第22話 一回目
クロニクルでの暮らしも一ヶ月近く経つと、ルイスが王子様志望であることは、女の子達にバレてしまっていた。
ルイスは町の至るところで、女の子のアプローチを受けた。出会う女の子全員に話しかけられた来た日もあった。
満更でもない気分だったが、キャロルを裏切る気は無かった。しかし、誘いを断るのは気が引けたので、宿舎や城に引きこもって過ごす日が多くなった。宿舎や城の中でもやるべき事は充分あった。
ところがある夜、ルイスがベッドに寝て本を読んでいると、女の子が窓から侵入してきた。
ルイスはいきなり女の子が窓から入ってくるし、時間は深夜に近いしで、心臓が痛くなるほど慌てた。
「凄いね、どうやって窓から⋯⋯」
混乱して思わず褒めるルイスに、女の子はニヤリとして言った。
「そんな事、どうでもいいじゃない」
女の子はいきなりルイスをベッドに突き飛ばすと、自分も横に寝転んだ。
「ち、ちょっと、君!」
「レイデイよ」
化粧をした顔とオフショルのワンピース、少し年上に見えた。
ルイスは少しづつ体を離しながら言った。
「いけないよ、これはいけない」
レイデイは気にせずルイスに覆い被さった。
「他の子に先を越されたくないの」
「それなら、僕はもう彼女が居るから」
「どこに?」
「どこって、故郷に⋯⋯」
ルイスは弱気に答えて、マズイと思った。
「そんな遠くに居る子、忘れちゃいなさいよ」
レイデイは案の定、得意気にニヤリとして言い返してきた。ペルタなら引き下がってくれるのにと、ルイスは思わずにはいられなかった。
「できないよ!」
大声が出たので、口を押さえて部屋の外を気にした。
今のでリンデル夫妻に気づかれたかは、わからなかったが、知られない内になんとかしたかった。
一瞬、セバスチャンに助けを求めようかと思ったが、もしも怒られたら、泣いてしまうかもしれない。自力でなんとかしなければならないと思った。
「送るよ」
ルイスは断固とした態度で、レイデイを窓に向かわせた。
「もっと、気が弱いのかと思ってた」
レイデイは残念そうに言って従った。
ルイスは窓の外を覗いた。窓までにピッタリのハシゴが立ててあった。
「なんて丁度いいハシゴだ⋯⋯」
レイデイはニヤリとして言った。
「誰にも言っちゃダメよ、ハシゴの事。言ったら、私からこの事をバラすから」
ルイスはうなずくしかなかった。
ルイスに続いてレイデイはハシゴを降りると、ハシゴを物置に戻した。長さのバラバラなハシゴが幾つもあった。
これからもハシゴが使われるのを思うと、ルイスは両手で頭を抱えた。
「ねぇ、お別れのキスして」
レイデイはルイスを柵に押しつけると、懲りずに迫ってきた。
「ここで見つかったら、逃がす意味がないだろう」
ルイスはまた断固とした態度で、肩を押して体から離した。レイデイはつまらなそうに鼻を鳴らした。
それでも、レイデイは大人しく城を出た。ルイスは家まで送る事にした。家に入るところを見ないと安心出来ない。
レイデイに引っ張られる様に、ルイスは深夜の繁華街にやって来た。そこは、昼間のクロニクルとはまるで違って、眩しいほどのランプの明かりの中で大人達が遊びたむろしていた。
ルイスは怪しい雰囲気に、警戒心をむき出しに歩いた。
「そこの坊や!」
道端に道具を広げて座っている、いかにも占い師といった風体の老婆に呼び止められた。
「坊やには、女難の相が出ておる⋯⋯女とのいざこざじゃよ!」
「やめてください。そんなもん、出てませんよ」
ニヤニヤする占い師に、ルイスはレイデイに引っ張られながらも言い返した。占い師は立ち上がった。
「なんじゃと! ワシはこの国で一番当たる占い師じゃぞ。止まれ、止まらんと捕って食うぞ! ワシも女なんじゃからな!」
ペルタの成れの果てみたいな占い師だなと思いながら、ルイスは占い師に完全に背を向けて通り過ぎた。
慎重に人を避けていたはずのルイスは、女性の豊満な胸に真正面からぶつかってしまった。女性は明るいオレンジの髪の美人で、胸の開いた紫のドレスを着ていた。
胸にぶつかってきたルイスに、女性は笑顔を見せた。
「あら」
ルイスの肩に腕を回すと、考える様に目玉をぐるりと回して言った。
「ルイス君ね。遊びに来たの?」
女性は愉快そうに笑った。ルイスは名前が知られている事にビックリして反応出来なかった。
「早く行きましょうよ」
レイデイが女性をにらみながら、ルイスの腕を引っ張った。
ルイスは歩き出そうと前を向いて、また誰かにぶつかった。目に映ったのは、見覚えのある赤い革の服だった。
恐る恐る顔を見ると、やはりペルタだった。噛みつきそうな厳しい顔つきで、ルイスを見つめていた。
「ペルタ、お疲れ様」
口が聞けないルイスの横から、女性が笑った。ペルタは厳しい顔つきのままうなずいた。
「少年には帰るように言うと、約束したでしょ?」
「奇石が現れたら、もう少年じゃないわ!」
女性は開かれたシャツの胸元を見た。ルイスは急いでボタンを留めた。
「フン、それなら、私が狙ってる男なの。さぁ、どいてどいて!」
ペルタは女性の背中を押して、問答無用で店の中へ入れるとドアを閉めて戻って来た。
「ルイス君、いや、ルイス。貴方にこんなところで会うとはね」
ペルタは腕を組んで、刺々しく言った。
「失望したわ!」
「違います、誤解です! 僕はただ、女の子を⋯⋯」
ルイスは何と続けていいかわからなかった。レイデイだけが不利になるのは避けたかった。
「女の子を?」
ペルタが顔を近づけて来た。ルイスは血走った目を見れずに、目線をそらして続けた。
「いえ、その、僕が優柔不断なばかりに」
ペルタはまた腕を組むと、フムと気を落ち着けた。
「とにかく、一回目よ。三回目には、覚悟しなさい」
ルイスは体を固くした。
「次こんなところをウロウロしてたら、ズタボロに切り裂くわよ!」
襲いかかる猛獣の如く、眼前に爪を立てて見せられて、ルイスは思わず目を閉じた。
「わかったら、帰りなさい。脇目を振らずに、さぁ」
手で指示されるままに、ルイスは後ろを向いた。
「レディ・ファウスト様、私は⋯⋯」
レイデイがすがる様にペルタに歩み寄った。
「貴女は二回目よ、レイデイ。いいから十八になるまで待ちなさい。ご両親との約束でしょ」
ペルタはレイデイにも帰るように手で指示を出した。そして、ふたりを交互に見てから、レイデイの後について行った。
ルイスは真っ直ぐ離れに帰ったが、どうやって部屋に戻るか迷った。庭から窓を見上げて悩んでいると、ペルタがやって来てハシゴを掛けてくれた。
ルイスはただ無心で部屋に戻って、ペルタがハシゴを片付けるのを見守っていた。
戻ってきたペルタは、ルイスを見上げて睨みつけた。
「全く、なんて王子様なの」
捨て台詞を吐くと、帰って行った。
しばらく、窓の前に突っ立っていた。ペルタには助けられたが、同時に評価を落としてしまった。
ルイスはまた、眠れぬ夜を過ごした。