第28話 ルイスとロッドの冒険
ルイスは昼間練習した通り、窓から脱出に臨んだ。昼間は簡単にいったが、今は暗いのでより慎重に動いた。しかし、石のざらついた壁で靴がすべり、宙ぶらりんになってしまった。
幸い、ニ階だったので、思いきって縁を掴んでいる手を離して落下した。無事着地して、ほっとして顔を上げると、目の前にロッドが居た。
「ハラハラさせるなよ」
「ドラゴンに会う前に、病院送りになるところだったよ」
ルイスは他人事のように、声をひそめて笑った。
「行こうぜ」
「よし!」
ふたりはあらかじめ決めていたルートを走った。
何度か城を振り返ったが、まだ明かりの灯る窓や、暗い庭には誰の姿も見えなかった。ふたりは管理小屋の前を、身を屈めて走り抜けると、国の中央にある王宮へと続いていると言われる道にたどり着いた。
ほっとするロッドの隣で、ルイスは小さな双眼鏡で城を見た。
「さようなら、ペルタさん、アンドリューさん」
悲しげな呟きに、ロッドは苦笑いして言った。
「大袈裟だぞ、ドラゴンに乗ったら帰るんだからな」
「うん⋯⋯夜行性のドラゴンは黒い、ジルトニラかもしれない。ほら、僕の服、ジルトニラの皮だよ」
ルイスは上着を撫でた。そして、目を閉じて厳かに話し始めた。
「ジルトニラは固い鱗を持ち、魔法耐性がある」
「魔法は使えないだろ、俺達」
「大きさは大人だとバスくらいある。強靭な肉体を持ち、それなのに、素早いんだ」
「デカくて速いのか」
「近くにいても気づかないこともあるという。足音が聞こえてからじゃ近過ぎるかもしれない」
ロッドは唸ったが、気を抜いて歩き出した。
「まぁ、出会ってみないとな」
「楽しみだよ」
ルイスも笑顔でロッドの隣を歩いた。しかし、城から完全に離れ、前も後ろも暗い森に囲まれると、流石にふたり共心細くなって、木の棒に丸いライトのついた魔法の杖風懐中電灯で辺りを照らしながら歩いた。微風が冷たく、ルイスは少し身を縮めた。
「幽霊が出たりしないよね?」
「オトギの国は、幽霊が出るのか?」
「本に目撃情報が載ってたけど、わからない。アンドリューさんは信じてるみたいなんだ。幽霊なんて居ないですよねって聞いたら『どうかな?』だって。あの真面目なアンドリューさんが」
「怖いこと言うなよ」
その時、ルイスのライトが、人の姿を浮かび上がらせた。
ふたりは立ちすくんで、その人の姿をよく観察した。それは見た目も服装も平凡な中年の男で、怯えた様子で道端の木にしがみついていた。ルイスとロッドは気を抜いて顔を見合わせた。
「恐怖に震えている人が居るよ、声かけた方がいいかな?」
「見たところ、普通のオジサンだな。そうしようぜ」
男に近寄ると酒の匂いがして、顔が赤くなっていた。
「こんばんは。オジサン、どうかしたの?」
ロッドが声をかけると、男は引きつった笑顔を見せた。
「こんばんは。俺はクロニクルに帰るところなんだ」
「どこからですか? なにがあったんですか?」
ルイスはドラゴンの情報を期待して、意気込んで聞いた。
「どこにも行ったわけじゃないのさ。オジサンは明るいうちは強い上に、見た目もカッコいいんだが⋯⋯、夜になるとこの通り普通の人になるのさ。だから、夜が、暗闇が怖くてねぇ」
オジサンは木にしがみついたまま震えた。ロッドがあきれた顔で聞いた。
「なんで、明るいうちだけ、にしたの?」
「一日中強いと、休みなく働く事になるからさ。そうなると、過労死や失踪の危険にさらされるという事を、先人達が教えてくれてるよ。だから、夜は普通の人で居ることにしたのさ。だけど、酒場の連中に焚き付けられてねぇ、度胸試しにここまで来たけど、ギ、ギブアップさ」
ロッドは肩をすくめて、ルイスは帰り道を教えた。オジサンは木から木にしがみつきながら、数本分移動するとふたりを振り返った。
「まさか、クロニクルまで送ってくれたりしないよね?」
「すみません。僕達、ドラゴンを探しに行くんです」
