第23話 フアンとの別れ
ルイスは思わずフアンに抱きついた。フアンも強く抱き締めてくれた。ペルタの嘆きの吐息が聞こえた。
「永遠の別れじゃないんだ⋯⋯泣かせるなよ」
アンドリューが静かに言った。ルイスは落ち着いてフアンから離れた。
「フアンさん、お世話になりました⋯⋯とても、大切な事を教えてもらいました」
「今の私が教えられることは、とても少なかった」
フアンは眉を寄せて、無念をにじませた。
「そんなことはありません! 毎日楽しかったです、王子様になりたくなりました!」
ルイスの心からの笑顔に、フアンも喜びに満ちた笑顔になった。
「こちらこそ、久しぶりに楽しい毎日を過ごせたよ。いい王子仲間ができそうだ。ありがとう」
ふたりは固く握手した。
「これから、危険な道を通る事も多くなる、気をつけて」
「はい」
真剣な顔になったフアンに、しっかりとうなずいた。
「大丈夫です、フアン様。ルイス君は私が」
「ペルたんも気をつけて」
ズイッと前に出たペルタの肩に、フアンは片手を置いて微笑んだ。
「いい出会いがあるように、祈ってるよ」
「はい⋯⋯」
ペルタは少し不満そうにへの字口になった。
「アンドリュー、後はよろしく」
フアンの差し出した手を、アンドリューはフアンの体が引っ張っられるほど強く握った。
「仕方ないな。次の王子様にたどり着くまでの我慢か」
「なにを我慢するの?」
「お前をだよ」
無邪気に聞くペルタに、アンドリューは即答した。
「フン! なにを言ってるの、私の王子様探しが、第2の目的ですからね!」
「はいはい、勝手に探せ。だが、早く見つかってくれることを心から祈る」
素っ気ない応援に、ペルタはムッとした顔をした。
「まぁまぁ」
アンドリューに掴みかからんとするペルタを、ルイスは両手を振ってなだめた。
「さぁ、行きますよ」
ここでモタモタしていても埒が明かないと、ルイスはペルタの手を引っ張って歩き出した。
「フアンさん、行ってきます!」
「幸運を祈っているよ!」
ルイスはフアンの恋人がやって来るように祈りながら、大きく手を振った。フアンも笑顔で手を振り返した。
ルイスの力強い態度に、アンドリューも満足気な笑みを見せて後に続いた。
♢♢♢♢♢♢♢
クロニクルを出立して、広大な畑の間の道をルイス一行はのんびり歩いた。
服装は全員、出会った時と同じだった。ルイスはカットしたばかりの髪をつい触った。
ペルタは艶のある黒髪を、片手で後ろになびかせた。
「長旅は、髪がパサパサの伸び放題になるのが辛いところよね。早く、王子様のお城に泊めてもらわないと」
「次の王子様の城は近いからいいが、国中を歩く旅だ。知らぬ場所にも行くだろうな。上手く城や町や村にたどり着かないとな」
アンドリューは楽しみな気持ちと、責任感を感じていた。
ルイスはオトギの国の全体図を思い出してみた。
円形のオトギの国は中心に城があり、城を囲んで山や森があり、森の外に町が点在していた。森の中にも町や村があるという。山や森がどれくらい広いか、町や村がどれほどあるかは謎だった。
「たどり着けなかったり、しますか?」
「人の行き来がある道を進めば、まず間違いはないが。色んなアクシデントで、道から外れるのも珍しくない」
アンドリューが森を見ながら答えた。
「私も、迷子になった時は、泣きながら歩いたものよ」
ルイスにはペルタが子供の様に泣いて、森をさ迷っている姿が簡単に浮かんできた。
「どうやって助かったんですか?」
「盗賊達に出会ったの『お嬢ちゃん、どうしたんだい? ゲヘヘ』」
ペルタは盗賊の真似をしてルイスに笑いかけた。ルイスは身の危険をまざまざと感じた。
「それで?」
「もちろん、逃げ出したわ。捕まえようとする盗賊の手を、払いのけてね」
ペルタはジェスチャーを交えて語った。
「それで、村にたどり着いてね。命からがらよ、なのに、さっきの盗賊退治に駆り出されてね。で、上手くいって、ありがとう、ありがとうよ」
