第20話 オトギの国の海遊び
朝早く、海へ行くためルイスが城門へ向かっていると、ルイスを呼ぶブロウの声がした。
振り向くと、ブロウが城の玄関の前で手を振っていた。ルイスは走ってそばに行った。
「おはよう、ルイス君」
「おはようございます」
ブロウは白いワイシャツと黒ズボンに運動靴のラフな格好だった。髪も後ろになびかせて、昨日より爽やかになっていた。
「朝早くから偉いね、ルイス君。僕もこんなに早起きしたのは久しぶりなんだ。褒めてほしいな」
「え、偉いですね」
ルイスは戸惑いながらも、素直に褒めた。
「ルイス君、嫌々じゃないんだね?」
「結構、楽しみなんですよ、オトギの国の海」
「そうかぁ⋯⋯」
ブロウは青空を眩しそうに見つめた。
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ペルタとアンドリューはもう、ペルタの店の前でルイスを待っていた。ペルタはルイスの横に、ブロウが居るのを見ると、笑顔で走り寄って来た。
ペルタとブロウは握手して挨拶を交わした。
「来てくださったんですね、ブロウ様!」
「女性の誘いを断るのは、気が引けてね」
「嬉しい!」
ペルタはよくやったと言うように、ルイスの肩を何度も優しく叩いた。ルイスは得意気な笑みを浮かべた。
ブロウはアンドリューとも握手して挨拶を交わした。
「よろしく、アンドリュー」
「こちらこそ」
ふたりはお互いの存在を頼もしいと称えあった。
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海に着いた時も快晴で風も穏やかだった。海岸沿いには、レストランとパラソルやバーベキューのレンタル屋があった。しかし、暑くないせいか、海岸に人はまばらで泳いでいる人は居なかった。
ルイス達はさっそく、白い砂浜の上に立って海を眺めた。
「綺麗ですねぇ」
「ねぇ、見て」
ペルタが髪を掻き上げて、腰に手を当ててアピールした。水色の革の袖なしスリットドレスを着ていて、青い海と白い砂浜が中々似合っているなとルイスは思った。
ペルタはルイスの笑顔に満足すると、ブロウとアンドリューの反応を見たが、ふたりは互いに財布を出して、レンタルする物について話し合っていて、見向きもしていなかった。
「タイミングが悪かったですね」
ルイスが恐る恐る言った。ペルタが肩をいからせてルイスの方を向いた。
「普通、海と言えば、最初に女性の格好を気にするでしょ?」
「水着じゃないからでは?」
「夏じゃないんだもん」
「大人しく磯蟹を捕ってろ!」
アンドリューが命じた。
「僕の分も頼むよ、低血圧でね、寝直さないと」
ブロウはそう言ってにこやかに手を振ると、アンドリューとレンタル屋に向かって歩いて行った。
「もういい! 恐るべき水竜となりて、嫌でも私の事しか見えなくしてやる!」
ペルタの脅しを聞いて、いつもはなだめるルイスだが、ティアマトになってほしいなと思ってしまった。ペルタなら、機嫌のいい時は、背中に乗せてくれるだろう。
ルイスの思惑を知らずに、ペルタは磯蟹を探して浜を歩き始めた。ルイスもペルタとは反対方向へ歩いて行った。
浜はかなり長く続いていた。ルイスは蟹を見つけられずに、アンドリュー達の元へ戻った。
アンドリューは白い半袖に黒革のズボンにブーツで、バーベキューの用意を黙々としていた。
少し離れたところで、ブロウは宣言通りにビーチチェアに横になって、気持ちよさそうに目を閉じていた。
王子と家来の様だなと思いながら、ルイスはブロウを起こさないように、そっと歩いてアンドリューのそばに行った。
「手伝いましょうか?」
「大丈夫だ。それより、ファウストのところに行ってくれるか?」
「わかりました」
ルイスがペルタの後を追うと、少し離れた砂浜にペルタが居た。
「ルイス君、磯蟹よ!」
ルイスはそばに走って行った。
「私が引きつけている内に、早く!」
