第20.5話 海のドラゴンと王子様と勇者様
浜辺に座って一休みしていたルイスを、浜歩きから戻ってきたペルタが手招きした。
「ルイス君、こっち来てごらん。良いもの見せてあげる」
笑みを見せるペルタの怪しい誘いに、ルイスと一緒にアンドリューも立ち上がってついて行った。
ブロウは長椅子に寝たまま、ルイス達に手を振って見送った。
ペルタがつれて行ったのは岩場で、岩と岩の間に海水が貯まって天然の水槽になっていた。その1つをペルタは指差した。
ルイスが覗いて見ると、海水の中を、1メートル程の細長い生き物が泳いでいた。
「こ、これは、ティアマトの子供!」
ルイスは目を見張ると、思わず海水の中に手を突っ込んだ。ティアマトの子供はルイスの手を気にせずに泳いでいる。
「ウミヘビみたいだな」
アンドリューが疑わしそうに言った。ルイスはついにティアマトの子供を捕まえて、アンドリューに見せた。
「干からびるぞ」
「ティアマトは水陸両生で、陸に上がると体液をだして防御するんです。ウミヘビとは全然違います。まずこのフォルム」
「フォルムはまさにウミヘビだろう」
「ウミヘビは横に体をくねらせて泳ぎますが、ティアマトは縦にくねらせます。そして、小さな前足もついています⋯⋯わかりやすいのは、この首の飾り。威嚇用とも、求愛用とも言われています」
「エリマキトカゲみたいだな」
「全然違いますよ。そして最大の特徴は、この綺麗な水色、芸術みたいなダイヤ型の鱗」
ルイスはうっとりと説明を終えると、ティアマトの子供を海中へ帰した。
「ペルたんさん。その服は、ティアマトの皮ですね?」
ルイスはペルタが、服を両手で隠したのを見逃さずに聞いた。
「はい。ドラゴンマスター。水に強く、着心地も爽やかで、色も模様も綺麗だから」
「仕方ないですね」
ペルタはほっと肩の力を抜いた。
「でも、こいつはどうしたんだ? 岩場に取り残されたのか?」
「そうですね、ティアマトはある程度、子供が成長するまで子育てするんです。きっと近くに親が居ますよ」
ルイスはティアマトの子供を岩場から出してやると、わくわくしながら立ち上がって海を見回した。
「ルイス、お前、大人のティアマトに逢ったことないだろ?」
「アンドリューさんは、あるんですか?」
ルイスは振り返ってアンドリューの顔を見て黙った。ペルタも不安そうな顔になっている。ティアマトの大人は、体長が20メートル近くなる。
「子育て中は、特に気が荒くなっているんじゃない?」
ペルタがそう言うと、ルイスの横に立って海を眺めた。
その時、遠い海面に巨大な水色の何かが現れてすぐに消えた。
それをしっかりと目撃した、ルイスとペルタは黙り込んだ。
ペルタが静かに沈黙を破った。
「ルイス君、死ぬ時は一緒よ⋯⋯」
「勇者でしょう? 他に言うことは無いんですか?」
ルイスは震え声で聞いた。
その時には、すでにティアマトは狂暴そうな顔をハッキリと海面から出して、ルイス達の方へ向かって来ていた。
♢♢♢♢♢♢♢
ティアマトの出現と共に、浜辺は暗くなり雨が降り始めていた。
ティアマトは明らかに、ルイス達を狙っていた。海から体を半分出して巨大で岩の様なクチバシを開けて威嚇してきた。
「大変、丸腰だわ。こうなったら、アンドリューだけが頼りよ!」
「だが、この雨だ、お前達まで攻撃に巻き込む。お前達、レストランに逃げ込め」
ルイスとペルタはレストラン目指して走った。すると、ティアマトはふたりの後を追って移動した。
「おい、待て!」
アンドリューはティアマトの後ろから攻撃しようとしたが、尻尾の一振りで大量の海水を浴びせかけられて足止めを食らってしまった。
その間に、ルイスとペルタはブロウの元へたどり着いた。
「ブロウ様、ティアマトが」
「なんてこった」
ブロウはティアマトに釘付けになったまま、緩慢な動きで頭を抱えた。
