のベッドが恋しくなったでしょ?」
期待してニコニコするペルタから、ルイスは視線をそらせた。
「まだ、なってません」
「その強がりがいつまで持つかしら?」
敵のように嗤うペルタを、ルイスはキッと見返した。
「い、一週間は耐えてみせます!」
「ほう」
「言ったわね?」
アンドリューまで関心を持たせたことに、ルイスはドキリとしたが後には引けなかった。
「……やりますよ……」
「声が震えてるわよ」
「震えてません。オトギの国を野宿しながら冒険したいと思ってたし……」
ルイスは片手の握りこぶしに力を込めた。
「またドラゴンに会いたいし! 探したいし!」
「そうしましょう!」
「探すかはともかく、いい意気込みだ!」
盛り上がる三人の声を、近くのスペースに来たベテラン冒険者達が聞いていた。
「楽しそうだな」
「ああ、初めて野宿した時を思い出すよ」
オトギの国何十周目かのふたりは、しみじみと焚き火を見つめた。
ルイス一行の焚き火もつき、アンドリューが干し肉を出して手際よく切って串に刺した。
炙った干し肉を食べて、ルイスは笑顔になった。
「美味しいです」
「これは肉屋で買ったから味は保証済みだが、野宿が長引けば動物を狩って食うことになるぞ。俺はスパイスを持ってるが、店屋の味には及ばない」
ルイスは小瓶に入ったスパイスを見せてもらった。
「色んなのが混ざってますね」
「最近は自分で混ぜてみているんだ」
「凄い、ベテラン冒険者ですね」
目を輝かせるルイスに、アンドリューは笑った。
「私は動物を狩れないから、どんな長い野宿も保存食で乗り切ってきたけど、栄養バーとかじゃお腹が空きっぱなしよ」
ペルタの困り顔につられて、ルイスも眉を寄せて考えてみた。
スパイスを使ってみたいし、空きっ腹で冒険するのは辛いだろうが、動物を狩って食べるのは可哀想だなという気持ちが勝った。
「動物を狩って食べるのは、できそうにないです」
「優しいのね」
ペルタはキラキラした笑顔をみせたが、アンドリューは厳しい顔をみせた。
「フム、必要に迫られないとできないかもな」
「できれば、迫られたくないです」
ルイスは控え目に笑った。
「わかった。なるべく、保存食が尽きない内に城か、さもなくば、村や町に行こう」
「はいっ」
「よかったわ」
三人は笑顔でほのぼのと焚き火を囲んだ。
それからルイスは木に隠れて辺りを見張った。
木々の向こう、近くのスペースにいるふたりの冒険者は落ち着いた雰囲気で、アンドリューは悪人ではないと言った。ルイスもそうだとわかったし、静かに焚き火を囲む様を垣間見て憧れた。
ペルタはそんなルイスをちらりと見て、アンドリューにだけ聞こえるように言った。
「楽しそうね」
「頼もしい限りだ。俺も野宿は久しぶりだからな、気を抜けないな」
「頼もしい限りだわ」
ペルタはキラキラした目でアンドリューを見つめたが、アンドリューは厳しい顔つきで言った。
「見張りは交代にするか? それとも、危険が近づいたら素早く起きる自信があるか? 安全な旅の為にお前にもルイスにも、睡眠はしっかり取りなおかつ緊張感を持っていてもらわないとな」
「貴方との旅って、サバイバル訓練みたいで恐いわ⋯⋯」
ペルタはアンドリューから目を反らすと、立てた膝に頬杖をついた。野宿を想定していつもの赤いドレスの下に黒革のぴったりしたズボンを履いていた。
「次の王子様はどこ?」
ペルタは救いを求める様に聞いた。
「……次の王子様の城に行く前に、ルイスにここら辺を冒険させてやりたいんだが」
腕を組むアンドリューに、ペルタは興味深く目を向けた。
「城に行く日にちは決まっていないし、次の王子様はいつでも来てくれと寛大なことを言ってくれているそうだ。ルイスも冒険したがっているようだから、まだ安全なこの辺で森を歩かせてやりたいんだ。体力も精神力もつくだろう」
「いいと思う!」
笑顔のペルタに、アンドリューも笑顔をみせた。
「私も、王子様との運命の出会いがあるかもしれないし」
ペルタは祈りながら、うっとりと星空を見上げた。
「そうだな」
シュヴァルツ王子にフラレたばかりなのに、めげない奴だと感心しながら、アンドリューはルイスのそばに行き肩を叩いた。
「ルイス、明日から少しの間、王子様の城に行く前に森を冒険しないか?」
「冒険!? します!」
満面の笑顔になったルイスを、弟のように可愛く思いながらアンドリューは頭を撫でた。