ルイスが近づいて見ると、たらば蟹位ある赤い蟹が、ペルタの足元にいた。蟹は威嚇していて、ペルタは爪先立ちになって、太いハサミの攻撃をかわしていた。
「ルイス君、早く!」
「僕、こういうモンスター系は苦手で」
ルイスは磯蟹が結構ゴツいので、伸ばした手を引っ込めた。
「ドラゴン好きが、なにを言ってるの?」
「ドラゴンは完成されたモンスターです。磯蟹とは違う!」
「よくわからないわ! ルイス君!」
「ドラゴンは完全無欠で、非の打ち所がなく、神聖ささえあって⋯⋯」
ルイスが現実逃避する様に熱弁をふるっていると、アンドリューがやってきた。
「なに、モタモタしてるんだ」
アンドリューは磯蟹の甲羅を踏みつけると、電撃を食らわせた。動かなくなった磯蟹を、さっさと掴み上げた。
「なんか、可哀想です。その捕まえ方」
「これが一番、効率がいいんだ」
アンドリューは浜を歩き出した。
「さっさと捕まえるぞ」
「多目に捕って、レストランに売りましょ」
ペルタが商魂をあらわに、アンドリューの後に続いた。ルイスはふたりに任せて、ブロウさんのところに居ようかなと思ったが、気を取り直して追いかけた。
昼を前に、磯蟹は沢山捕まった。ペルタは望み通り、何匹かレストランに売って嬉しそうだった。ルイスもなんとか捕獲に貢献したので、分け前を貰った。
磯蟹は網で焼いただけで美味しかった。
「こういう、ワイルドな食べ方もいいね」
ブロウも率先して蟹を焼きながら言った。そこへ、ペルタが近づいた。
「ワイルドな女は?」
「女性はおしとやかな方が好きだな」
「もう、今さら無理だわ」
ワイルドに蟹を食べていたペルタは、すごすごとブロウから離れた。ブロウはしてやったりと、ニヤリとした。
だが食後の雑談で、ブロウが迷信好きで、ペルタの事も前から知っていたと話すと、やはり自分に興味があると言い張って、ペルタはブロウを追いかけ回した。
「た、助けて、魔女に追われてるんだ⋯⋯」
くたくたの様子で、ブロウはルイスとアンドリューの元に戻って来た。
「本望でしょう?」
ルイスの鋭い質問に、ブロウはニヤリとした。
「まぁね、ここだけの話だよ」
ペルタが来たので、ブロウは素早くアンドリューの後ろに隠れた。しかし、流石のペルタも疲れた様子で、荒い息をしてじっとしていた。
「これはいい運動になるな、ルイス」
アンドリューが手で砂浜を走るようにうながした。ルイスは露骨に嫌だと顔に出した。
「競争にしましょうよ、そしたら、本気だせます」
「競争か、いいだろう。ファウストも加われよ。勇者の実力を見せてやれ」
「私、今走ったところなのに」
「丁度いいハンデだろ」
アンドリューは勇者への信頼なのか、淡々と言ってペルタにプレッシャーを与えた。
困った顔をしていたペルタは、砂浜の赤い点を指差した。
「あの磯蟹をゴールにしましょう! 磯蟹にタッチした人が優勝ね!」
「ズルいですよ!」
ルイスの抗議に、ペルタは悪役の如く鼻で嗤った。
「これは、戦略というものよ。先に仕掛けた者が勝つのよ!」
「くっ!」
「ルイス、磯蟹に触ればいいだけだ。ブロウ王子、合図を頼みます」
ブロウの合図で、三人は赤い点目掛けてダッシュした。
赤い点は磯蟹ではなく、赤い亀だった。それにいち早く気づいたルイスはスピードを上げて、躊躇無く捕まえた。
「えーん、えーん!」
磯蟹ではなかったショックで力が抜け、ドベになったペルタは子供の様に泣き真似をした。
「詰めが甘い! 下調べしておかないからだ!」
アンドリューが不満もあらわに叱った。
「自分だって、負けたくせに」
ペルタは負けじと言い返した。
「俺は、筋肉が重いんだよ。走るのに向いてない。だから、お前を加えたのに」
「惨敗ですよ。素直に負けを認めましょ」
「そうだな。ルイス、結構速いぞ」
「亀は小さい頃、飼ってたことがあるんですよ」
ルイスは海へ帰る亀を見送りながら、得意気に笑った。




