第30話 幸運な出会い
ふたりは廃墟を通り過ぎて、また木々の迫る道を歩き出し、しばらく行くと分かれ道にたどり着いた。
道は3本に分かれていて、どれも道幅や見た目に違いはなかった。
「ここは真っ直ぐ行くべきだろ」
ロッドがさっさと歩き出した。
しばらく歩くと、薄暗い道の先からなにかの、一つの足音が聞こえてきた。ふたりはライトを向けながら、緊張して立ちすくんだ。
ふたりの前に現れたのは、黒い馬具を付けた馬に乗った、黒い甲冑をつけた人物だった。その人は馬を止めると、脇に避けたふたりを交互に見た。
「こんばんは」
兜のなかから、年取った男の落ち着いた低い声がした。
「こんばんは。貴方は?」
「私は夜の王の忠実なる騎士、デビッド」
「夜の王? さっき昼の王に会ったばかりですよ」
デビッドは兜の向こうで目を見開いてロッドを見て、挑戦的に胸を張った。
「名のある方ですかな?」
「名前は聞いてないです⋯⋯貴方が知らないなら、たぶん有名じゃないと思う。ただの酔っぱらいにしか見えなかったし」
「そうだね。それに、近い内に外の世界に帰るそうですよ」
「ならよろしい」
「どっち道、昼の王と夜の王じゃ闘えないんじゃ?」
「なおよろしい。我が主は平和を愛しております、国中を移動しながら、夜に晩餐会や舞踏会、その他奇怪なパーティーを開いては、お客様と歓談なさる時間をなによりも楽しんでおられます。貴殿方も、もう少し時が経てばお招きにあずかることでしょう」
デビッドは歓迎する様に穏やかに告げた。
「ありがとうございます」
ルイスはかしこまって軽くお辞儀した。
「貴方は奇石で、騎士になったんですか?」
ロッドの質問に、デビッドは馬具を優しく叩いて答えた。
「ご覧なさい、この頑丈な武具を。それに、馬の軽い足取りを見ましたな? 私は昔、この世界一頑丈で機能的な武具を発現させ、己やあらゆる物に装備させては色々したものです⋯⋯悪の道に染まりかけた事も」
ヤバい人だったかと、ふたりは少したじろいだ。
「しかし、私は指導者の器ではなかったのですな。思いきりがつかなかった。そして、今は老いた」
デビッドは目を閉じて首を横に振った。
「安住の地を得て、今は王の騎士という名誉にあずかっているのですよ」
「これから、どこに行くんですか?」
「魔法使いの家まで。もうすぐこちらの晩餐会が開かれるのですが、魔法使いや魔女の集会も、この先の廃墟で開かれるという情報を耳にしましてな。日取りが被らないように、打ち合わせをしなければなりません」
「魔法使いの家がこの辺に?」
ルイスとロッドは思わずキョロキョロした。
「魔法使いを探しておいでか?」
「いえ、ドラゴンを」
「ドラゴンはこの先には居ませんな。なんせ、主の仮住まいがあるのですからな」
「引き返そうぜ」
「うん」
ルイスはデビッドに笑顔を向けて言った。
「会えてよかったです」
「無駄足にならずにすみましたな。お気をつけて」
デビッドはふたりと握手すると、馬の手綱を持ったが動きを止めた。
「ドラゴンを見つけて、どうなさるんで?」
「乗るだけ⋯⋯です。仲良くなれればいいですけど」
「度胸試しです。でも、この夜道を歩く方が怖いかも」
「勇敢ですな。出会えた記念に、私が武具を付けてあげましょう」
デビッドは喜ぶふたりの服に伸ばした手を、顎にやって考えながら言った。
「私の考える鎧では、古くさいかもしれませんな。その身に付けている服を強化して差し上げましょう」
デビッドが触れた先から、透明な液体が服の上に広がっていき、やがて完全に液体と服は一体化した。服の質感や重さに変化はなかった。
「これで万全。貴殿方が、善の道に行こうと悪の道に行こうと、私の力がお役に立てれば幸いですよ」
「ありがとうございます! ドラゴンに近づいた気がします!」
「勇姿を見たかったですな」
ふたりの礼を受けるなか、デビッドは馬を進めたが、ちょっと振り返って言った。
「服が小さくなったら、またお会いしましょう。貴殿方の成長を楽しみにしていますよ」
ふたりはデビッドが完全に闇に消えるまで見送った。
「気前のいいジイサンだったな」
「うん、でもちょっと好戦的だね」
「どっちかって言うと、俺達に悪の道に進んでメチャクチャやってほしいんじゃないか?」
「うん、僕は断らせてもらうよ」
ルイスが素っ気なく言うと、ロッドは目線を上にして考えた。
「俺は、考えとくよ」
ルイスは警戒してロッドを見たが、その時が来るまで黙って様子を見ることにした。ふたりは来た道を戻り出した。
「夜の王か、どんなヤツだろ?」
「早く招待してもらいたいね」
「晩餐会はいいけど、舞踏会か。酒を飲みながら見物してていいよな?」
「そういう男を、壁のシミと言うんだよ」
ロッドは横目でにらんだが、気を取り直して言った。
「お前は器用に踊ってそうだよな。クルクル回るヤツ」
「ワルツだね」
「女をとっかえひっかえ、器用に踊ってそうだ。軽蔑するぜ」
「僕はキャロルだけだと言ったろ? それに、王子じゃない僕は、全然モテないから⋯⋯」
「女が居る事がバレてるのかも。それともドラゴンオタクなのがバレてる」
ロッドがヤバいと思った時には、ルイスの蹴りが尻に当たっていた。しかし、ロッドはふらつくこともなかった。
「全く痛くない。衝撃さえこなかった。お前の動きを見てなかったら、蹴られた事にも気づかなかったかも」
「僕の足も衝撃を感じてないよ。これさえ着てれば安心だけど、デビッドさんは誰にでも力を貸してそうだよね」
「商売にしたら儲かりそうだな」
ふたりは分かれ道に戻り、ルイスの直感に従って道を選んだ。しばらく歩くと、道は少しづつ広くなって行き、道端に自販機があった。ふたりは怪しみながらも、これからの事を考えてジュースを何本か買った。
「こういう時は、手から食い物を出せる人が羨ましいよな。手から出たクッキーを食べたことがあるけど、普通に美味しかった。手から滝のように出てた」
「もしもの時の候補に入れておくよ。だけど、自販機があったから、このまま行けば町につくかも」
「町に着いたら、そこに泊まって出直しだな⋯⋯町があるとは思えないけど」
「村だね、自販機を利用するくらい、文明的な村だ」
話しながらのんびり歩いていたふたりはまた、前方からなにかの足音がするのに気づいた。