「そうやって、勇者になっていくんですね」
「ま、まぁね」
純粋に尊敬の眼差しを向けるルイスに、ペルタは照れ笑いを見せて頭を掻いた。ルイスはペルタの太ももの武器が気になった。
「ペルたんさんの武器はなんですか?」
ペルタはホルダーから警棒の様な、黒い棒を取ってルイスに見せた。
「これは?」
「これは、ただの硬い棒よ。棒ならなんでもいいわ。枝でもなんでも、敵の武器を持った手をビシッ! 隙あらばビシッ! でも、なるべく鞭みたいにしなるのがいいわね、だって、しぶとい敵だと何度も⋯⋯」
ペルタは棒を振り回しながら、愉快そうに説明していたが、ルイスのテンションが下がった事に気づいて、笑顔を向けた。
「これはね、魔法使いのステッキなの。ほら、電撃を自在に使えるようになーれ!」
棒をアンドリューに向けてくるくる回した。アンドリューは全く乗らなかったが、ペルタは気にせずにルイスに微笑みかけた。
「ね?」
ルイスは笑顔になってうなずいた。
「わかりました、ただの硬い棒ですね。そんなもんですよね」
ルイスはさばさばと歩き出し、ペルタはアンドリューをにらんだ。
「ルイス君が冷めた大人になったら、アンドリュー、貴方のせいよ!」
アンドリューは笑って首を横に振ると、ペルタを置いてルイスの隣を歩き出した。
「フン! 理解し難いわ、私の頑張りを無駄にして。ホントに世話がやけるんだから」
ペルタは肩で息をすると、ふたりを追いかけた。
畑が終わると、クロニクルはぼんやりとしか見えなくなった。
「心配だわ、あの町の女の子達は血気盛んだから」
ルイスは思わず苦笑いした。
「まぁ、ビーナス様も見回りしてくれるし、大丈夫よね」
「伯母さんが、それなら安心だ⋯⋯ペルたんさん、お店はどうしたんですか?」
「お店は閉めてきたわ。あの店は、家賃を払う必要がないから、留守にしても大丈夫」
「よかった」
「ルイス君も、長く暮らすなら、お金を稼ぐ方法を見つけなきゃね」
「はい」
「俺の仕事を手伝うか?」
ルイスはアンドリューの顔を見上げて、少し考えてみた。オトギの国で事務的な仕事は、やはりやる気が湧かなかった。
「僕は、ドラゴンに関わる仕事がしたいな」
アンドリューに遠慮して控えめに希望した。アンドリューとペルタは顔を見合わせた。
「そうよね⋯⋯ドラゴンと人が、助け合って暮らしている町があるそうよ」
「そうそう! そこ行きたい!!」
ルイスは水を得た魚の様に、ペルタの話に食いついた。
「知ってたのね」
「僕の憧れの場所ですよ! どこにあるんですか?」
「ずいぶん遠い。それに、まだ行かせんぞ。地道に王子様修業を積め」
ルイスはペルタに顔を寄せてこっそり言った。
「アンドリューさんて、ホント真面目ですよね」
「だから言ったでしょ」
アンドリューはふたりを厳しい目つきで見た。
「ビーナスさんが決めた順番通りに、王子様に会うんだ。目的を忘れるな。最初からドラゴン目当てで、この国に来なかったお前が悪い!」
「そう言われると、ぐうの音も出ません。わかりました。ドラゴンに会える日を楽しみに、今は前に進みます」
「潔いわね。カッコいいわよ、ルイス君」
ペルタは褒めたが、アンドリューはしかめ面をした。
「女に甘い奴だ。なぜ王子様にはなれないと言えん?」
「女に甘いからよ。王子様にふさわしい少年だわ」
「だからこそ、ドラゴンに乗った王子様は、僕の究極の姿なんですよ」
ルイスは笑って、軽い足取りで先を歩いた。
「そう言われれば、確かに」
アンドリューは納得して何度もうなずいた。
「究極の姿、眩しい! 早く見たいわ!」
ペルタは眩しそうなリアクションをして見せて、アンドリューが面白そうにニヤリとした。
ルイス一行は勇ましく森に入って行った。
これにて第1章終了です!
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