第4話 王子様フアン
ルイスはオトギの国に立ち、両手を広げて深呼吸した。
目を閉じるとドラゴンと共に王子様も現れて、よかったと思った。
目を開けて前を見ると石畳の広場があり、中央に銅像――を置くであろう石の台座だけがあった。
「どんな銅像を置くかで、いつも揉めてるのよ」
ビーナスがルイスの視線に答えた。
ドラゴンの像がいいな。
ルイスは密かに笑みを浮かべた。
広場の向こうを見ると、可愛い家が並んでいる大通りが見えた。
「壮大な冒険が始まるというより、おとぎ話の世界の冒険が始まる感じですね」
「全体的にこんな感じだけど、勇者様の出番もちゃんとあるわよ」
「王子様の出番も?」
ルイスは忘れず突っ込み、ビーナスと攻防の視線を交わした。
「もちろんよ! 王子様はオトギの国のメインキャラといってもいいくらいの存在よ」
ビーナスは負けた気分で少し力を失った。
ルイスは王子様の存在感に満足するとともに、緊張でドキドキしてきた。
「早く、お会いしたいです」
「そうね。その目で確かめに行きましょう、王子様と勇者様どっちもね」
「はいっ」
「早速、王子様との待ち合わせ場所に行くわよ」
歩き出したビーナスは力を取り戻して言った。
「まさか、ルイスが来てくれるとはね。王子様は意外過ぎて気持ちとか何も準備できてなかったけど大丈夫! 国中の王子様達に片っ端から声をかけたから!」
「あ、ありがとうございます」
国中の王子様に自分が知られてる。
ルイスはさらにドキドキした。
「まず、最初の王子様がカフェで待っててくれてるわ!」
「はい!」
ルイスはさらに緊張したが、期待の方が大きかった。
ゴシック調のカフェに到着した。
落ち着いた店内は数人の客がお茶をしているだけで静かだった。ビーナスについて進むと、一番奥のテーブル席に、青年が一人座っていた。
その姿を見ただけで、ルイスはドキリと胸を高鳴らせた。
青年はビーナスに気づいて、ゆっくりと立ち上がった。
「フアン王子、お待たせしたわね」
「今来たところですよ」
フアン王子様はビーナスに微笑むと、ルイスに微笑みかけてきた。
フアンは20歳前半くらいで、柔らかい金髪、穏やかな青い瞳、優しく整った顔から気高さが滲み出ていた。すらりとした体で白い軍服のジャケットに豪華な金の刺繍が入ったベスト、白いズボンにドレスシューズを着こなしていた。
金髪と金の刺繍が、いや、全てが眩しく、ルイスは目を細めた。
「初めまして、ルイス君」
差し出されたフアン王子の手を、ルイスはハッとして急いで握った。
手のひらは意外に固かったが、優しく握り返してくれた。
「は、初めまして、フアン王子様。ルイスです、よろしくお願いします」
ルイスは緊張と感動で震えるのをこらえて、なんとか笑顔を見せた。
「よろしく、ルイス君。私のことは、フアンと気軽に呼んでほしいな」
「じゃ、じゃあ、フアンさんで」
「うん」
フアンは屈託のない笑顔で喜んでくれた。
「王子様になろうなんて嬉しいなぁ」
嬉しそうな爽やかな笑顔をみせた。
王子様になることを王子様に喜んでもらえて、ルイスも嬉しくて笑顔になった。
「長旅疲れたろう? 少し、座って話そうか」
フアンは片手で、今まで座っていたテーブル席を示した。
ルイスと一緒にフアンに見とれたビーナスが、ハッとして言った。
「じゃあ、私は服屋に先に行ってますから」
「わかりました。遅くはなりませんよ」
「お茶一杯分ね」
「はい」
ビーナスはチャッチャとカフェを出ていった。
「素晴らしい人だよ、行動力があって」
「僕もそう思います」
ビーナスの後ろ姿を見送っていたルイスは、フアンと顔を見合せて笑った。
◇◇◇◇◇◇◇
ルイスもお茶を頂きながら、住んでいた国、家族、年齢と簡単な自己紹介を済ませた。
「さっそく、率直な質問だけど、ルイス君はなぜ王子様になりたいのかな?」
「実は⋯⋯」
フアンはニコニコしている。
ルイスは自らの意思でないと言いづらかった。しかし言わなければならなかった。
「彼女に、頼まれて」
フアンの顔を見れなかった。
「そうか……」
フアンは優しい口調で言った。
「自分の意思じゃないことを、気にしてるんだね? 私に申し訳なく思うことはないよ。王子様を目指してオトギの国に来る人の、大半は誰かに頼まれたからなんだ」
「えっ!」
「実は私も彼女に頼まれたんだよ」
フアンは微笑んだまま、肩を竦めた。
仲間が大勢いる――ルイスはほっとした。目の前のフアン王子もかと、まじまじと見て、頼みたくなる彼女の気持ちがわかった。
「だから、心配ないよ。きっかけは誰かの為でも、奇石で王子になれる。もちろん、心からなりたいと思う必要があるけど、後悔しないためにも」
「もう、結構なりたいと思ってますよ!」
ルイスの意気込みに、フアンはよかったと微笑んだ。
ルイスは簡単にキャロルのことを話した。
「彼女はキャロルといって同い年で幼馴染なんです。後からオトギの国に来ることになってます」
「そうか、恋人さんは後から来るのか。僕と同じだね」
「フアンさんも?」
「私は、ここから少し先にある町に滞在しているんだけど、恋人がオトギの国に戻って来るのを待っているからなんだ」
「待ち合わせですか」
「かれこれ、二年近く待ちぼうけだけどね」
「に、二年!? フアンさんが、なぜ?」
待ちぼうけと聞いて、信じられない思いがした。
王子様が、目の前のフアンさんが。
「そうだね、戻ってくる準備に時間がかかるんだろう。遠距離恋愛だよ。冷却期間かな? 本当のところはわからないけど⋯⋯」
ほがらかだったフアンも、段々と真面目な顔になり、最後には頬杖をついて考えこむようにした。
ルイスは見守るしかなかった。
キャロルは自分に会いにくるだろうか?
不安になった。
この王子様の見本の様な王子様が、二年近くも待ちぼうけを食らわされるなら、僕は何年になるだろうと考えた。一生という文字が頭を支配した。
「待つのも楽しいよ」
フアンが優雅な笑顔で言ったが、ルイスには疑惑がよぎった。
「フアンさんの様な、完璧な王子様はモテますよね?」
「⋯⋯私は、誠実な王子なんだ」
フアンの柔和な顔がキリッと真剣な顔になり、静かな声が言った。ルイスはその顔にみとれ、素直に納得した。
「不安にさせることを、いきなり言ってすまないね。私も本当は、こんなカッコ悪い状況を知られて恥ずかしいんだけれど」
「そんな」
「こんな僕だけど王子様として、教えられる事は全部教えるからね。こんな僕から、そうだな、王子は恋人に誠実だということを、知ってほしいな」
「ありがとうございます。僕も待ち続けます」
ルイスはフアンの誠実さに感動した。フアンは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、そろそろ、ビーナスさんの所へ行こうか」
「あの、僕の為にうろうろして大丈夫ですか? 恋人さんとの待ち合わせは?」
「大丈夫、約束の日を決めているから。彼女はロマンチストだ。必ずその日に来るよ。その日まで、日にちはあるから心配ない」
「恋人さんが、ロマンチストでよかった」