「僕のスカイソードさえあれば⋯⋯」
「スカイソード?」
「青空の様に美しく、どんな物でも断ち切る剣さ。忘れて来ちゃった」
ブロウはお手上げというジェスチャーをした。ペルタがブロウの胸にすがりついた。
「のんきな! ブロウ様、私を怪物から守って⋯⋯無事助かって結婚しましょ、ね? 神話みたい、素敵」
ペルタの大胆なプロポーズに、ブロウは笑顔を顔に張り付けて後ずさった。
「ペルたんさん、そんな事言ってる場合じゃないですよ。もうそこに!」
「とにかく、レストランに入りましょ」
三人がレストランに向かって走り出すと、ティアマトはついに浜に上がって追いかけて来た。そして、ペルタに喰らいつこうとした。
「ちょっと、ちょっと! ホントに私を狙わなくていいのに!」
ペルタは寸でのところで逃れながら、レストランに入った。しかし、ティアマトもレストランに突っ込むと、窓から逃げ出したペルタの後を追いかけた。
レストランの中には、ティアマトの巨大な胴体だけがうねっていた。幸い、客達は既に退散していて、店員達だけが店の奥に避難していた。
「すみません、このレストランで一番大きな包丁を貸してください」
ブロウはそう言って厨房に姿を消した。
「あああ!」
その時、窓の外からペルタの絶望の叫びが聞こえた。
ティアマトの胴体に魅せられていたルイスが窓を見ると、ティアマトの口に無残にもペルタがくわえられていた。ペルタは足をジタバタさせて無駄な抵抗をしていた。
「大変だ!」
ルイスは衝動的に、ティアマトの胴体に飛び乗った。ティアマトの胴体は体液でぬるついていたが、ルイスはしっかりと抱きついた。
そこへ、アンドリューが現れた。アンドリューはルイスとペルタの惨状を目の当たりにして慌てた。
「大丈夫か? ルイス! 無理するな!」
「これが、ティアマトの背中⋯⋯」
ルイスのうっとりとした言葉を聞いて、アンドリューは力が抜けて、ティアマトの体液でぬるついた床で滑って転んだ。
「俺がこんな、無様な⋯⋯」
アンドリューはとっさに、レストランの従業員達を見た。カウンターの向こうから、従業員達は心配している様な、悲しそうな顔で、しっかりとアンドリューを見ていた。
アンドリューはこみ上げる恥ずかしさと怒りを抑えながら、ルイスの脇を両手で掴んで下ろした。そこへ、ペルタがよろけながらやって来た。
「大丈夫か?」
「うん、ティアマトの皮の服のおかげで」
ペルタは体を擦りながら言った。
ブロウがやたら長い包丁を持って現れた。
「よし、ぶつ切りにして、丸焼きだ」
ブロウは包丁を両手で持つと振り上げた。ティアマトは窓に首の飾りが引っ掛かってもがいていた。それに、さっきより弱っている様子だった。
「やめてください!」
ルイスはブロウの前に、両手を広げて立ち塞がった。
「ドラゴンを切るなんて、僕は見過ごせない!」
「ルイス君」
その隙に、アンドリューがティアマトに手を伸ばした。
「よし、ティアマトを痺れさせるだけの電撃を」
「させない!」
ルイスはアンドリューの背中に飛び掛かった。
「おい!」
「海に帰ってもらいましょうよ」
「だから、かるーく電撃を与えて、抵抗しない内に運ぶんだ」
「ドラゴンは人の言葉がわかるんです。言えばわかってくれますよ」
ルイスはアンドリューの背中から降りると、毅然とした態度で、ティアマトの顔の前に行った。
「ごめんなさい、ティアマト。僕が子供を捕まえたりしたから⋯⋯許してください」
「私も、ティアマトの皮の服なんて着て、ごめんなさい。でも、着心地は抜群で⋯⋯許してください」
ルイスの横でペルタも縮こまって謝った。すると、ティアマトは赤い目でルイスとペルタを見つめたまま動かなくなった。
そして、首の飾りを畳んでレストランから出ると、海へ帰って行った。




