第33話 シュヴァルツとアンドリューの修業
最近午前に起きるようになったシュヴァルツが、晴天の昼下がりアンドリューを自室に呼び出した。
「俺も鬱々とした暮らしから抜け出し、新たな恋人を見つけねばと思う。ペルタ・ファウストに狙われて、その必要性をひしひしと感じている今日この頃だ」
「よくわかります」
シュヴァルツは黙念と立ちつくしていた。アンドリューは黒革のタバードを身に纏い家来のごとく、両手を後ろに組んで立っていた。
「しかし、心の悩みは俺より、専門家に相談なさった方が」
「セバスチャンにも進められた。しかし、俺は王子だぞ。病院通いしたり、医者が城を出入りしていては不吉だ」
「もっともですな。この城も、また賊に狙われるかもしれません。弱味は極力見せないに限ります」
アンドリューはシュヴァルツの黒衣の体を眺めた。以前に会った時より、痩せているのがわかった。
「お抱え勇者もいいですがその前に、ご自分の力をさらに鍛えるのがよろしいかと」
アンドリューは扉まで行くと、出るように片手でうながした。
「明るいところでも、機敏に動けるようになった方がよろしい」
シュヴァルツは素直に部屋を出たが、鞭を引っ張りながら後ろを歩くアンドリューを警戒して言った。
「お前が俺を鍛えるのか?」
「お付き合いしますよ」
「なぜ、俺がこんな目に」
シュヴァルツは面倒そうに言ったが、それでも階段を下りる足取りは力があって軽やかだった。
裏庭の芝生に立つとシュヴァルツは鞭を伸ばした。アンドリューは少し距離を取ってシュヴァルツと向き合った。
「俺が攻撃をします。まずはどんな攻撃かお見せしましょう。当たらないように⋯⋯!」
アンドリューは右腕を突き出した勢いで放電した。一筋の雷の様な電撃は、シュヴァルツが避けるまでもなく空へ流れて消えた。
「横にくるのかと思ったぞ」
シュヴァルツは少し期待外れと言う顔をした。
「実は、まだ上手く使いこなせていないのです。どこでも訓練出来るモノではありませんから」
「お前も修業しようという腹か。いいだろう」
シュヴァルツは笑みを浮かべると、鞭を引っ張り気合いを入れた。
「俺は当たらないようにします。貴方は俺に攻撃を当ててください。この服なら多少は大丈夫です、遠慮無く」
「お前が当てたら罰として鞭打ち、俺が当てたら褒美な。崖に咲いている白百合を採ってこい」
「はい」
アンドリューは眉を寄せながらも応じた。シュヴァルツは笑みを浮かべて踏み出した。
即座にアンドリューは右腕を突き出し、シュヴァルツの右側に狙いを定めた。
「死なない程度に、ドラ!」
電撃が飛んだが、シュヴァルツの頭上を流れた。アンドリューがアッと思っている隙に、シュヴァルツは間合いを縮めた。
「死なない程度に⋯⋯!」
言っている隙に、シュヴァルツはアンドリューの胸を打つと素早く距離を取った。アンドリューは簡単に打たれた事に驚き腕をおろした。
「白百合1本」
シュヴァルツは面白そうに笑った。
「死なない程度にというのは、言わないといけないのか?」
「ええ、まだ加減が感覚でわからないので」
「言っている隙にいくらでも動ける。よほど鈍い相手か、追い詰めてからでないと当たらないぞ」
アンドリューはやっぱりと思い、ガックリと肩を落とした。しかし、すぐに立ち直ってシュヴァルツを睨みつけた。
「さぁ、こうなったらまだまだ付き合ってもらいますよ」
「死なない程度というのは危ないな? 当てるなよ」
劣勢のアンドリューだが、シュヴァルツは多少警戒心を強めて釘を指しておいた。
「死なない程度に、ドラ!」
「白百合2本⋯⋯3本、4本!」
「当たるな⋯⋯いや、もういい! 当たれ、ドラァッ!」
「止めろ!」
アンドリューとシュヴァルツの攻防を、ルイスとロッドが城の陰から見物していた。
「ゲームしてる時、うるさいタイプの人達だな」
「あの冷静なアンドリューさんが⋯⋯だけど、掛け声がドラなのは好感が持てるよ」
「受け継げよ」
「僕に似合うならね」
シュヴァルツは肩で息をしながら、距離をとりつつも怒れるアンドリューと向き合った。
加減されているとはいえ、鞭打ちを喰らいまくって体をは痛み、アンドリューは追い詰められた猛獣のごときだった。
「見境を無くすなよ。避けるのも疲れた⋯⋯当たれと言ったな」
「申し訳ありません」
「まぁいい。宝の持ち腐れはよくないな。当たり安い攻撃の仕方を考案しよう⋯⋯レーザーだ」
シュヴァルツは人差し指をピンと立てた。
「人差し指の先から電撃を出せないか? もっとスマートに攻撃するんだ。レーダーのごとく正確にというのが理想だが」
アンドリューは右腕を伸ばすと、人差し指を木に向けた。
「なにも言うな」
厳命に、アンドリューは気合いだけで電撃を木にくらわせた。
