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オトギの国のルイス〜王子様になるために来ました〜  作者: 城壁ミラノ
第1章

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第18話 フアンと修業

 ルイスは城の屋上の一角で、フアンを師匠に剣の稽古をしていた。

 フアンはルイスの斬撃を歩き回りながらかわして、剣でルイスの死角を指摘する様に打ってくる。勇者服のおかげで、フアンの攻撃は痛くなかったが、ルイスは精神的に追い込まれていった。


 ルイスはフアン相手だからと、躊躇する気持ちを封印した。


 フアンから充分に距離を取ると、突進しながら斬りかかった。フアンは驚きに一瞬動きが止まったが、それでも余裕をもってかわした。ルイスは構わず、勢いのままにまた体目掛けて斬りつけた。

 ルイスには剣と剣のぶつかり合いが小気味よく、くたくたになるまで続けた。


 ついにルイスは膝をついて、荒い息をした。フアンは流石にしっかりと立っていたが、顔からは汗を流していた。

 ルイスはうつ向いたまま、降参する様に言った。


「くたくたです⋯⋯」

「ルイス君、意外に楽しそうだったね」


 ルイスはむきになった事が気恥ずかしく、頬をかいた。そこへ、見物していたペルタが来て言った。


片足(かたあし)で斬りかかったら?」

「片足で?」


 ルイスが聞き返すと、ペルタは意気込んで言った。


「ドラゴンに乗って戦うんでしょ? バランス感覚が大切じゃない?」

「確かに⋯⋯でも、僕はサーフィンが得意だから、バランス感覚はいいと思うな」


 ルイスはそう答えたが、片足で剣を振ってみた。


「サーフィンしながら、剣を振れるか?」


 サーフィンをよく知らないアンドリューが首をかしげた。


「さすがにそれは⋯⋯いつか、家に遊びに来てくださいよ! サーフィンしましょう!」

「そうしよう、興味深い」


 アンドリューは乗り気で笑顔をみせた。


「もちろん、ペルたんさんも」


 自身を指差してアピールするペルタに、ルイスは笑いかけた。


「フアンさんは」


 恋人を待つ身のフアンは、困った顔で笑った。


「僕はすぐには帰れません。それまでに、きっと恋人さんは来ますよ! 一緒に来てください!」


 力強い誘いに、フアンは嬉しそうにうなずいた。


「その間に、バランス感覚を忘れてしまうわ。片足飛びでやってみなさいよ」


 ペルタがほらほらと、ルイスをフアンの方へ向かわせた。


 ルイスは言われた通りにやってみた。片足飛びは平気だったが、剣を持った手に力が入らず、方向転換もしにくかった。


「中々難しいですよ!」

「そうでしょう!」


 ペルタは得意気に笑った。


「足にばかり意識が集中して、手がおろそかになってるね。目線も定まってないな」


 フアンがしっかりと、問題点を上げた。


「これは、ドラゴンに乗った時にも、問題になるかもしれないね。ドラゴンを操る事に気をとられて、まぁ、ドラゴンとの信頼関係で解決出来るかもしれないけど。それはルイス君次第だからね」

「はい、僕はどうしても、ドラゴンに乗って戦う王子になりたいんです! どんな困難も、克服してみせます!」


 ルイスの宣言に、フアンは力強い笑顔でうなずいた。ペルタは感動した様子で目頭を押さえた。ルイスが戦う事に反対していたアンドリューも、意気込みに黙っていた。


 ルイスとフアンが修行を再開していると、案内係の制服を着たルイスの叔母、ビーナスが現れた。


「ハローハロー」


 ビーナスは手を振りながら向かって来た。


「叔母さん! じゃなかった、ビーナスさん!」


 ルイスは相変わらず元気なビーナスに嬉しくなって、抱きしめられた時、強く抱きしめ返した。


「元気そうね、ルイス。ちょっと、凛々しくなったんじゃない? まだ早いか」


 ビーナスは勝手に結論づけると、フアン達を見回した。


「まぁ、皆さんお揃いで。ルイスがお世話になってます」

「ビーナス様」


 ペルタが祈りのポーズをとって熱い視線を送った。


「貴女にビーナス様と呼ばれると、本物の女神(ビーナス)になった気がするわ」


 ビーナスは空を仰いで、両手を広げた。


「アンドリュー、元気そうね」


 ビーナスはアンドリューの腕にくっついた。


「おかげさまで」


 アンドリューは一歩後ずさったが、ビーナスは腕にくっついたままだった。アンドリューはそっとビーナスを腕から離した。


「フアン王子、どう? ルイスは見込みありそう?」


 ビーナスはうっとりと、フアンの肩に腕を回して聞いた。


「そうですね、私の意見としては、充分あるかと」


 ビーナスは息をのんで目を見開いた。そして、フアンの両肩に手を置いて揺すった。


「よかったわ!」


 そして、ルイスに手紙を差し出した。


「これ、お母さんからよ。返事を書きなさい。私が電話で朗読するから、刺激の強い事は書かないのよ、私個人としては、書いてもいいけど」

「朗読? どうして?」

「早く返事が欲しいって。私がすぐに読んであげなきゃ。夕方また会いに来るから、それまでに書き上げておきなさい」


 ビーナスはそう言うと、さっさと屋上から消えた。


「相変わらず、忙しい人だ」


 呆然と見送ったルイスは、アンドリューの呟きに同意した。


「今日はここまでにして、手紙を書いた方がいいね」

「はい。ありがとうございました」


 微笑むフアンに、ルイスは深くお辞儀した。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 フアンの使っている客室に移って、お洒落なテーブルソファでルイスはお茶をしながら、母のくれた手紙を黙読した。


