第26話 夜話
夜、寝仕度を整えて、客間でくつろいでいたルイス達の前に、セバスチャンが現れた。
シュヴァルツは夜型だという。ルイス一行はロッドとおやすみの挨拶をして、静かに馬小屋に向かった。
セバスチャンの計らいで、藁置き場に寝る事になった。綺麗な毛布と枕も用意されていた。セバスチャンに礼を言って見送ると、ルイスはさっそく藁の上に寝てみた。
「ちょっと固いな、もっと柔らかいと思ってた」
「慣れれば眠れるわ。有ると無いとじゃ大違いだもん」
がっかりするルイスに、ペルタが猫のように近づいた。
「お姉さんが添い寝してあげる」
「まだ起きてます」
ルイスは急いで藁から離れた。
「妙な真似はさせんぞ」
入り口近くに座って壁にもたれ、足を伸ばしたアンドリューがすかさず言った。
「じゃあ、アンドリューが真ん中で寝ないとね」
「並んで寝る必要はない。一人は見張りでもいい」
「嫌よ! 見張りなんて、つまらない」
「そうですよ、この辺の森は安全だって、ロッドが言ってました。シュヴァルツ様が夜な夜な、森を歩いているそうですよ。鞭を持って」
「会いに行かなきゃ」
「鞭に打たれてこい、いっそのこと。邪な欲を叩き出してもらえ」
「ひ、酷い」
ペルタは唇に手を当てて、震えてみせた。
「ここで大人しくしてましょう? 暗いから、もしかしたら獣かなにかに間違われて、ホントに鞭で打たれるかも」
「ヒドイ」
ペルタは両手の爪を立てて、襲いかかる真似をした。ルイスは思わず身構えて目を閉じた。
「く、暗いからですよ」
「大人しくしてないと、外で寝る事になるぞ」
「フンだ! 冷たい人達! 貴方達が外で寝ればいい」
ペルタは厳しく言い返すと、つまらなそうに座って壁にもたれて、毛布を膝にかけた。ルイスも隣に座ると、チョコレートを出してペルタにあげた。
「虫歯になるぞ」
アンドリューの注意に、ルイスは探りの目を向けた。
「アンドリューさんって、父さんみたいな厳しさがあるな⋯⋯」
ルイスの呟きに、ペルタがニヤニヤして言った。
「そうね、アンドリューと旅をしたがる女の人がいないのも、うなずけるよね」
「俺は⋯⋯自分から女と旅をするのはお断りだ」
「私は? 特別?」
「女だと思っていない。猛獣だと思っている。ここで引き取ってもらいたいものだ。100%無理だろうが」
「ひ、酷い。ルイス君、言い返して」
ペルタはルイスの肩をゆすった。
「ひ、酷いですよ⋯⋯」
ルイスは笑いを噛み殺しながら、弱々しく言い返した。
「もっと」
ペルタは冷徹な顔で、無慈悲に命じた。
「アンドリューさん、ペルたんさんに優しくしてあげてください。これは僕の魂の叫びですよ」
ルイスの厳しい顔を見て、ペルタは満足そうにニヤリとて、アンドリューはため息まじりに答えた。
「ルイスを困らせるな。大人しくしてれば文句はないんだ」
「⋯⋯黙ってれば美人ってやつですね、ペルたんさんは」
「この!」
思った事をつい口走ったルイスに、ペルタが爪を向けた。アンドリューは眉を寄せたが、思い直して言った。
「その通りだ。わかったら、黙って寝てろ」
「えっ? 美人!?」
アンドリューの思惑通り、ペルタは照れて身を縮めると、大人しく座って壁にもたれた。
ようやく静けさが戻ったので、ルイスはブロウのくれた本『オトギの国の不思議』を開いた。
「夜の森で幽霊が出るそうです。嘘ですよね?」
「どうかな⋯⋯?」
アンドリューの思わせ振りな言葉に、ルイスが注目していると、ペルタが言った。
「幽霊でも、王子様がいいわ」
