第25話 王子様ロッド
ルイス達が馬小屋のある裏庭に出て、少し途方に暮れているところに、執事服を着た初老の紳士が現れた。
「執事のセバスチャンでございます」
ルイスはやはり居たかと思い、丁寧に挨拶を返した。
「お話は承っております。客間へご案内いたします」
「でも、シュヴァルツ様が⋯⋯」
「シュヴァルツ様はお休みになっておられます。お静かにお過ごしくださるならば、構わないとのことでございます」
セバスチャンはお静かにを強調してペルタに言った。
「なんだかんだ言って、お優しい方ね」
「しかし、お休みは馬小屋で。これは譲れぬと」
ペルタはしゅんとしてうなずいた。
「掃除をしておきますので」
「すみません、変な客で」
かしこまったペルタの言葉に、セバスチャンは優しく微笑んだ。
城に入ろうとしたペルタが、ルイスを振り返った。
「そうだ、ルイス君、ロッド君、貴方達で花でも摘んできなさい。新人王子様と見習い、一緒に過ごすのよ」
ルイスとロッドは顔を見合せた。下手に抵抗しない方がいいという思いが合い、ふたりして素直にうなずいた。
♢♢♢♢♢♢♢
ルイスはロッドの後について、森を歩いて花を探した。
「危ない森だ」
ルイスは思わず、腕の盾に触れながら呟いた。警戒してキョロキョロするルイスにロッドが聞いた。
「その剣は?」
「飾りだと思ってほしい。今はまだ」
「まぁ、いいや。俺だって武器は持ってないし。この辺の森は安全だからな。シュヴァルツ様が厄介者を追い払ってくれてる。通行料を取ってるくらいだ」
「そういえば、払ったよ」
「シュヴァルツ様はあんな感じで、稼ぐ事に興味無いから贅沢出来ないぜ。王子様だから、金は持ってるだろうけど」
「うん、でも、城に住めるだけありがたいよ。安全だし」
「シュヴァルツ様は夜な夜な鞭を持って、森をさ迷ってる⋯⋯不気味だぜ」
想像して身をすくめるルイスを置いて、ロッドは先に行った。
ロッドは木の根元に膝まずくと、ドライフラワーのような植物を引き抜いた。よく見ると、紫いろの小さな花が沢山咲いていた。
「枯れてるみたいだね⋯⋯」
「だから言ったろ」
ロッドは素っ気なく答えて、城に向かって歩き出した。
「どうして、王子様になったの?」
「お前は?」
「僕は、彼女に頼まれて⋯⋯」
ロッドはあきれ果てたという顔をした。
「シュヴァルツ様を見ただろ? 今すぐやっぱり辞めるって言って来いよ」
「僕は今のところ、頼まれてよかったと思ってるけど」
ルイスはしかし弱気だった。今のところの話で先は長いからだ。
「君はそういえば罰ゲームだったね。普通、ホントになるかな? というか、よくなれたね」
ルイスも多少あきれ気味に聞いた。ロッドはフンと下を向いた。
「俺は⋯⋯別になんでもよかった。どっか他所へ行けるなら」
「ロッド、自棄になって来たの?」
思わず笑いそうになるルイスに、ロッドはフフフと笑った。
「はっきり言われると笑えるな。そうだよ、でも王子になってよかったと思ってる。お前の言う通り、城には住めるし、みんなやけに優しいし」
「優しいのは、僕達に期待してるからだよ」
「なにを?」
「それは、優しさのお返しだよ。ペルたんさんが言ってたやつ。特に女の子はさ、特別王子様が好なんだ。期待値高めだよきっと。君はモテるだろ? わかるよ、従兄に似てるからね」
「どこが?」
「雰囲気かな?」
はっきりわかっていたら、真似していたことだろう。ロッドもよくわからないと言う様に、首を横に振った。
「俺は、優しさとか、特に女の子に優しくするとか」
ロッドは立ち止まると、吐く真似をした。
「品が無いよ」
ルイスは注意しつつも笑っていた。
