第35話 目指す場所
ルイスの誕生日会から数日後、今度はシュバルツが居なくなった。
「この城は呪われているのかしら?」
午後の静けさに包まれる森を、客間の窓から眺めながらペルタが呟いた。
「城の主が、外出しているだけだ」
「どこに行くか聞いた?」
「いや、すぐ戻るとは言っていた。遅くても数日だと」
「よかった」
ペルタはとりあえず、安堵のため息をついた。
♢♢♢♢♢♢♢
ペルタはキッチンに行くと料理の本を開いた。ペルタが台の上の、金網のゲージからはみ出た、野うさぎの毛を触っているところへ、ルイスが断固とした顔つきでやって来た。
「なにをしてるんですか?」
「シュバルツ様が帰ったら、肉料理を作ろうと思って。ルイス君は?」
「見ての通りです。囚われのウサギを解放しに来たんですよ。ペルたんが、ウサギを料理に?」
ルイスの恐い顔を見て、ペルタが慌てて否定すると、ルイスはほっとして、ゲージを大事そうに抱えた。
「野に帰すの? 丁度よかったわ、ついでに玉ねぎも、土に埋め戻してあげて」
「僕は好き嫌いでしてるんじゃないですよ! ウサギへの愛情なんです」
「私だって、玉ねぎへの大いなる愛情からよ」
「話している暇は無いんです。急がないと⋯⋯しまった!」
ルイスがゲージを庇う様にして、キッチンの入り口を見たので、ペルタも振り返ると、意外にもロッドが居た。
「ロッドはウサギを食べるんです。凶悪さを秘めた男ですよ」
ルイスに対峙する形で、ロッドが真面目な顔で近づいて来た。
「ウサギを取り返したいなら、僕と決闘してもらおうか」
「⋯⋯結構好戦的なところあるよな、お前って」
「男には闘争本能があると言うけど、なにもウサギの為に決闘しなくたって」
ペルタが羨ましそうにウサギを見た。
「ルイス、俺だって最初は可哀想だなと思った。だけど、ウサギが増えすぎると、畑の被害が大きくなるんだぜ。ウサギと人間が共存する為には、食う必要があるんだ」
「ロッドが戦いより、対話を選ぶなんて⋯⋯」
ルイスは戦意を喪失して、肩を落とした。
「わかったよ。だけど、このウサギは解放してやりたい。愛着が沸いちゃったんだ」
「仕方ない奴だな」
「代わりに鶏肉を買ってきてほしいわ。ニワトリでも七面鳥でもガチョウでもいいから丸々ね」
ペルタは金を出して頼むと、片手にこぶしを作って力を込めた。
「胃袋を掴んだ女が勝つのよ!」
「何度目の挑戦だよ?」
ロッドの言い草にルイスも笑った。噛みつきそうに、にらんでくるペルタから、ルイスとロッドは逃げる様にキッチンを出た。
♢♢♢♢♢♢♢
日が落ちてから、少し汗をかいた様子で帰って来たシュバルツを、ルイス達は広間で出迎えた。
「シュバルツ様!」
「俺が怪我をすると思うか?」
言動を予期していたシュバルツは、駆け寄るペルタをすかさず制した。
「よかったです」
出番が終わったペルタは、明らかに物足りなさそうな顔で、すごすごと引き下がった。
「アンドリュー、お前が居るお陰で、安心して城を離れる事が出来た。礼を言おう」
「お役に立てて光栄ですよ」
ルイスとロッドはシュヴァルツのそばに寄った。
「どこへ行ってたんですか?」
「怪物退治だ」
「カッコいい!」
ルイスの尊敬に満ちた輝く眼差しを受けて、シュバルツは満更でもない笑みを見せた。
「この辺に怪物が?」
「いや、離れた町まで、運営係の、テレポートで移動した」
「実力者は国から、盗賊や怪物退治を依頼されるのよ」
「王子は依頼されることが多い。お前達も鍛えておけ」
