第30.5話 再びドラゴンに遭遇
目の前の暗闇から、黒いドラゴンが現れた。
バルトローの変身していたドラゴンより小さかったが、それでも道幅いっぱいだった。急いで道端の木に身を寄せたふたりの前を、ドラゴンはゆっくりと歩いて横切った。
「誰か乗ってる!」
ロッドが指差したドラゴンの背中に、黒装束の人が跨がっていた。
「僕も!」
ルイスのスタートダッシュに、ロッドは完全に戦意喪失した。
無謀を案じるロッドが見守る中、ルイスはドラゴンの尻尾に飛びかかり上手くしがみついた。しかし、達成感は長くは続かなかった。
ドラゴンは翼をはためかせて飛び立った。その時、尻尾が自然に切れてルイスは落下した。
「大丈夫か?」
尻尾にしがみついたまま、地面に落ちたルイスのそばに、ロッドが駆け寄った。
「大丈夫、身体は」
ルイスは尻尾を抱えたまま身を起こした。
「大丈夫じゃないのは気持ちか? それとも鼻血か?」
「鼻血なんて、カッコ悪い。王子様にあるまじき事だよ」
こぶしで鼻血をぬぐい、ティッシュで綺麗に拭いた。
「ドラゴンの尻尾にぶつけたんだ」
ルイスは笑って、愛しそうに黒い尻尾を撫でた。尻尾が動いたのでふたりはのけぞった。。
「どうして切れたんだ?」
「トカゲの尻尾切りと同じだよ。敵に尻尾を与えて逃げるんだ。怖い目に合わせちゃったな」
ルイスはドラゴンが飛んで行った夜空を、心配して見つめた。
「尻尾をくれるとはな」
「また生えてくるよ。背中に乗ってたのは何者だろう?」
ルイスはライバル心を見せながら立ち上がった。ロッドはしゃがみこんだまま頬杖をついた。
「よく見えなかった。暗いし、一瞬だったし」
「負けたとは思いたくない」
「⋯⋯どうやって勝つつもりだよ? あのドラゴンより強いドラゴンに乗るか? 荒れ狂って、火を吹きまくってるドラゴンにでも乗る」
ロッドはまたヤバいと口を手で押さえたが、ルイスは笑顔で静かに答えた。
「僕が鎮めて見せるよ」
「待てよ、火付け役はゴメンだぜ」
ロッドは笑いながらも、片手を振ってなだめた。
そこへ、ドラゴンが飛び去った方角から、ルイス達より少し年上の、黒いローブを着た青年が走って来た。
「君達、大丈夫だった?」
ルイスは優しそうな青年に、挑む様に向き合った。
「先を越されましたが、負けたつもりはありませんよ」
「えっ?」
「俺達もドラゴンに乗りに来たから」
「そうだったの。だけど、あのドラゴンはどこかへ飛んで行ってしまったよ。僕は怖くなって、木に飛び移って降りてしまった」
ルイスは差もあらんとうなずいた。
「君達の事も気になったし」
「あなたは?」
「僕は魔法使い見習い。近く、魔法使いと魔女の集会が開かれるから、みんなが驚く登場をしたくてドラゴンに乗ってみたんだ。けど、言うことを聞かせる自信が無いから、今回は見送るよ」
「ドラゴンを乗りこなすには、長い時間が掛かると言いますよ。服従させるのではなく、心を通わすにはそれこそ、人生を捧げるくらいの時間が⋯⋯」
熱く語るルイスに、ロッドも青年も釘づけになっていた。
「⋯⋯僕はルイス。王子様を目指して、この国に来ました」
ルイスは注目されたので、青年に自己紹介した。
「ドラゴン使いじゃなくて?」
「合体させて、ドラゴンに乗る王子様になろうと思います」
「いいアイデアだ」
「今回は尻尾で満足するか?」
「そうだね。結構重いよ」
ルイスは尻尾を大切に両手で抱えていた。ロッドは青年がドラゴンに乗って来た道を見た。
「この先に、魔法使いの町があるんですか?」
「町ってほどじゃないけどね、来るかい? 楽しいよ」
青年は微笑みを見せ、ルイスとロッドは視線を交わした。
「尻尾が腐る前に、みんなに見せてやりたいから」
ルイスとロッドの硬い表情を見て、青年は笑った。
「そんなに警戒しなくていいのに。夜中の魔法使いは、やっぱり不気味かい?」
「不気味というか、お兄さんは優しそうだけど」
「ヤバい婆さんが居るイメージがあるからさ」
ロッドの予想に、青年は否定できずに力無く笑った。
「色んな人が居るのは、どこで暮らしても同じだからね。僕は今の、魔法使いだらけの村の暮らしが好きだよ」
「どんな魔法が使えるの?」
「色々指先から出せるけど、決め手がなくてね」
人差し指の先から、小さな火を出して見せた。
「蝋燭みたい」
「確かにパッとしない。火力が足りないぜ」
「思いきりが足りないんだ。全ては想像力次第、だけど、大惨事になりそうな気がして、振り切れないんだ」
「お兄さんくらい慎重な人は、僕らにとってはありがたいかも」
「そうだな、ハチャメチャやってるヤツの、実験台とかにはなりたくないし」
「そんなヤツが居たら、僕が懲らしめるよ」
青年は持ち直した様子で、笑顔で答えた。
「帰り道、充分気をつけて。ルイスにロッド、覚えておくよ」
「お兄さんの名前は?」
「見習いは名乗れないんだ。下手に名が広まると危ないことがあるからね。村でも、坊やとか見習いとか、師匠からは⋯⋯速達と呼ばれてるよ」
「速達」
「お兄さんと呼んでほしいな⋯⋯せめて見習いさんとか」
青年は悲しげにだが、はっきりと要望した。
「他の師匠を探そうとは思わないわけ?」
「尊敬出来る人だよ。君達も師匠が居るのかな? 心配してると思うよ」
ルイスとロッドは視線を交わした。師匠は心配してないと思うけど、と。
「ドラゴンに会えたし、帰ろうぜ」
「うん」
「また会おう、元気でね」
「お兄さんも」
「お元気で」
青年に見送られながら、ふたりは城に帰る為に歩き出した。
「楽しかったなぁ! 僕達ふたりとも、度胸があるってことでいいね?」
ルイスはほがらかに、ロッドに笑いかけた。ロッドも笑顔で、ルイスを横目に見た。
「そうだな……」
ロッドはルイスがドラゴンの尻尾に飛びついたり、体を張って自分をドラゴンから守ってくれた姿を思い返した。
「お前の方が、ちょっと上だったと思うぜ」
「え? 本当?」
「ドラゴンが絡むと、ならな」
「それ、一番嬉しいよ」
ルイスは満面の笑顔で、ドラゴンの尻尾を抱きしめた。