ロッドがあきれた顔を見せる中、ルイスは答えた。
「こんな闇の中で、ドラゴンか。若いねぇ⋯⋯オジサンはこの国のランプや蝋燭の明かりじゃ心細くてねぇ。外の世界のネオンが恋しいよ。近い内に故郷に帰ろうと思う、二度と君達に会うことも無いだろうから、お礼に教えておこう」
オジサンは震える腕を伸ばして、ふたりが行く道を指差した。
「この先に切り株だらけの場所がある。そこまでなら、おそらく無事に進めるはずさ。ドラゴンを見つけるよう、祈っているよ。じゃ、さよなら」
「ありがとうございます」
せめてオジサンの姿が小さくなるまで見送ると、気を取り直して歩き出した。
「世界には、変わった願いを叶える人が居るね」
「ああ、あのオジサンがどんな風に強いのか、想像出来ないぜ」
しばらく歩くと、オジサンの教えてくれた切り株だらけの、少し開けた空間をライトが照らし出した。
近寄って見ると、7つの切り株の真ん中に焚き火の跡があった。
「切り株をイス代わりにしたんだね」
ルイスは切り株に座って一息ついた。切り株だらけの空間は明るかったので、懐中電灯のスイッチを切った。ロッドは切り株や焚き火の跡を観察した。
「焚き火の跡はわからないけど、切り株は新しいな。どんな奴が居たんだろう?」
「7人の冒険者だよ……」
瞳をキラキラさせて空想するルイスを見て、ロッドは隣の切り株に座って脱力した。
「切った木はどうしたんだ?」
「薪にしたんじゃないかな? 中世には、そういう仕事があるよね」
暗い森の中で、ルイスはほのぼのと言った。
「冒険中に、薪を売って稼ぐのか」
「僕も、オトギの国で稼いでみたいな」
「オトギの国の俺達くらいの奴らは、メッセンジャーのバイトをしてるってさ。なんせ、中世の国だからな。連絡手段は手紙、よくて電話⋯⋯最悪、噂話」
「王子様は、町の治安維持の仕事をしてるんだよ。警備員なんて全く興味無かったけど、ここでは選ばれし者の仕事だったよ」
「警察でもあるんじゃないか? 一応、刑務所もあるし」
ルイスは少し緊張して、辺りを見回した。
「ペルたんが盗賊に出会った事があるって。いつどこでとは聞かなかったけど」
「どこにでも居るだろ。オトギの国は無法地帯だからな、特に森の中は」
「捕まったら、盗賊になるしかないのかな?」
弱気発言に、ロッドは思わず吹き出した。
「ロッド、怒るかもしれないけど言っておくよ。僕をおいて逃げないでね」
「⋯⋯まぁ、俺の方が敵に捕まらないだろう、って考えだから、怒らないでやるよ。逃げたとしても、助けを呼べばいいだろ?」
「頼むよ。早く僕も君も、強くなった方がいいね。逃げ回るしか盗賊から助かる道が無いなんて、カッコ悪いよ」
ロッドはリュックの中に手を入れた。ルイスの見つめる中で、拳銃を出して大事そうに両手で持った。
「いけないよ!」
ルイスはとっさに咎めた。ロッドはビクッとしてルイスを見た。
「ごめん。だけど、この国で拳銃を使ったらいけないんだ」
「なんで?」
「様式美の問題だよ。たぶん違和感⋯⋯だよ。おとぎ話には、現代兵器を使う人は出てこないでしょ?」
「そうだな」
「そういう事だよ」
「でもな、これは城で見つけたんだ。俺のベッドの下に張り付けてあった。レーザーポインター付きだぜ」
ロッドはレーザーポインターのスイッチを押して、木に照準を合わせた。
「いいなぁ⋯⋯いや、君は王子様なんだ。銃を捨てて、剣を取るべきだね」
ルイスは厳粛な顔で言ってから、少し考えて続けた。
「シュバルツ様の弟子だから、鞭を取るべきかな?」
「鞭って、悪者の武器っぽくないか?」
ロッドのためらいに、ルイスはフッと笑って見せた。
「もっと悪い奴を叩けばいいだけだよ」
「⋯⋯そうだな」
「銃を使わないで済むといいね」
「試し打ちもしてない、弾がもったいないからな。まぁ、脅しには効くよな。まさか、様式美がとか言って、賊に説教されたりしないだろうな?」
ロッドは銃をカバンに仕舞った。ふたりは再び歩き出した。




