第31話 帰城
アンドリューとペルタは城の玄関前に並んで、昼間近くの薄明かるい森を眺めていた。
「なぜ、なぜなの?」
ペルタが愕然として、遠くを見回しながら呟いた。
「アンドリュー、今度こそ貴方のせいよ」
「俺だけのせいじゃない」
「私達のせい……」
ペルタは城を振り返って仰ぎ見た。
「あっ、シュヴァルツ様が窓から見てるわ」
アンドリューが振り返った時には、シュヴァルツの姿は見えなかった。
「そりゃ、面倒見ている子供が行方不明になったら、夢見が悪いだろうからな」
ペルタはシュヴァルツも心配だったが、ルイスとロッドに意識を向けた。
「私達が頼りないから、ふたりだけで出て行った⋯⋯」
「子供が仲間を見つければ、大人なんて邪魔なだけだからな」
ペルタはショックを受けて震えだした。
「ルイスもすぐムキになる、非常に子供っぽいところがあるからな」
アンドリューはフッと得意気に笑った。
「俺を子供扱いするなんて、100年早い!」
「まだ根に持ってたの」
ルイスがアンドリューを子供みたいだと言ってたしなめたのを思い出して、ペルタはアンドリューの言葉に少しあきれた。
しかし、すぐに気を取り直して森をにらんだ。
「森の木を全て伐採してでも、私がふたりを見つけるわ!」
「おおざっぱな探し方だな⋯⋯ルイスの事だ、ドラゴンの居るところを探せばいい」
「食べられてるかも」
アンドリューはルイスが、ドラゴンになら食べられても本望と言っていたのを思い出して、ペルタの絶望的な想像を否定出来なかった。
ペルタはルイスが『幸せ』と絶叫しながら、ドラゴンの腹の中に落ちていく場面を想像して戦慄した。
「ルイス君、ロッド君、お願いだから無事でいて」
「よく会って間もない相手を、そこまで心配出来るな。異性だからか?」
「ルイス君はこんな私を、見捨てずに心配してくれた。熱心に話を聞いてくれた」
「疲れたのかもな」
ペルタは衝撃を受けて、痺れた様に震えだした。
「ひっく、ひっく」
「泣くな、ほら」
アンドリューの差し出した片腕に、ペルタは両腕を巻きつけて、思いきりしがみついた。
「痛い。血圧計じゃないんだ、そんなに締めるな」
「なによ⋯⋯でも、優しくなったわね。昔は泣いている私を置いて行く、氷の男だったのに。温かくなったと言うか」
「俺達までバラバラになったら、ルイスの為にならないからな」
「ルイス君、ロッド君⋯⋯やっぱり、そこらじゅうの木を伐採するわ!」
走りだそうとするペルタの肩を、アンドリューが掴んだ。
「待て、ドラゴンに乗って上空から探せば、元気ならルイスは大喜びだ。すぐに居場所がわかる」
「そうね! ルイス君がドラゴン好きで、本当によかったわ」
ペルタが言ったその時、木々の間からルイスとロッドが現れた。
フラフラしながら玄関前にたどり着いたふたりを、ペルタが抱き締めた。
「よく無事で」
絶句しているペルタとアンドリューに、ルイスはドラゴンの尻尾を差し出した。
「はいこれドラゴンの尻尾。お土産です」
ペルタが尻尾を受け取って、信じられないという顔をした。
「ルイス君が、ドラゴンの尻尾をお土産に? どういうこと?」
「ドラゴンが落として行ったんです。もったいないから、持って帰って来たんですよ。疲れました」
どうしても捨てようとしないルイスに根負けして、交代で持ってやったロッドが、ルイスを軽くにらんでため息をついた。
「俺も疲れたよ。早くベッドで寝たい」
「怪我は無い?」
「怪我は無いよ。変な虫に刺されてないか気になるだけ」
ロッドは見えない背中を、手で何度も払った。
「シュバルツ様は?」
「居なくなったのは知らせたけど」
ペルタは城を振り返った。帰ったと言った時どんな反応を見せるのか、予測がつかず全員黙り込んだ。
「アンドリューさん、ペルタさん、ごめんなさい」
ルイスは一歩踏み出して謝ると頭を下げた。ロッドも姿勢を正して頭を下げた。
許そうと言葉をかけようとしたペルタは、チラリとアンドリューの様子を確認した。
アンドリューは腕を組んでいたが、面白そうに笑っていた。
「黙って出て行く必要は無かったんだ。俺は嬉しいぞ、ドラゴンの尻尾を土産にくれるとは予想外だ」
アンドリューが声を出して笑うと、ルイスとロッドは顔を見合わせた。ペルタがアンドリューを片手で示して言った。
「見なさい。心配のし過ぎでおかしくなった人を。アンドリューの仇! この! この!」
ペルタはこぶしで打つ真似をして、ルイスとロッドはまた頭を下げた。
「錯乱しているのはお前だ」
「私が? アンドリュー、叱ってよ。雷を落としなさい」
「森の中で幼子みたいに泣いてたらそうした。立派に成長して帰って来て嬉しいぞ。それより、俺達の責任問題がある」
「監督不行き届きで、減給かしら?」
ふたりは少し困った顔を見合せた。
「とにかく、中に入りましょ。尻尾が重いわ」
肩の力を抜いたペルタの言葉に、アンドリューが尻尾を眺めた。
「結構、肉があるな」
「僕としては、ホルマリン浸けにして保存したいんですが」
「この城に置いて行くなよ」
「仕方ない、鱗だけもらいます」
ルイスの妥協を聞いて、三人は脱力しながら城に入った。




