第24話 王子様シュヴァルツ
ルイス一行は森の中の広い道を歩いていたが、分かれ道で細い道に進んだ。
途端に繁った木々に空が隠れて、道は薄暗くなった。
「雰囲気が暗いな⋯⋯どこに続いているんですか?」
ルイスは慎重に辺りを見回しながら聞いた。
「次なる王子様のお城!」
ペルタが浮かれた様子で答えた。
「クロニクルの隣の町と森の一角を領地にしている王子だ。名前はシュバルツ」
「シュバルツ王子様か、どんな人だろう?」
アンドリューとペルタは、困った顔を見合わせた。
「状況は変わっているかもしれないわ」
ペルタは呟くと、ルイスの側に寄って笑った。
「会ってからのお楽しみよ!」
細い道の先に、二階建ての山小屋が現れた。玄関に続く階段に中年の男が座っていた。
「こっから先、女は通りたけりゃ男装しな」
男がペルタを指差して忠告してきた。ペルタは悲しげにアンドリューの顔を見た。
「状況は変わってないみたい」
「お前は、ここに残れ」
「嫌よ! 私がシュヴァルツ様の心を開くのよ!」
ルイスがどんな状況か尋ねようとした時、男がペルタの前にやって来た。
「あんた、また来たのか。そういや、また来るって言ってたな」
「また、お邪魔します」
ペルタは男にニヤリとして答えた。
「仕方ねぇ。通行料を払いな」
ペルタは三人分を払った。
「さぁ、行きますよ」
さっさと歩き出したペルタを追いながら、ルイスはやっと聞いた。
「どういう事ですか?」
「シュヴァルツ様は、恋人に手酷くフラれたのよ。そして、心を閉ざしてしまった」
「女が自分の領地に入るのを、許さんのだ」
アンドリューが言ってから、ペルタをしかめ面で見つめた。
「ペルたんさん、危ないんじゃ」
「命に代えてでも、シュヴァルツ様の心を開くわ!」
ペルタは勢いづいて小走りになった。
「凄い意気込みだ!」
ルイスとアンドリューも後に続くしかなかった。
♢♢♢♢♢♢♢
薄暗い森が開けて、重厚な石の城が現れた。入り口は鉄の門で閉ざされている。
とりあえずルイスが呼び掛けて、呼び鈴を鳴らしてみると、扉が開いてルイスくらいの少年が現れた。
近づいてきた少年は漆黒の髪の色白で細い体、シャツとベストとズボンに靴まで黒づくめだった。
少年は門越しにルイスの前に立った。
「もしかして、ルイス?」
ルイスは少年の、切れ長な灰色の瞳を見つめ返した。雰囲気が暗いというか、冷たい感じがするが、一瞬で王子様とわかる顔だなとルイスは思った。
「もしかして、シュヴァルツさんですか?」
少年は首を横に振った。
「違うよ、俺はロッド。居候の」
「王子様でしょ。罰ゲームのロッド君」
ペルタがルイスの横に来て、ロッドに向かってニヤリとした。
「あんたか、ペル⋯⋯たん。懲りないなぁ」
ロッドは脱力気味にペルタを見た。
「君が、罰ゲームの王子様か」
「一人で森をさ迷っていたから、シュヴァルツ様を紹介したの」
ペルタはルイスをロッドから離すと、声をひそめて続けた。
「雰囲気が似てるから。孤独なオーラってヤツ?」
ルイスにもシュヴァルツが、どんな王子様か見えてきてうなずいた。
「とにかく、入れてもらいましょ」
「女性は立ち入り禁止なんだ」
「シュヴァルツ様には、そう言って止めたと言っておきなさい。後は私に任せて」
ロッドは怪しむ顔を、ペルタからルイスに向けた。
「任せて大丈夫と思うか?」
ルイスは少し考えて、ニッコリして答えた。
「嵐はいずれ過ぎ去るよ」
ロッドは門を開けて、ルイス一行をシュヴァルツの元へ案内した。
♢♢♢♢♢♢♢
シュヴァルツは二十代半ばくらいで、黒髪を背中まで伸ばし放題にして、黒い瞳に輝きはなく、整った青白い顔に病的な気けだるさを漂わせていた。ドレスシャツにスラックスに革靴まで黒ずくめ、退廃的な雰囲気があったが、洗練された身なりと立ち姿で品は失われていなかった。
自室に現れたルイス一行に、シュヴァルツは丸めた鞭を持って向き合った。