「いいだろ、今くらい。城の中では品のある生活しないといけないんだ。それが唯一の苦痛だぜ」
「身も心も王子様じゃないの?」
「行儀の悪い王子様もいるんだよ。とにかく、俺は女の子に優しくするなんて無理、城に引きこもって暮らすぜ」
「ご両親や、罰ゲームの友達は?」
ロッドは目を閉じて首を横に振った。
「家出みたいなもん。罰ゲームだって、くだらないし⋯⋯もう、帰らない」
「ロッド⋯⋯」
「お前は、お坊っちゃんだろ?」
ロッドのニヤリとした顔を、ルイスは動揺しながらもにらんだ。
「違うよ。昨日までクロニクルのお城で王子様と暮らしてたから、ちょっとは」
言い淀んでから、手を打って笑顔で続けた。
「そう! ちょっとは成長したってことだ! 品が漂い始めたかな?」
「前向きな奴」
両手を広げて体を見回すルイスを置いて、ロッドは歩き出した。
♢♢♢♢♢♢♢
ふたりは城に戻ると、客間の様子を見に行った。
丸いテーブルをはさんで、アンドリューとペルタがお茶をしていた。
「あらまぁ⋯⋯よく見つけて来たわね」
ペルタはロッドの持っている花を見て、少し残念そうに続けた。
「枯れてるみたい、でも、心は潤ったわ」
「こういう花なんだよ。これでも、長持ちするんだぜ」
「それはよかった。でも、せっかくお友達が出来たんだから、一緒に町の花屋さんに行ってきたら? 赤い薔薇がいいわ」
「冗談⋯⋯ルイス、お前が買えよ」
「いいよ」
ルイスがあっさりと引き受けたので、ロッドはあきれた顔になった。それを見たペルタが心配そうに聞いた。
「ロッド君、シュヴァルツ様に、その、悪影響を受けているんじゃない? アンドリューとその事を話していたのよ、この城は少年が住むには暗過ぎるんじゃないかって」
アンドリューが眉を寄せて、ロッドの顔を見つめていた。ロッドは焦って言い返した。
「ここでの暮らしは気にいってるよ。せっかく慣れてきたところなんだ」
「ロッドは新天地を求めて、王子様になったんですよ。追い出したりしないでください!」
「追い出すなんて、私達はしないわ。シュヴァルツ様次第よ。私は、ロッド君のやさぐれた雰囲気が、この城にぴったり合ってると思う」
「やさぐれてるってなに?」
「いい意味じゃない」
アンドリューの答えに、ロッドはペルタを見た。
「灰かぶりよね。幸せを掴む前の、煤けた灰色の雰囲気」
ロッドはルイスをにらんだ。ルイスはうつ向いて、その雰囲気は真似出来そうにないなと思った。ペルタはロッドに笑いかけて続けた。
「シンデレラ王子様バージョン!」
「王子様になれたんだから、いいよね?」
笑顔のルイスの胸ぐらをロッドが掴んだ。
「やめなさい、王子様らしくないわよ!」
ふたりはしばらく攻防を続けてから離れた。
「全く、王子様らしくない、王子様だこと」
「俺は元々、王子様とか女の人が好きそうな物が苦手なんだよ」
ゲロ吐きそう、とロッドは心の中で続けた。
そんなロッドを見ながら、ペルタは真顔で首を横に振った。
「そんな王子様なんて、身の破滅よ」
「どうして?」
「王子様イコールお姫様とのハッピーエンドだからよ」
ペルタは真面目な調子で続けた。
「王子様のいないお姫様は悲劇だし、お姫様のいない王子様も悲劇です。シュヴァルツ様を見ればわかるでしょ?」
「それは、まぁね」
「だったら、恋人を探しなさい。私も候補に入れていいのよ? いつでも、奇石の力で年齢を合わせられるんだから」
「僕達は花を飾りに行かないと」
ルイスは素っ気なく言うと、ロッドの肩を軽く押した。
「そうだな。じゃあ、勇者さん達、ごゆっくり」
ロッドはわざと丁寧に挨拶すると、不服そうな顔をするペルタに背を向けて、ルイスについて歩き出した。