もし、ペルタが独身のまま死んだら、幽霊になっても結婚相手を探すのかもしれない。そして、自分は幽霊になってもお供をしているかもしれないと思い、ルイスはゾッとした。
「生きている内に見つけましょう、必ず」
そう言ってみたものの、ペルタが1ヶ月の間に5人にフラレているという事実に、ガックリと本に顔をふせた。
「ルイスを悩ませるな。自分で探せ」
「貴方が素直にならないからよ、アンドリュー。素直になりなさい」
「俺は素直になっている」
納得出来ないペルタは、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「アンドリューさんは、ペルたんさんを兄妹の様に思っているんですよ」
ルイスは果てしない攻防に終止符を打つべく、口をはさんだ。
「兄妹じゃ、恋愛出来ないじゃない?」
「だからいいんだ」
身を乗り出したペルタと、身構えたアンドリューが睨み合った。
「まぁまぁ、王子様がいいんでしょう?」
「うん⋯⋯」
ペルタはしょんぼりして座ると膝を抱えた。ルイスも隣に座り、少し考えて言った。
「お姫様になったらどうですか?」
「奇石の力でお姫様になってもね⋯⋯小さい女の子からやり直す? それか、死ぬまで若く美しいとかいいわね」
「世界一の美人とか」
「世界一の美人は移り変わりが激しいのよ。タイミングが悪いと、三日天下になりかねないわ」
「へぇ。そういえば、世界一強い人も同じ理由で、百年以上前に死んだ人が最後でしたっけ」
ルイスはアンドリューを見て、どれくらい強いのだろうかと考えた。
アンドリューが世界一になるには、電気系統の武器を破壊して、広範囲の攻撃が出来るなら大勢の敵を一気に⋯⋯そういえば、父さんはどんな攻撃も効かないんだった、父さんって案外最強なんじゃ⋯⋯しかし、ふたりとも平和主義者だったのを思い出した。
ルイスは小さくため息をついて、首を横に振った。
「どうしたの?」
「なんでもないです」
自分も平和主義者なのだと、ルイスは苦笑した。
「強さと美しさ、人の欲求はいつの世も変わらない。私はとてもいい事だと思うわ。強い王子様と美しいお姫様。とても、お似合いでしょ?」
「実は、僕の中の王子様って、そんなに強いイメージがないんです⋯⋯勇者の方が強そうです」
ルイスの視線を受けて、アンドリューは微かに得意げな笑みを見せた。
「そんな事ないわ! 強くて優しくて、美しくてカッコいい! 王子様は人類の理想が融合された、究極の生命体なの!」
「奇石の力じゃなきゃ、なれそうにないですね……」
「ルイスに滅茶苦茶を要求するなよ、魔女め!」
ペルタは膝立ちになると、高飛車にアンドリューを見下した。
「ふん! 邪魔しないで! さもないと、魔女となりて勇者など、葬ってくれるわ!」
「やってみろ! 良い機会だ。国中の魔女を一掃してやろう」
ついにアンドリューに飛びかかろうとするペルタを、ルイスは服を引っ張って止めた。
「まぁまぁ、止めてください! 僕より子供みたいですよ」
「そうだ」
「アンドリューさんも」
「な!?」
今度はアンドリューも、膝を抱えて大人しくなった。ルイスは一息つくと、本を読み続けた。
「国王の住む城は、こんな危ない森に囲まれて、出かけるのが大変そうですね」
「ペガサスに乗って移動するんだ」
「なんだ、ペガサスか」
「ペガサスは珍しくないか?」
「珍しいですよ、僕は見たことがないし」
ルイスは微笑んで、穏やかに答えた。
「でも、ペガサスは羽のはえた馬でしょう? 馬が空を飛ぶなんて危ないな」
「それなら、ドラゴンだって羽のはえたトカゲだろう」
「アンドリュー!」
ペルタが慌てて制した。