アンドリューはここぞとばかりに、ルイスとロッドに圧をかけた。シュバルツがうなずき、ロッドに小さな箱を渡した。
不思議に思いつつロッドは開けてみた。
「これは、腕輪型の盾。ルイスのと同じヤツ」
ロッドとルイスは、驚きの顔を見合せた。
「お前にも必要だろう。思ったより高かったんでな、金を稼いで来たというわけだ」
本当は金を稼ぐ必要は無かった。しかし、持ち金を出すだけではそっけない気がして、怪物退治に行ったのだった。シュバルツは気恥ずかしくて、そのことを言えなかった。
しかし、それを察した、全員の熱い視線を受けて、シュバルツは照れ隠しにそっぽを向いた。
「ルイスの誕生日会に、触発されたようだ」
申し訳なさそうな顔で、アンドリューが前に出た。
「城に住まわせてもらう身で、ばか騒ぎしたことは謝ります」
「誕生日会や決闘は、いいんだ。久しぶりに楽しかった」
「それなら、よかった」
ルイス一行はほっとした。
「シュバルツ様、ありがとうございます」
ロッドは照れくさかったが、シュバルツに向かって素直に笑顔を見せた。
「ロッド、ルイス達と旅に出るなら、心よく見送ろう」
「え?」
突然の話にロッドは動揺した。バリアの盾も、別れの贈り物だと気づいた。
「ルイスの伯母と話をした。今の俺は、ルイスの手本にしていいような王子ではない。次の城に行くべきだと。それは、お前に対しても、思っていることだ」
シュバルツは初めて、暗い陰の消えた顔を、光のある瞳を、ロッドに向けた。
ロッドは自分と同じく、突然の事態に緊張しているルイス達の顔を見たが、シュバルツに向き合うと、落ち着いて答えた。
「気持ちはありがたいですけど、俺には目指す場所が無いから」
ルイスには王子達に会うこと以外に、ドラゴンと人が暮らす町という、目的地があった。
「と言うより、王子になって家を出た俺にとって、ここが目的地というか見つけた場所なんですよ。迷惑じゃなければ、ここに居たいんですけど⋯⋯」
自分を見つめるシュバルツに、ロッドは少し照れて微笑み、軽く頭を下げた。
「お願いします」
「いいだろう。そこまで言うなら俺に異論は無い」
シュバルツはルイス一行を見た。ルイス一行も、ロッドの選択に笑顔で賛成した。
ルイスはロッドと笑顔を交わした。
「そうだ、これでいい。お前が跡を継いで城主になれば、安心して隠居出来るからな」
「もう隠居の事を考えるなんて、ジジクサイですよ」
ロッドに呆れられて、シュバルツは鼻を鳴らして歩き出した。
♢♢♢♢♢♢♢
シュバルツの自室に招かれたルイスとロッドは、壁に掛けてある無数の鞭の説明を受けた。
ロッドは試しに、シュバルツの使っているのと、同じ鞭を振ってみた。シュバルツは満足そうな顔をしたが、ルイスは厳しい目つきで、首をかしげた。
「動きがガサツだね。シュバルツ様みたいにカッコよくないよ」
ムッとしたロッドにうながされて、ルイスも鞭を振ってみたが、同じく動きが大袈裟になった。
「おかしいな⋯⋯」
ロッドにせせら笑われて、今度はルイスがムッとした。
「槍でもいい」
シュバルツは壁から、長い槍を取って見せた。
「馬を乗りこなせば、槍の脅威は増す。これは普通の槍だが、最新式は刃部分の連射型で、遠距離攻撃も出来るという」
興味を示すロッドに、シュバルツは言いにくそうに続けた。
「しかし、高い⋯⋯蓄えはあるが⋯⋯」
「自分で稼いで買いますよ」
王子になると、贅沢や無駄遣いに走る危険があった。試す様に自分を見るシュバルツに、ロッドは即答した。
