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オトギの国のルイス〜王子様になるために来ました〜  作者: 城壁ミラノ
第2章

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第32.5話 シュヴァルツ王子とペルタと楽団

 次の日から、裏庭の鉢を眺めるのもシュヴァルツの日課になった。

 鉢を前に片膝をついていたシュヴァルツが視線を感じて振り返ると、木の陰からペルタに見つめられていた。

 シュヴァルツと目が合ったペルタが照れ笑いを見せる中、シュヴァルツは素早く立ち上がると肩に掛けていた鞭を伸ばした。


「酷いですわ、シュヴァルツ様。陰からそっと見つめている女にその態度」

「見つめている女次第で態度も変わるものだ」


 ペルタは憎々しそうな顔をしたが、すぐに気を取り直して笑みを浮かべた。初めてシュヴァルツとふたりっきりになったのだから。


「俺には、(ろく)な女が寄ってこないな」


 しかし、シュヴァルツは警戒心をあらわに言った。


「そうでしょうか? 私は貴方様の元恋人さんを素晴らしい女性だと思ってますわ」

「なんだと?」


 シュヴァルツは鞭を構えて睨みつけたが、ペルタは不敵に笑っていた。


「だって、この世に王子様を誕生させて去ってくれたんですもの。魔法使いの様だわ、尊敬に値します。王子様が増えれば、爪の研ぎ甲斐がありますもの」


 ペルタは猛獣の如く、しがみつく木に爪を立てた。

 シュヴァルツとの最初の攻防が尾を引いて、アピールが好戦的になってしまっていた。


 ヒマワリのような瞳と薔薇のように赤い唇を輝かせて笑うペルタは、凄みと鮮烈な美しさがあり、数秒だけシュヴァルツを釘づけにした。


 しかし、その楽しそうな笑みは、オトギの国の魔女のようだった。黒づくめの男装も、黒豹くろひょうを連想させた。魔獣を前にしても怯まないシュヴァルツだったが、今は言葉も出せずに後ずさり、そのまま玄関に早足で向かった。


 後ろを警戒するシュヴァルツは、誰かにぶつかりそうになった。


「おお、アンドリュー」


 シュヴァルツはアンドリューの肩を掴むと、大男を壁代わりに曲がり角に押しやった。再び歩き出した時、ペルタがアンドリューにぶつかった。


「やはり、シュヴァルツ様を狙ったな」

「どいて頂戴!」


 ふたりがフェイント合戦をしている隙に、シュヴァルツは玄関ホールにたどり着いた。


 丁度ルイスとロッドが外に出ようとしているのを、シュヴァルツは肩を掴んで城内を向かせた。


「今日はもう外に出るな」


 ふたりが不思議そうな顔をしていると、アンドリューを振り切ったペルタが現れて、シュヴァルツを見てニヤリとした。

 全てを察したルイスとロッドに庇われて、シュヴァルツは安全な自室に戻る事が出来た。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 数日後の晴れた晩、城に旅の楽団がやって来た。

 シュヴァルツは気晴らしと、一応ルイス一行をもてなす為に楽団を招き入れた。三人の男は城のピアノを利用して、ジャズを演奏した。


 丸テーブルをアンドリューとペルタと囲み、シュヴァルツは酒を飲んだ。後ろのテーブルにはロッドとルイスが居た。

 巧みな演奏に皆うっとりと黙り込んだ。

 時間が経つとルイスは目を閉じてうとうとした。ロッドはピーナッツを口に運ぶことでなんとか眠気を誤魔化していた。


 シュヴァルツは雰囲気にのまれて、初めてブランデーを無理に飲んでみた。目の前ではアンドリューがブランデーを軽く煽っている。ペルタはシュヴァルツに負けず劣らず無理している様子でちびちびやっていた。