「従兄弟のパトリックが、外の世界を知るために僕の家に居候を始めたそうです。みんな、僕の事を毎日思い出して、応援しているそうです」


「ルイス君。パトリック君に、綺麗な勇者が居ると伝えなさい」


 ペルタはルイスの隣でうながした。ルイスは手を掴んで書かせようとするペルタに、体を硬直させて抵抗した。


「パトリックはペルタさんと、少し年の差が」

「そこはほら、上手くいったら、奇石でパトリック君に寄せていくから。ね?」

「パトリックは、大人しい子が好みだから」

「だからなに? 私が大人しくしてればいいだけの話でしょ?」

「化けの皮が剥がれるだけの話だ!」


 アンドリューはそ愉快そうに言った。


「こ、この!」


 ペルタはアンドリューに掴みかかった。


「まあまあ、落ち着いて。この国で王子様を探しましょう?」

「わかったわ」


 ペルタは渋々了解して、クッキーを頬張ってお茶を飲んだ。三人も苦笑いしながらしばらくお茶に専念した。


 お茶を飲み終えると、ルイスは返事を書く作業を始めた。上等の便箋を前に、ペンを構えたルイスは緊張して固まった。三人も注目して黙っていた。


 ルイスはまず、お父様お母様、お元気ですか? と書いて、なにを書いているんだと便箋をクシャクシャに丸めた。


「な、なにを」


 ペルタが慌てて手を伸ばした。


「ルイス君、思いのままに書けばいいんだよ。ここで書かなくてもいい。照れちゃうだろう?」

「はい」

「そうだ、一筆、私が書いておこうか?」

「えっ、いいですか? なんて?」


 フアンはニッコリして即座に答えた。


「ルイス君は真面目に修業に励んでおり、素質も充分備わっております、と」

「僕に素質が!?」


 ルイスは驚愕して、戸惑いに言葉を失った。お茶を飲んでいたペルタが激しくむせた。


「お前、向こう見ずに、闇雲に応援していたな?」


 アンドリューが背中を叩いてやりながら聞いた。


「ち、違うわよっ。今のは、ルイス君がビックリしたのにビックリしたのっ。私は最初から、ルイス君には素質があると踏んでたわ! おめでとう、ルイス君!」


 咳き込んだ苦しみと純粋な感動で、涙目のペルタにルイスは笑顔を返した。しかし、不安にかられてフアンを見た。


「僕には、本当に素質がありますか?」

「心配ない。君には素質がある」


 フアンは真剣な顔で断言した。そして、いつもの優しい笑顔で続けた。


「みんな、王子と一緒に城の暮らしを経験して、自分は王子になれるかどうか答えを出す。ルイス君はどうかな?」


 ルイスは目を閉じて、自分の心を探ってみた。相変わらず、王子になれるか不安はあったが、迷いはなかった。


「僕は、王子になります。フアンさんとの修業は楽しいし、これからどんなに辛くなっても、逃げたいとは思いません」


 ルイスの決意に、フアンはじめアンドリューとペルタも感動に言葉を失った。


「よかった。私は喜んで、一筆書かせてもらうよ」


 フアンは嬉しそうな笑顔で、便箋にペンを走らせた。


 ルイスはありがたく便箋を受け取り、すぐに部屋に戻って手紙を書いた。


 城の立派な庭を見ていると、家の庭を思い出します。僕はどんなに恵まれていたんでしょう。お父さんお母さん、ありがとう。


 そこまで書いて、またなにを書いているんだと思ったが、叔母が朗読するのだから、少しはいい子ぶらねばと思い直した。そして、フアンとの修業内容を書いて、こう結んだ。


 必ず、王子様になってみせます。安心して待っていてください。


 書き終ると、ルイスは満足の笑みを浮かべた。


 次の日、手紙の朗読を聞いた両親は涙にむせびながら感動していたと、大げさなジェスチャーをまじえて報告するビーナスに、ルイスはまた満足の笑みを浮かべた。そして、フアンに報告した。


「両親とも、お礼をしたいと言っています。特に母さんが、フアンさんにとても会いたいって」

「それは、もちろん喜んでお会いするけど、ルイス君、だいぶ大げさに私を褒めてくれたんじゃないかな?」

「そんな事ないですよ! 経験したまま、思ったままを書きました、本当の気持ちを。フアンさんが師匠で良かったって!」


 フアンは笑顔で、ルイスに片手を差し出した。


「ルイス君、僕に出来る事は少ない。ルイス君が王子様に近づいていくのは、ルイス君の努力の結果だよ」

「ありがとうございます、フアンさん」


 ルイスは固く握手した。フアンが師匠で良かったと心から思った。

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