第28.5話 理想のドラゴン
道は段々とゆるい登り坂になってきていた。どこかでフクロウが鳴いていた。ルイスは懐中電灯で木の上の方を照らして、フクロウを探した。
「どこら辺だろう?」
「さぁ、真っ直ぐ王宮を目指してるはずだけど」
「フクロウのことだよ」
ロッドににらまれて、ルイスは素早く両手を前に出して身構えた。
「どうかな? 僕の防御の型は。速すぎてビビったろ?」
ロッドは笑いながら、ルイスの手首の盾を指差した。
収納自在の盾は今は腕輪みたいなもので、ルイスは盾を持っているのを忘れていた。ルイスは肩を落として、情けなく呟いた。
「こういうのを、宝の持ち腐れって言うんだよね」
「それに、武術の達人ならともかく、防御より攻撃は避けるべき」
言うやいなやロッドは、ルイスの尻に蹴りを入れようとした。しかし、ルイスは察知して完全に避けた。
「どうかな? 僕の回避能力は?」
「なかなかだな。でも、蹴りは回避しやすいだろ?」
ルイスは同じように、ロッドに蹴りを入れようとしたが、やはりロッドも簡単に避けた。
「ホントだね。だけど、僕達じゃ肉弾戦は勝てないかな」
「どんな奴に会っても、距離をとっておくしかないな」
またしばらく歩くと、道の外れに崩れかけたレンガの壁が現れた。門があったらしい場所からは、荒れ果てた更地が見えた。ふたりは壁に寄りかかって一息ついた。
「綺麗に建物が消えてるな。それとも広場か?」
「本に載ってた場所かもしれない。ドラゴンが出て、魔女や魔法使いの集会が行われる廃墟だ」
「俺達にとって、都合のいい廃墟だな」
興奮するルイスを見て、ロッドも笑みを浮かべた。
「オトギの国には、こんな廃墟が沢山あるんだって」
ルイスはレンガの壁に沿って歩いてみた。壁は急に崩れて終わっていた。そこからはもう森になっていた。
「ロッド、あれ!」
ロッドが駆け寄って来ると、ルイスは驚愕した顔で前方を懐中電灯で照らした。
光の先、ふたりから数メートルほど離れた木々の間に、黒いドラゴンの姿がはっきりと見えた。大きさはゾウくらいで、黒いダイヤ型の鱗は磨いた様に艶やかで、見た目は肉食恐竜を思わせたが、コウモリの様な翼があった。
「こんな近くに、カッコいいな」
「うん……」
ドラゴンの目は木に隠れていて、ふたりに気づいていないのか、穏やかに呼吸しながらじっとしていた。
「ち、近づこう」
「尻尾の方にな」
ロッドにうなずくと、ルイスは懐中電灯を仕舞って、両手を前に出してゆっくりと歩き出した。
ふたりは木に隠れながら、着実にドラゴンの尻尾に近づいていった。そして、上手くドラゴンの尻尾の、真横の木までたどり着いた。
木に背をつけたルイスは、尻尾に釘付けになっていた。ルイスの手のひらより少し小さい固そうな鱗が、ルイスの手の届くところにあった。
ロッドはルイスの前に立って、顔だけ木から出してドラゴンの顔を見つめた。ドラゴンは目を閉じていた。
「寝てるかも」
ロッドの呟きに、ルイスはたまらずドラゴンの尻尾を撫でた。
その途端、ドラゴンは走り出した。木々の間を巧みに駆け抜けて、レンガの壁のところでふたりの方を振り返った。振り返った勢いで、尻尾がレンガの壁を叩き壊した。
ルイスとロッドはお互いの肩を掴んで、緊張で固まっていた。しかし、ドラゴンの目はキョロキョロしていて、ふたりに気づいていない様子だった。
ロッドはリュックから銃を出すと、両手で構えてドラゴンに向けた。
「やめるんだ!」
「デカイ声だすな!」
ルイスはロッドを後ろから羽交い締めにした。ロッドは慌てて銃を持った手を高く上げた。
「ドラゴンは撃たせないぞ! 僕を撃て!」
「お前を撃ってどうするんだよ、落ち着けよ!」
ドラゴンは騒ぎを聞きつけて、ふたりに真っ直ぐ向かって来た。ルイスはロッドの前で両手を広げて庇った。しかし、ドラゴンはふたりを通り過ぎて木々の影に消えて行った。
ふたりが息をのんで呆然としていると、少しして暗闇からはっきりと男の声が聞こえてきた。
「庇ってくれて、ありがとう。たとえ効かなくても、銃で撃たれるのは悲劇だからね」
穏やかな口調に、ルイスは両手に握りこぶしをつくって震えた。
「ドラゴンがしゃべったよ! しかもなんてフレンドリーなんだ⋯⋯ついに出会ったぞ! 理想のドラゴンに!」




