第22.5話 旅立ちの時は突然に
次の日、フアンに呼び出されたペルタは屋上に居た。
様子がおかしいと気づいたフアンに、ルイスはペルタに聞いてくれと頼んだのだ。
ペルタはフアンに昨夜の事を、多少大げさに報告した。
「そうか、ついにルイス君が、この町の女の子の洗礼を受けたか⋯⋯」
フアンは町を眺めながら微笑んだ。
「フアン様、懐かしがっている場合ではないですよ」
「ゴメン、そうだね」
フアンは笑って頭に手を当てた。それから、真面目な顔で腕を組んで言った。
「こうなったら、この町に長居するのは危険だ」
「旅立ちの時が来たのですね?」
ペルタが祈りのポーズで、フアンの前に進み出た。
「そうだね、とても寂しいよ」
フアンはうつ向いて目を閉じた。
「フアン様」
「一つ、聞きたいんだ」
フアンが沈黙を破って言った。
「どうして、僕の彼女は来てくれないんだろう?」
「それは、私には」
「女性の意見を聞かせてほしいな」
ペルタは意を決して答えた。
「フアン様は、完璧過ぎるのです。隣に立てる人は少ないですわ……」
「僕は、彼女の為に王子様になったのに」
フアンは納得出来ない様子で、珍しく険しい顔をした。
「一度、ありのままのフアン様で、会いに行ってみては?」
「ありのままの僕か⋯⋯冴えないあの頃の僕には、なにも出来ないよ」
フアンは穏やかに微笑んで、悲しげに首を横に振った。
「フアン様、私が必ずお慰めいたします」
ペルタは一歩近寄って、胸に手を当ててキッパリと宣言した。フアンは一歩後ずさった。
「ありがとう、ペルたん」
「諦めてはいけません。私はフアン様の幸せを祈っています。今は、ルイス君も」
「そうだね」
フアンはしばらく黙って横を向いていたが、ペルタに微笑んで言った。
「ありがとう、ルイス君を見送る決心がついたよ。カッコよくね」
ペルタはほっとして微笑み返した。
「彼女とどうなったか、教えてくださいね」
「必ず教えるよ」
抜け目ない要望に、フアンは苦笑いしながら応じた。
「では、アンドリューにも伝えてきます」
「頼むよ、穏便にね」
心配そうな忠告に、ペルタはニッと笑って見せた。
ペルタはさっそくアンドリューの部屋に行って、ルイスの状況とフアンと話した事を報告した。椅子に座って聞いていたアンドリューは、生真面目な顔で腕を組んで言った。
「女に追われて、町を逃げ出すか。とんだ王子様だな」
「それは⋯⋯王子様の宿命よ」
「どんな宿命だ」
アンドリューは顔をしかめて、あきれ気味だった。
「羨ましいでしょ?」
アンドリューは忌々しそうにペルタをにらんだ。ペルタはそれを避ける様に動きながら言った。
「さぁ、とっとと支度して」
「そうだな、フアンが決めたなら支度するか」
「フアン様、寂しそうだった」
「まぁ、そうだろうが仕方ないな。女を待たなきゃいけないんだろ?」
「さっさと、私に乗り換える様に言っといたわ」
ペルタはそう言うとニヤリとして、後ろからアンドリューの首に腕を巻きつけた。
「嫉妬した? ねぇ、止めたくて仕方ないでしょ?」
「俺の部屋への侵入を禁ずる」
アンドリューはキッパリと言うと、ペルタの背中をドアに向かって押した。ペルタが泣き真似をしながら部屋の外に出ると、冷酷にドアを閉めた。
「覚えてなさい! この旅で、私がどれだけ素晴らしいか知るがいい!」
ペルタがドアを叩きながら言った。
「今のところ、実感が無いな!」
「覚えてなさい!」
ペルタは捨て台詞を吐いて帰って行った。
アンドリューはしばらくドアに張りついて、耳を済ませていたが、安堵のため息をつくと、てきぱきと部屋を片付け始めた。
♢♢♢♢♢♢♢
晴れ渡った朝、ルイスは旅支度を整えて、宿舎と城の人達に別れを告げて回った。
城を訪ねる内に、顔見知りになった老王子達も、別れを惜しんでくれた。
「仕方ない事じゃな。ワシも昔を思い出すよ。女性の強引な誘いを振り切る為に、旅立ったもんじゃ」
老いた王子様はルイスの手を握って、応援の言葉をくれた。ルイスは丁寧にお礼を言うと、ブロウの部屋に行った。
「ルイス君、残念だけど、仕方ないね。僕も昔、同じ様にこの町を出たよ。そりゃもう、慌ててね。あ、誓って王子様にあるまじき事はしてないけど」
ブロウは両手を上げて弁解した。
「寂しくなるよ。せっかく、読書仲間が出来たのにな」
「僕もです。本、ありがとうございます、大切にします」
ブロウが執筆した、オトギの国についての本を貰っていた。オトギの国の言い伝えや、不思議な出来事について書かれていた。
「とても、役に立ちそうです」
どこで、とは言えなかったが、ブロウは嬉しそうにうなずいた。
「ルイス君の体験談も、ぜひ聞かせてほしいな」
「任せてください!」
ふたりは固く握手をして約束した。
ルイスは階段を下りながら、アレス王子の事を思ったが、いずれ敵になるかもしれないのに別れの挨拶もないなと、このまま去る事にした。
玄関ホールで、城の世話役達にお礼を言った。それからセバスチャンの前に立った。
「セバスチャンさん、お世話になりました。睡眠をコントロールするって、役に立つ能力ですね。今ならわかります。候補に入れておきます」
ルイスは眠れぬ夜を何度か経験して、セバスチャンのいつでも眠れる能力が羨ましくなっていた。
「ルイス様、沢山の選択肢がございます。決して、早まってはなりませんよ」
セバスチャンは困った顔で笑って首を横に振ると、ルイスの肩に優しく片手を置いて諭した。ルイスは素直にうなずいた。
宿舎に戻って、勇者服にリュックを背負うと、リビングに行った。
リンデル夫妻はルイスを抱き締めて、別れを惜しんでくれた。
「ルイス君、素敵な王子様になってね」
リンデル氏に肩を抱かれた夫人は、涙をにじませながら言った。
「ルイス君なら、なれると思うわ」
「そうでしょうか? 僕がクロニクルを出ていく理由、知っているんでしょう?」
レイデイが忍び込んた事を、誤魔化せたのかわからなかった。しかし、女の子から逃げなきゃね、とリンデル夫人がはっきりと言っていたのだ。
「だからこそよ。とっても魅力的な、王子様になると思うわ」
リンデル夫人は期待を込めてニッコリした。ルイスは感謝の笑顔でうなずいた。そして、リンデル氏と握手して宿舎を出た。
挨拶回りを済ませたルイスを、フアンとアンドリューとペルタが、門のところで待っていた。