第29話 動物博士バルトロー
ドラゴンの姿を求めて、暗い森の中へ駆け出そうとするルイスを、ロッドが肩を掴んで止めた。
「大丈夫だよ。優しいドラゴンだよ」
「その通りだよ」
「ほら!」
暗がりから男が現れた。四十代くらいの男で、栗色のボサボサの髪に髭をはやしていて、迷彩のつなぎを着ていた。
男はふたりの前に立って、ニッコリした。
「こんばんは。少年達とこんなところで会うとはね」
「オジサン、ドラゴンはどこですか? 見ましたか?」
「落ち着けよ。このオジサンがドラゴンだよ。声が同じだ」
「まさか? ドラゴンが人に化けるなんて⋯⋯新種だ」
ルイスは驚愕して男を見つめた。
しかし、男は頭を掻きながら、申し訳なさそうに言った。
「いや、その逆なんだ。人間がドラゴンに化けていたんだよ。僕は動物学者のバルトロー」
バルトローは親しみを感じさせる笑顔で挨拶すると、片手を差し出した。ロッドは握手したが、ルイスはまだ訝しげにバルトローを見ていた。
「オジサンが、ドラゴンに?」
「そうだよ。ドラゴンのままじゃ、怖がられると思って変身を解いたんだ。それに、変身したばかりで上手くドラゴンの機能を使えてなくて。君達が近づいてくるのはわかるのに、どこなのかわからなくて、尻尾を触られて焦ったよ。驚かせたね」
バルトローはルイスとロッドを交互によく見た。
「君達は?」
「俺達はドラゴンを探してここまで来たんです」
ロッドが答えてルイスを見た。ルイスは力なくうつ向いていた。
「そういえば、理想のドラゴンだと言っていたね⋯⋯喜びを打ち砕いてしまったか」
ルイスはついに目を閉じた。ロッドは苦笑いした。
「現実から目をそらすなよ、ルイス。早すぎると思ったぜ、まだ探し始めて一日も経ってないだろ?」
「⋯⋯そうだね」
「そうか、よかった。何ヵ月も探してなくて」
バルトローはほっとした笑顔を見せた。
「コイツはドラゴンの事になると、やたら興奮するんです」
「わかるよ。僕も満を持してドラゴンに変身して大興奮して、そこらじゅうを駆け回って、休んでいたところだよ」
「休んでてくれて、助かりました」
ロッドは答えながら、ルイスの顔を伺った。
「わかったよロッド。落ち込むのは止める、次があるからね。だけど、オジサンが噂のドラゴンなら、もう少し旅を続ける事になるね」
「そうだな」
「噂になってしまっていたか。もっと奥地に行こうかな。しかし、この辺でまだ成長途中のジルトニラを見たという話を聞いて、僕も来たんだが。君達が聞いた噂のドラゴンは僕なのか、それとも本物のドラゴンなのか⋯⋯少し座って休もうか。明るいところが安全だ」
三人は三日月の照らす、廃墟の更地に向かい合って座った。
「改めて、僕はバルトロー。生き物に変身して、その生態を調べているんだ」
「僕はルイスです。バルトロー博士の出てる番組、小さい頃から見てました」
「俺はロッドです。俺も、見たことあるよ」
「嬉しいね。君達に動物の素晴らしさを、少しでも伝えられてるかな?」
ルイスとロッドは顔を見合わせた。
「はい。僕は、両親と一緒によく見てました。博士が動物や虫になって『これが僕です』ってナレーションが言うでしょう、いつもみんなで凄いって」
ルイスは変身した博士の行動に、両親が爆笑して喜んでいたのを思い出してニヤリとした。
「楽しそうだなって」
「俺の親父は、博士が動物になるのを面白がって笑ってた。まぁ、酔っぱらってたから、気にしないで」
「僕の両親なんて、酔ってないのに爆笑してたよ⋯⋯僕の両親は普通だと思ってたけど、頭のネジが飛んでるのかな?」
「ルイス⋯⋯」
「大丈夫、人は極度に興奮すると笑い出すものなんだ。喜んでもらえて嬉しいよ」
ふたりはほっとして笑い合った。
「親父は、博士が動物になって生肉や生魚を食べてるのを見てビビってた」
「僕も変身前は食べ物の事を考えるよ。特に昆虫食だ。しかし、カメレオンになって舌を伸ばして上手く虫が捕れた時は嬉しかったよ」
「楽しそう」
「真似したいとは思わないけど」
ロッドの言葉にルイスがうなずくと、バルトローは残念そうな笑みを見せた。