電流はふたりのイメージ通り鋭いモノで、アンドリューの狙い通り木の真ん中に命中した。何度か繰り返してから、木を触ってダメージを調べた。
「見た目ではわかりませんね。人に当たるとどのくらいのダメージなのか」
「試せる相手が思い浮かばんな」
シュヴァルツはアンドリューの自分を狙う目を睨み返しながら答えた。
「簡単なだけに、つい簡単に人に当ててしまいそうです。いつもは脅しにしか使わないのですが」
「レーザーも脅しで充分だろう」
シュヴァルツは木から細い枝を折り取った。
「攻撃を打ち落とせるか? 命中率も上げないとな」
シュヴァルツが軽く放り投げた枝に、アンドリューはなにも言わないように歯をくいしばって電撃を飛ばした。枝が細すぎて中々当たらないので、シュヴァルツは微調整して投げてやった。
電撃が当たると枝は弾け飛んだ。アンドリューは枝を拾ってダメージを調べた。
「見た目に変化なし、折れてもないし、弱すぎる攻撃だ」
「脅しに使うんだからいいだろ?」
「効かないとわかったら、舐められます」
「その時は、あの凄いヤツで返り討ちにしろ」
シュヴァルツは笑顔であっさりと言ったが、アンドリューは気の進まない顔を見せた。
「死なせてしまうかもしれません」
「怒りを抑えろ『死なない程度に』と叫べ」
「はい」
アンドリューは気を取り直して、両手を後ろに組んでシュヴァルツに笑顔を向けた。
「お付き合いありがとうございました。シュヴァルツ様はまだ、もの足りませんか? 気の済むまで続けますよ」
「いや、充分だ。そうだ、鞭にレーザーが当たるとどうなるか試させてくれ」
アンドリューはすぐに距離を取ると、人差し指からの電撃を鞭に当てた。
「痺れはしないな」
シュヴァルツが手首を振って具合を確認しているところに、二撃目が飛んだ。
レーザーが手首に当たって、シュヴァルツはハッと身をすくめた直後、その場に崩れる様に膝をついた。駆け寄ってアンドリューも膝をついた。
「電気療法というヤツか? まぁ、頭までは届かなかったがな」
「どこまで痺れていますか?」
「⋯⋯肩までだな。やっぱり、俺を実験台にしたな」
「いや、手を伸ばして鞭を振っているのを見た時、実験台にしろとうながされている気がして」
「俺がそんな、犠牲精神の持ち主に見えるか?」
「いや、早とちりでしたか」
シュヴァルツは鼻を鳴らすと立ち上がった。そこへロッドとルイスがやって来た。
「ダサいですよ、シュヴァルツ様」
ロッドに笑われてシュヴァルツはムッとしたが、すぐに笑みを浮かべるとアンドリューを見て言った。
「わざと食らってやったんだ。コイツはどうしても俺に攻撃を当てないと気が済まない様子だったろう? 負けず嫌いなヤツだ」
「わざと食らってくれたんですか、それはどうも」
さっきと言っている事が逆だったが、アンドリューは角を立てないように礼を言った。
「ありがとうございました」
アンドリューはうやうやしく、シュヴァルツの肩を支えた。
「久しぶりに、喉が乾くほど熱くなりましたよ」
食堂に向かったアンドリューとシュヴァルツとロッドと別れて、ルイスは客間に入った。円卓を前にペルタがルイスから借りた本を読んでいた。
「どうしたの?」
黙って自分を眺めるルイスに、ペルタは本から目だけを出した。
「アンドリューさんとシュヴァルツ様の修業、気づかなかったですか?」
「気づいてたわよ。でも、男同士の遊びってアクティブなのよね。付き合いきれないわ」
「遊びじゃなくて、修業ですよ」
訂正しつつ、ルイスは意外だという顔でうなずいた。
「修業ね……いずれ、ふたりが私を奪い合って戦う日が来るわ。見学に来なさい」
ペルタは嬉しそうに笑った。ルイスは思いきり愛想笑いをして客間を出た。
ルイスが去った後もペルタが本を読んでいると、今度はアンドリューがやって来た。マントを纏っていて、円卓に地図を広げて見つめた。
「どこ行くの? もうここを出るの?」
「いや、違う。崖に咲いている白百合を採りに行く」
「似合わない」
「似合う、似合わないの問題じゃない。シュヴァルツ王子との約束だ」
ペルタは嬉しそうにニッとした。
「カッコいい。私もついて行く」
「邪魔だ」
アンドリューが見向きもせず断言すると、ペルタは毅然きぜんと立ち上がった。
「残される方の身にもなってちょうだい!」
怒れるペルタに、アンドリューは怪訝な顔を向けた。
「貴方がもし、崖から落ちて死んだら⋯⋯ルイス君はお葬式に参列し泣くことになるわ」
「俺がそんなに簡単に死ぬか」
しかし、万が一あっけなく死んだら⋯⋯慎重に行動しなければならない。少年の辛い過去にはなりたくない。
「わかった。命綱の見張りについて来い」
「うん!」