「あーあ、今の内に綺麗なベッドで寝とこうかしら?」
ふて寝したくなったペルタが天井を仰いだ。
「夜眠れなくなるぞ、規則正しい生活が、旅の絶対条件だ」
アンドリューが真面目に反対するのを聞きながら、ルイスとロッドは部屋を出て扉を閉めた。
「お前、ペルタさんから逃げるのが上手いな」
「慣れてきたところ」
ふたりは忍び笑いをした。
♢♢♢♢♢♢♢
ルイスとロッドは花を廊下にある花瓶に飾ると、ロッドの部屋に行った。
部屋は重厚な家具と、赤と金で統一された豪華なものだった。
テーブルとソファーのある部屋の奥にベッドルームがあり、大きなベッドがあった。
「いいなぁ! 外からは想像も出来ないよ。こんな凄い部屋に住めるなんて!」
はしゃぐルイスにロッドはニヤリとした。
「馬小屋なのは、残念だったな」
「……仕方ないよ、そのうちシュヴァルツ様の気も、変わるかもしれないし」
「どうかな?」
ルイスは腰に手を当てて、眉を寄せると首を横に振った。
「どうして、シュヴァルツ様の恋人さんは出て行ったのかな? ちょっと贅沢じゃないか? これ以上なにが足りないんだろう?」
「さぁ、でも、出来る事はあんまり無いからな。ゲームもネットもここには無いし。昔の暮らしって感じだから、飽きたんじゃないか?」
ロッドは窓から森と青空を眺めた。
「外の世界で、リフレッシュして帰ってくればいいのにね」
「お前、そうするつもりだろ?」
ルイスが笑ってうなずくと、ロッドは得意気に鼻で嗤った。
「帰りたくなる奴と、帰りたくなくなる奴がいるんじゃないか?」
ルイスはフアンとブロウを思い出した。
「そうかも知れない。もしかしたら、王子様になると、居心地がよくなるのかも」
話を聞きながら、ロッドは展示用のガラスケースの前にルイスを手招いた。
ガラスケースの中には、王冠が入っていた。
王冠は金でできていて、色とりどりの宝石がちりばめられている。年代物といった感じで、ガラスケースに入っている様は博物館の展示品の様だった。
ロッドは王冠を取り出すと、自分の頭にのせた。
「ぴったりだね」
「俺は、奇石を使う時、王冠をかぶった姿を想像したんだ。そしたら、この城にこの王冠があって、かぶってみたらぴったりだったわけ」
「凄い偶然だね」
「必然だって、奇石の教科書には書いてあったぞ。想像出来た物は、みんないつか手に入るんだ。だから、慎重に想像しないとな」
ロッドは王冠をガラスケースに戻した。
「王冠は重くて、ずっとかぶってられない」
ため息まじりに言うと、乱れた髪を整えた。
「他の必要な物は、自分で集めなきゃならないんだぞ。ここまで来るだけで死にそうになったし、やっと一段落ついたところだ」
「僕は、まだまだこれからだ⋯⋯想像は固まってきてるんだけど」
「どんな?」
ルイスは少しためらってから答えた。
「ドラゴンに乗る王子になりたいんだ。生き物は奇石ではどうにもできないから、自力でドラゴンと仲良くならないと。どんな王子なら、ドラゴンは好きになってくれるんだろう?」
「うーん⋯⋯ドラゴンに逢ってから決めるしかないな。オトギの国はドラゴンが普通にいるって言うし、すぐ逢えるかもな」
「だといいなぁ! 僕は、本当はドラゴンと暮らす為に、オトギの国に来るつもりだったんだ。でも、もう少し大人になってからと思ってのんびりしていたら、彼女に頼まれたんだ」
ルイスは自嘲して笑うと目を閉じた。
「まぁ、いいんだ。彼女の事、好きだから」
肩をすくめるルイスを見ながら、ロッドは肩や首を掻いた。
「それに、予定より早く、ドラゴンに会いに来れたからね!」
「前向きな奴。精々頑張れよ」
ロッドの脱力気味の応援に、ルイスはニッコリした。