「時には鳥になり自由に空を飛び、皇帝ペンギンとなりあえて極寒の地に暮らし、ダイオウイカとなり深海を泳ぐ。こんな素晴らしい能力は他に無いよ! ただ一つの悩みは、どれだけかけても全ての生き物には変身出来ない事だ。神よ、我に永遠の命を与えたまえ!」
バルトローは両手を広げて天を仰いだ。ルイスとロッドは熱気に圧倒された。ルイスも興奮してきた。
「そうだ! せっかくお会い出来たから、一つお願いしてもいいですか?」
「いいとも」
「僕に化けてください」
ワクワクしながら自分を指差すルイスに、バルトローはすまなそうに微笑んだ。
「それは出来ないんだ」
「なんだ」
「少年をがっかりさせるのはツラいよ。喜ばせるのは難しい」
「コイツにはドラゴンの情報をやると、簡単に喜びますよ」
「丁度よかったよ。もうしばらくすれば、ドラゴンの番組が出来上がるから。ぜひ見てくれ⋯⋯いや、ディスクをふたりにプレゼントするよ」
「ありがとうございます!」
送り先は叔母ビーナスの住所に頼んだ。
「君達を喜ばせたい、ますます探検に熱がこもるよ」
「博士はひとりで探検してるんですか?」
「同じ能力を持った仲間と手分けしてね。君達の願い事はなにかな?」
バルトローはもし願い事が決まってなかったら、勧誘しようと期待を込めて、片眉をクイッと上げた。
「僕は王子様に」
「俺はもうなっちゃってるから」
「なっ? ふたり共王子様か。さすがはオトギの国だ!」
バルトローは感嘆して引き下がった。
「僕はまだ願いを叶えてないんです。いつでもドラゴンになれる能力か⋯⋯」
ルイスは羨ましそうにバルトローを見た。ロッドはドラゴン限定の変身になっている事に、あきれた顔をルイスに向けた。
「よほど、ドラゴンが好きなようだね。変身するから、背中に乗るかい? 今度は空を飛ぼうと思うんだが」
「いえ、本物のドラゴンを探します」
キッパリと宣言するルイスを、バルトローは真面目な顔で見つめた。
「力を貸したいけど、ここはあえて見送るべきかな。もしもの時は大声で僕を呼んでくれ。しばらくは近くに居るからね」
「ありがとうございます」
「そろそろ、僕は行こうかな。少年達の旅を邪魔したくないからね」
「次は、どの動物に変身するんですか?」
ルイスの質問に、立ち上がりかけたバルトローは顎に手を当てて考え込んだ。
「僕は小さい動物になってほしいな。ギュッてして、癒されたい気分なんです」
「⋯⋯俺はサメ、なるべくデカイヤツ。口の中に入ってみたい」
リクエストをしたルイスの顔は笑っていて、ロッドは無理に無表情を作っていた。バルトローはふたりの表情を読んで答えた。
「断らせてもらおう。どんな動物にも天敵がいる、たとえ最強の動物が現れても、人間が立ち向かうだろう。最終的に全ての生き物の天敵は人間なんだ。今また、君達が教えてくれたようにね」
「さすがは動物博士ですね」
ルイスは観念して称えたが、ロッドは少しつまらなそうな顔をした。
「ドラゴンに変身して、君を騙した事は水に流してほしいな。ロッド君、君にはサメ特集を送るよ」
「ありがとうございます」
「ロッド、僕の趣味に付き合ってくれてるよね。次は海にサメ探しに行こうか。海にもドラゴンはいるし」
「サメなんて海にウジャウジャいるだろ。俺もドラゴンに乗りたいぜ?」
「よかった」
しかし、ロッドはバルトローに顔を向けて言った。
「なるべくデカイサメ特集でお願いします」
「ドラゴンの次の巨大生物は、メガロドンに決めたよ」
ルイスとロッドはバルトローと固く握手した。
「さて、そろそろお互い出発しようか。変身シーンを見せるわけにはいかない。少年には刺激が強い。ホラー映画ばりだからね」
バルトローは木の陰に行くと、フクロウになって飛び出してきた。そして木の枝に降り立つと、ホーホーとわざとらしく鳴いてみせた。
思わず近寄って見上げたルイスの肩を、ロッドが軽く叩いた。
「行こうぜ。博士はひとりでも楽しそうだ」
「そうだね。お元気で!」
ふたりが手を振ると、フクロウは片翼を広げて応えた。




