第16話 王子様アレス2
「あっ!」
ペルタが声を上げると階段から転げ落ちた。
「大丈夫ですか!」
ルイスは慌てて駆け寄った。勢いはなかったとはいえ、ペルタは座り込んだまま痛そうに両肩を擦った。
「大丈夫。ヒールになれてなくて。私って、いつもこう。お姫様にはなれないわね」
ペルタは悲し気に笑ったが、ルイスはここぞとばかりに厳しい顔で言った。
「だからって、アレス王子の妃には、ならないでください」
「はい」
ペルタはしゅんとして素直にうなずいた。その時、ルイスは気配に気づいて階上を見た。
アレスが手を叩きながら、ゆっくりと階段を降りてきた。
「自滅したか、面白い奴等だ」
アレスは呆れた顔でせせら笑った。ルイスはアレスの前に立ちはだかった。
「酷いですよ! 傷ついた女性を見て、手を叩いて笑うなんて!」
アレスはルイスをまるで見物する様に、上から下まで視線を這わすと、冷酷な目つきになり鼻で嗤った。
「この女は、俺の妻になることを拒んだ。心配してやる義理がどこにある?」
アレスはペルタを見下した。ルイスは歯をくいしばって、アレスをにらみつけた。
アレスはゆっくりと近づいて来たが、ルイスは動かなかった。アレスの手の甲にルイスは頬を打たれた。ペルタを守る事に気を取られて、体を動かせなかった。頬に強い衝撃を受けて、ルイスは崩れる様に倒れた。
ルイスはアレスの手が頬に当たった瞬間、体の力が抜けるのを感じた。頬の痛みは大したこと無かったがアレスの力を体感したショックで、立ち上がれなかった。
「アレス様、ルイス君だけは、お許しを!」
ペルタがルイスを抱き締めて庇った。
アレスはルイスを冷たく見下ろしていた。ルイスはペルタに抱き締められたまま、悔しさで険しくなった顔で負けじと見返した。
「アレス王子」
全員が声の方を見ると、二階の踊り場にフアンが立っていた。
フアンは悲し気にも見える顔でアレスを見ながら、ゆっくりと階段を降りてきた。アレスは反対に階段を上り始めた。すれ違う形で横に並んだアレスとフアンは、同じ様な服を着て、同じ様に落ち着いているのに、善と悪ほど違う印象をルイスに与えた。
ふたりはすれ違い様、一瞬視線を交わした。
「フアン、ファウスト、そのガキが何かしでかさないように、よく見張っておけ」
アレスは階上から猛々しく命令すると、最上階に消えた。フアンは無言で見送り、ペルタはうなだれたまま目を閉じていた。
ルイスはまた悔しさが込み上げてきて、最上階をにらんだ。
「ふたりとも、大丈夫かい?」
フアンの声に緊張が解けたルイスは、フアンと一緒にペルタの側に寄り添った。
「ごめんなさい、ルイス君、私のせいで⋯⋯」
「いいんです。僕が自分で引き受けたんですから。それに、ペルタさんのせいじゃない、あの王子が最悪なんです」
「なにがあったのかな?」
ルイスの容赦無い批判に、フアンが心配そうに聞いた。ルイスがどこから話そうか迷っているとペルタが言った。
「私、アレス様に突き飛ばされたんです!」
そして、フアンの胸に顔を埋めて体を震わせた。
「なんて酷い事を」
フアンは階段を見上げた。
「あ、階段じゃなくて、部屋でですよ。確かにペルタさんは階段から転げ落ちたけど、それは自分で」
ルイスはフアンの勘違いを訂正してあげた。
「どちからにしろ、大丈夫ですか?」
ルイスの苦笑いに、ペルタは腕を組んでそっぽを向いた。
「大丈夫なもんか! 身も心もボロボロよ!」
大丈夫そうだなと思い、ルイスはうなずいた。
「一応、診てもらった方がいいね。ルイス君は大丈夫かい?」
「僕は⋯⋯なんともないです」
ルイスは無意識に打たれた頬を押さえたが、優しいフアンに話したら、ペルタの様に泣きついてしまいそうで言えなかった。
「そうか⋯⋯わかった」
フアンが受付の呼び鈴を鳴らすと、セバスチャンが現れた。
「申し訳ございません。ペルタ様、ルイス様。私がアレス様をお止めすることは叶いませず、せめてと思い、フアン様にお知らせ致しました」
全てを把握していたセバスチャンは、苦し気に謝罪してきた。
「セバスチャン、教えてくれてありがとう」
「フアンさんが来てくれて、助かりました」
「セバスチャンはみんなの味方ですもんね。辛い立場だわ」
セバスチャンは頭を下げた。それから、ペルタを診てくれた。幸い、大したことはなかった。
「ルイス君、本当にありがとう。今度、お詫びさせて」
「いいですよ、お詫びなんて」
ルイスは笑顔で辞退したが、ペルタは不安な顔で食い下がってきた。
「もう、金輪際関わりたくないとか思ってない?」
「大丈夫ですよ。思ってませんよ」
ルイスは肩を揺すぶられる中否定した。
「僕も子供じゃないんですから、自分で決めて行動したんです」
「ルイス君、立派だよ」
フアンの微笑みに、ルイスはやっといつもの笑顔を見せる事が出来た。
フアンとペルタと別れて、ルイスはまたこっそりと部屋に戻った。そして、怒りと悔しさで眠れぬ夜を過ごした。