「女は入れるなと、言ったはずだぞ」
据わった目つきで鞭を伸ばしながら、暗い厳しい声で言った。ロッドが何か言う前に、ペルタが一歩進み出た。
「シュヴァルツ様、私は」
鞭がペルタの足元を打った。ルイスは鞭の音に思わず目を閉じて、ペルタは小さな悲鳴を上げた。
「それ以上、俺に近づくな。汚らわしい女め」
「酷い! 私は汚れていません!」
果敢に反論するペルタに、シュバルツは冷たい顔で一歩近づいた。鞭が今度は、ペルタの眼前を横切った。
「女など、全員同じだ。罪深い羽虫だ! 近づけば叩くのみ!」
「私は違います!」
「ならば、隣の男を殺せ!」
シュヴァルツの命令に、ペルタだけでなくルイスもロッドも息をのんだ。ペルタの横に立つアンドリューを見た。
「そんな無茶だ!」
ルイスは思わず叫んだ。しかし、シュヴァルツは戸惑うペルタに向かって冷酷に続けた。
「その男に気があるから、殺せないんだろう? 俺か、この世の男全員か、どちらか選べ。お前は懲りずにまたやって来た。チャンスを与えてやる」
とんでもないチャンスだと、ルイスは首を横に振った。
ペルタはアンドリューとシュヴァルツの顔を交互に見て、苦しげにアンドリューに向かい合った。
「アンドリュー、ごめんなさい⋯⋯」
ペルタは泣き笑いの顔に、震え声で言った。
「だから、残ってろと言ったろ」
アンドリューはあきれた様子で、天井を見上げた。
ペルタは太もものホルダーから武器を取った。黒い棒の中から、鋭く尖った凶器が現れた。
「シュヴァルツ様の愛を勝ち取る為よ⋯⋯!」
「待て、愛するとは言っていない」
シュヴァルツがペルタの方に片手を伸ばした。ペルタとアンドリューがそんな彼を見つめた。
「もういい、やめろ。お前にチャンスを与える気は無くなった」
「なぜ? なぜ、話がそこまで戻るの?」
「本能的な、決断だ」
「なにそれ?」
ペルタはシュヴァルツに歩み寄った。また鞭が足元を打った。
「ひ、酷い」
ペルタは扉まで後退すると、寄りかかってさめざめと泣いた。ルイスは果敢にペルタの前に出た。
「酷いですよ! シュバルツさん! 命懸けで愛してくれる女性を⋯⋯本能で拒絶するなんて!」
「仕方ないだろう」
シュヴァルツは美しく苦悩する顔をそらして、力無く答えた。
「どうしようもない」
アンドリューが庇う様に呟いた。
「もういい! もういい! 全面戦争よ。大いなる力を手に入れて、この世から男を根絶やしにしてやるわ!」
ペルタは胸の奇石を見せつけて激怒した。
「まぁまぁ」
ルイスはなだめたが、今回はペルタの迫力に圧されて弱腰だった。
「俺も、女を根絶やしにする力を手に入れればよかった⋯⋯あんな女の願いなど聞かずに」
「どんな目に遭ったんですか?」
シュヴァルツの悔恨の言葉に、ルイスは歩み寄って聞いた。
「⋯⋯俺は、ある女の為に王子となった。しばらくは幸せだった。しかし、女はある日『もういい、外の世界に帰ろう』と言ったのだ!」
シュヴァルツは血走った目を見開いた。そして、握りしめた鞭を見つめながら続けた。
「俺がどれほどの決意をもって、どれほどの困難の末、王子になったか⋯⋯それを一瞬で。もういいって? よくないだろう!」
鞭でが傷だらけの絨毯を強かに打った。
「はい!」
ルイスは姿勢を正して返事をしていた。
「女はこの国を去った⋯⋯それから、何年もしない内に、他の男と結婚したという手紙を寄越した。『貴方も早く夢から醒めて』だと!」
シュヴァルツがまた力任せに鞭を振るった。身を縮めて後ずさるルイスを、シュヴァルツは静かに見つめた。
「わかったか? 俺の憎しみが、女への憎悪が。お前も囚われないうちに、女から離れろ」
「それは出来ません」
ルイスは恐る恐るだが、きっぱりと反論した。
「きっと素晴らしい人が居ます。ここに居ないだけで」
「ちょっと」
ペルタが懲りずに自分を指差した。
「ペルタさんみたいな、情熱的な人は苦手ですか?」