 夜更けのジャズに、全員心地よい眠気に襲われて、演奏が終わった事に気づかなかった。


「そのまま大人しくしてやがれ!」


 サックスを吹いていた男が両手を拳銃の形にして前に突き出して叫んだ。同時に床にレーザービームで熱せられた丸い焦げが無数についた。


 足元を撃たれたシュヴァルツとアンドリューは緊張したが、テーブルで床が見えなかったペルタは、手を拳銃の形にして構えている男を不思議そうに見た。


「私の素晴らしい演奏を聴くがいい!」


 ピアノ男がここぞとばかりに演奏を始めた。ベース男は不安そうに全員の顔を伺っていた。


 シュヴァルツは素早くステージに上がると拳銃男に鞭を振るった。男はビームを鞭に放ったが、速くしなやかに動く鞭には当たらなかった。

 その隙にシュヴァルツは男の足首を打って飛び上がらせた。


「体を痺れさせろ!」


 アンドリューが両手を伸ばして電撃を放った。ステージは一瞬細かい雷の雨に襲われた。


 痺れと恐怖から床にへたり込んだ楽団を、シュヴァルツとアンドリューとペルタは注意深く取り囲んだ。


「俺まで少し痺れたぞ」

「申し訳ありません」


 ステージを飛び降りて難を逃れたシュヴァルツはアンドリューを睨んだ。


「一体なにしに来たの?」

「なにしに来たんだ俺達は?」


 痺れる体を抱え込んだ拳銃男がペルタに聞き返した。


「なぜ、この城を狙った?」

「女が男装しなくても城に近づけるようになったって聞いてな、女が出来て腑抜(ふぬ)けている頃かと」


 アンドリューの尋問にピアノ男が答えた。


「俺は女に腑抜けるタイプではない」


 シュヴァルツが断固として言うと、楽団を見下ろしてペルタが不敵に笑った。


「そうです、腑抜けている暇は無いわ!」


 楽団はペルタを見つめて、納得した様にうなずいた。


「違う!」


 シュヴァルツは楽団の勘違いを否定して、鞭を引っ張って見せた。


「お前達、鞭打ちの刑を受けるか?」

「それとも、演奏家として真面目に生きるか?」


 アンドリューの穏便な選択肢に楽団はうなずいた。


「城を手に入れて、楽しく音楽でも奏でようと思ったんだが」


 リーダーの男は拳銃の形にした手を見つめた。


「このレーザービームは⋯⋯封印するか」


 アンドリューにのし掛かる様に肩を掴まれて、拳銃男は手を下ろした。


「安全になったみたいだから、話していい?」


 一同が注目すると、ロッドがルイスを見て続けた。


「ルイスのヤツ、騒ぎが起きても起きなかった」

「アトラクションが始まったのはわかったけど、目を開けられなかったんです」


 ルイスは照れくさそうに頭に手を当てて笑った。


「大物ね」


 ペルタが笑い、ルイスは照れた。


「危機管理がなってないぞ、ルイス⋯⋯わかった、俺達も寝むりそうになった」

「しかし、アンドリューお前の力は素晴らしい。この城に留まってほしいほどだ」

「ありがたいですが、俺はまだ旅を続けたいので」


 ペルタが自分を指差してアピールした。


「棒切れを振り回す女など、俺の下位互換(かいごかん)というものだろう」

「シュヴァルツ様、私に鞭を教えてください。きっと右腕の如く使いこなして見せますわ」


 ペルタがシュヴァルツの背後から肩に絡みついた。硬直するシュヴァルツから、ルイスとロッドがペルタを引き離した。


 楽団に戻った三人組の演奏を、シュヴァルツとアンドリュー、後ろのテーブルでペルタとルイスとロッドが聴いていた。


「危険人物を招き入れたのは俺のミスだ、謝罪しよう」


 シュヴァルツは視線を落として力無く言った。


「その責任感があれば、城の主は勤まるでしょう。しかし、おひとりで城を守るのは大変でしょう。勇者を迎え入れるのもいいかと。それとも、ロッドを鍛えるか」


 アンドリューは強くなるのを期待してニヤリとした。シュヴァルツは指を顎に当てて考えた。


「それから、楽器でも習わせてみるか」


 シュヴァルツはバイオリンを奏でるロッドを想像してみたが、中々似合うと思った。

 少しして、ペルタが楽器を習ったらと進めた時、ロッドは乗り気な様子を見せていた。

 しかし、楽器を演奏している自分達を想像して、ロッドとルイスは可笑しそうに笑い出した。


 その様子を見て、シュヴァルツは多少がっかりしながら諦めて、楽団の演奏に体を向けた。

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