「そうか、出来た奴だ。それまで好きなのを使うがいい」
「鞭って、そんなに強い武器ですかね?」
「先端に痺れ薬を仕込んでいるのだ。時には毒。何度も打つことで傷口から⋯⋯これくらいにしておこう」
「鞭一本で闘うなんて、凄いです!アンドリューさんも、打たれまくってたし、凄い強さですよね!」
「普通、無理だよな。まぁ、シュバルツ様は、キレさせたらヤバいけど⋯⋯負けなしなんですか?」
少年達の評価と疑いに、シュバルツは落ち着いて答えた。
「俺は、外見を守る為に、傷のつかない王子になるよう、願ったのだ。体が傷つくような、強力な攻撃ほど効かない。その為、怯まず、敵に攻撃できる」
シュバルツは、長い黒髪を、指先でなびかせ、傷ひとつ無い顔を見せつけた。鞭一本で闘える理由に、ルイスとロッドは納得した。
「でも、心はボロボロに傷ついてるよね」
「心も傷つかないように、願うべきだったよな」
少年達のひそひそ話に気づかず、シュバルツは真新しい鞭を、ルイスに差し出した。
「これをあの女に渡してくれ。実際あの女なら上手く使いこなしそうだからな」
シュバルツは驚愕するルイスから、視線を反らしながら続けた。
「これを俺だと思って大事にするように、俺の事は諦めるように伝えてくれ」
シュバルツの意思は納得出来たが、ルイスはロッドを見て意見を求めた。
「シュバルツ様、なにも凶器を渡さなくても」
「大事に仕舞っててくれるかな?」
「キレて振り回しながら、襲いかかってくるかも」
シュバルツはルイスから、そっと鞭を取り返した。
「俺はどうかしていた。好意を寄せられた事は間違いないからな、ほだされた」
「1度、お付き合いしてみては?」
笑顔で進めるルイスに、シュバルツは鼻がくっつくほどの勢いで向き合った。
「手近でくっつけようとするな⋯⋯!」
「そ、そんなつもりは」
「これから素晴らしい出会いがあるだろう。どこかで幸せになるように、願っていると伝えてくれ」
「やっぱりそれか」
背中を向けるシュバルツに、ルイスはガックリと肩を落とした。
◇◇◇◇◇◇◇
その日の夕食のメインは、ペルタの作った鶏肉料理だった。
「少しスパイスが効いてるな」
自分の為に作られた料理に、シュバルツが感想を言った。
「私ったら、心が荒ぶってしまって」
やや邪悪な笑みを浮かべるペルタに、シュバルツとルイスは素早く視線を交わして、ひきつった笑顔でペルタに応えた。
「なんだ、旅を前にキッパリフラれたか?」
ペルタは噛みつく様に、アンドリューを睨んだ。
「アンドリューさんは、女の人の気持ちを、もっと気にしてあげた方がいいですよ」
ルイスの大人びた、厳格な意見に、アンドリューは愕然とした。
「せっかく一緒に旅をしているんだ、どちらが先に恋人が出来るか、競争したらどうだ?」
シュバルツの提案に、アンドリューとペルタは、自信なさそうにうつむいた。
「恋人は競争で見つける者ではありません」
ルイスに諭されて、シュバルツも少しうつむいた。ロッドにニヤニヤ見られて、大人達の落ち込んだ空気に気づいたルイスは、困った顔で笑って言った。
「じゃあ、シュバルツさんとロッドとペルタさんとアンドリューさんで、競争するっていうのはどうですか?」
ロッドが少し宙を見ていたが、不敵な笑みで言った。
「俺が1番だな、間違いない」
「じゃあ、私が2番」
「お前に先を越されたら、崖から白百合を採って来てやろう」
「俺は⋯⋯棄権させてもらう」
王子2人を相手に、アンドリューとペルタが勝てるわけが無いかと、ルイスは思った。