「危なさだってな、ペガサスの比じゃないぞ」
「この!」
ルイスがアンドリューに飛びかかろうとするのを、ペルタが後ろから肩を押さえて止めた。
「危ない奴だ、ペルタを真似るな」
「ペルタさんを真似たんじゃありませんよ。僕の本能の衝動です」
「ルイス君の前で、ドラゴンを批判するなんて。正気じゃないわ」
アンドリューをにらむルイスを見て、ペルタが不安そうに言った。そして、少し考えてから続けた。
「ルイス君、傷ついてしまったわね。お姉さんが添い寝してあげる」
「そこに戻るんですか」
ルイスは脱力してしまい、藁の上に横になった。そして、アンドリューを挑発する様に見ながら言った。
「僕が王様になって、ペガサスじゃなくドラゴンに乗るように、法律で決めようかな」
「す、凄くいいと思う」
ペルタがためらいがちに褒めた。
「王様より先に、王子様にならないとな」
アンドリューの進言に、ルイスは大人しく目を閉じた。
♢♢♢♢♢♢♢
結局ルイスを真ん中に並んで眠っていたが、戸を開けようとする音に、アンドリューは目を開けた。
つっかえ棒を外して戸を少し開けてやると、顔を見せたのはロッドだった。ロッドは並んで寝ているルイスとペルタに目を見張った。
「結構、仲良く寝てるね」
アンドリューは危うくルイスともペルタとも、一触即発になった事を思い出して苦笑した。
「心配して来てくれたのか。まぁ、訪ねてきた者を馬小屋に寝かすのは、気分が悪いかもな」
「まぁね」
「だが、この通り、俺達はタフなんだ」
「そうみたいだね」
ロッドは笑って肩をすくめると出て行ったので、アンドリューはそっと後を追い、ロッドが城に入るのを見届けて、小屋に戻り藁の上に寝直した。
しばらくすると、また戸を開ける音に、アンドリューは目を開けた。今度はシュヴァルツが入って来た。
「心配してってわけじゃ、なさそうですね」
シュヴァルツは腕を組んで、険しい顔つきだった。
「妙な事を企んでないかと思ってな、その女が」
視線の先のペルタは、ルイスに寄り添ってスヤスヤ寝ていた。
「見ての通りですよ、ですが、油断しない事です」
真剣な顔のアンドリューにシュヴァルツはうなずくと、さっさと出て行った。
「酷い⋯⋯」
横になったアンドリューの耳に、ペルタの呟きが聞こえた。視線を向けると、ペルタがムッとした顔を向けていた。
「いつから、起きてた?」
「ロッド君が帰った時に。貴方が居なくなったから、起きてないとと思って」
「いい判断だ⋯⋯でも、なんで寝たふりを続けてた? せっかく、王子が来てくれたのに」
多少挑発的な質問に、ペルタは少し考えてから言った。
「寝たふりと暗闇を利用して飛びかかるのもね。私の美学に反するわ。正々堂々と挑まなくちゃ」
「飛びかかられてたら、女へのトラウマが一生消えなくなってたろうな」
アンドリューは安堵のため息をついた。憎々しげな魔女のような顔のペルタがアンドリューに伸ばした腕を、ルイスが掴んだ。
「ルイス君も起きてたの」
「実は、全然寝てませんでしたよ。藁の寝心地が」
ルイスは苦悶の表情で言い淀んだ。
「可哀想。ルイス君だけでも、ベッドに寝かせてもらったら」
「ペルたんさんとアンドリューさんを、ふたりっきりにするわけにはいきませんよ。心配で眠れないです」
「な、なにを想像しているの? 過激な!」
動揺するペルタに、ルイスはあきれた顔を向けた。
「違いますよ、過激と言えば、過激だけど⋯⋯」
「殺し合いを心配してるんだ」
「そうですよ」
忌々しそうに鼻を鳴らしたペルタが背を向けたのを見て、ルイスもアンドリューも目を閉じた。