シュヴァルツは窓枠に寄りかかると、外に視線をやりながら答えた。
「ああ、女と話して疲れた⋯⋯」
シュヴァルツは壁に身を寄せているロッドを見た。
「後はお前が世話をしろ」
「どうして、引き受けたんですか?」
ロッドは反発する様に聞いた。
「俺は引き受けていない。女の頼みなど聞くものか。コイツらが勝手に来たんだ」
ルイスはビーナス伯母が勝手に話を進めている姿が、はっきりと浮かんだ。
「すみません、伯母が強引で」
「どう足掻いても、女の犠牲になる。だから、関わるなと言っているんだ」
シュヴァルツは片手を振って、部屋を出るように指示を出した。
「女はこの城で寝る事は許さん。寝たければ馬小屋で寝ろ、せめてもの慈悲だ」
「じゃあ、僕も馬小屋で」
「ルイス君」
ペルタが泣きそうな顔をした。
「じゃあ、俺も馬小屋で寝るしかないな。招かれざる客だ」
「アンドリュー、私、貴方を」
「殺そうとしたな、本気で」
「恋に狂った女、愛を前にした女は、恐いのよ」
ペルタはかしこまった態度だが、はっきりと言い返した。
「それに、日頃の恨みもあるし」
アンドリューに睨まれて、ペルタはキッパリと本音を言った。
「健気な私のアプローチを無駄にして⋯⋯お互い様なのですわ、シュヴァルツ様」
ペルタはシュヴァルツに向かって猛々しく言った。
「考えを改めて、私を妻にしないと、男と女どちらかが全滅するまで続く、全面戦争になりますわよ!」
「真っ先に、あの女と、お前を始末してやる!」
シュヴァルツも猛々しく言い返すと、扉を締めるように片手を振った。ロッドはルイス一行を廊下に出すと、重厚な扉を閉めた。
♢♢♢♢♢♢♢
「全く、冗談じゃない。あんなに怒らせるなんて」
扉に背中をつけて、ロッドがため息をついた。
「まぁ、いつも、不機嫌だけど」
「ここでの暮らし、よくない?」
ここを紹介したペルタが、心配そうに聞いた。
「まぁ、静かなのは住みやすいよ。シュヴァルツ様にも、あんまり会わないし、好きにさせてもらってるよ」
「それって、いいの? 悪いの?」
ペルタは横に立つアンドリューに聞いた。
「放任主義か⋯⋯難しいな。しかし、不健康な生活をしているのはわかる。運動不足だな」
たくましい体のアンドリューは、ロッドの細い体を睨んだ。
「そんな事ないよ。掃除に、薪割りに、動物の世話に体は動かしてる」
「セバスチャンとふたりで?」
「町のお兄さんや男の子も来てくれるよ。金がもらえるからな。来ないときは、俺が花を摘みに行かなきゃいけない。それが大変で。ルイス君、代わりに行ってくれ」
「花を?」
「シュヴァルツ様の命令で。暗い森には元気のない花しか咲いてないから、すぐ枯れる」
「町に売ってるよ」
「恥ずかしくて買えるか。お前が買いに行けよ、世話になるなら働かなきゃな」
「素晴らしい心掛けだわ」
ペルタは後ろからロッドの肩に両手をおいた。
「シュヴァルツ様になにか言われた訳じゃないけどね。て言うか無関心なんだ」
「シュヴァルツ様は心に傷を負っているのよ」
「だいぶ深い傷なのは、今日わかった」
深刻なロッドの言葉に、ルイスは思わず呟いた。
「治りそうにもない⋯⋯どうなるんだろう?」
「ルイス君、ロッド君、愛や優しさは使えば無くなります。シュヴァルツ様は、恋人に使いきってしまった。補充してあげて。私も頑張るわ」
「ペル⋯⋯たんはもう、頑張らない方が」
「他を当たりましょう? もっと、穏やかな王子様がいいと思うな」
シュヴァルツとペルタ、ちょっとした喧嘩が死闘に変わりそうな気がした。
「シュヴァルツ様も、私の愛で嘘の様に穏やかに」
「なりません」
「馬小屋から昇格してから言えよ」
「酷い!」
ルイスとロッドに引っ捕らえられた形で、ペルタは廊下を歩き出した。
「どこへ連れて行く気!?」
「馬小屋だよ」
「酷い!」
アンドリューはルイスとロッドの存在に感謝しながら、愉快そうに後に続いた。




