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第15話 王子様アレス

「なんでしょうか?」


 ペルタはすぐにカーテンをして、店を閉めた。


「実はね、ルイス君の住んでるお城に、アレス王子という方が居るんだけど」

「アレス王子!」

「もう、会った?」

「まだです。まだ、会わないほうがいいって。気分屋だそうで」

「気分屋⋯⋯」

「恐いんでしょう?」


 ルイスはここでも確認する様に聞いた。ペルタがうなずいたので、ルイスはやっぱりなと思いつつ震えた。


「あの方は、異国の生まれながらの王子様なのよ。でも、兄弟が多くて王位継承権が無い、それで、グレたそうよ」

「グレた!?」

「しぃー!」


 ペルタは口元に人差し指を立てた。ルイスも反射的に真似た。


「元から王子様なら、奇石の願いでなにを叶えたんでしょう?」

「触れた者を無力化するのよ」

「無力化? 王様になればいいのに」

「自分の実力で王になりたい、そう思いませんか?」

「まぁ、わかります」

「アレス様は、プライドの高い方なの。必ず王様にならなきゃ、気が済まない方よ」

「カッコいいんですか?」


 ルイスは確信を持って聞いた。案の定、ペルタは骨抜きになった様な笑顔を見せた。


「そのアレス様に今夜、部屋に来るよう命令されているの」

「どうして?」


 ペルタは悲し気に胸元に片手を当てた。


「私の奇石が目当てなのよ」

「でも、奇石は他人には使えないですよ?」

「奇石を持った人を、味方につけておく方が有利だから」

「味方につけて、王様にですか」

「うん、この国は何年かに一度、国王を決める争いがおこるの」

「どうして、何年かに一度?」


 ルイスはドラゴンで頭がいっぱいで、国王を気にしたことはなかった。王座争いも他人事で、無事にやり過ごせればいいと思っていて、その辺は無知だった。


「理由はわからないけど、王様が長続きしないの。今も王座は空っぽで、他国との会議とか王様が必要になった時、王座争いが始まるの。私が来た時も、争いの真っ最中で、もうビックリしたわ」


 ペルタは驚きの顔で両手を上げた。


「それで、アレス王子は次の王座を狙っているんですか」

「そういう事⋯⋯お願い、ルイス君」


 ペルタは心細そうに肩をすくめて、ルイスの前に立った。


「私、アレス様には逆らえない。でも、ひとりの王子様の味方をする訳にはいかないの」

「どうしてですか?」

「だって、まだ見ぬ王子様と、敵対する事になるかもしれないじゃない。わざわざ、恐ろしいアレス様の言いなりになって、王子様達と戦うなんて⋯⋯悲しみしかない。なんとか逃げ出さなきゃ」

「アレス様、実はいい人だったりしないですかね?」


 それなら、アレスとペルタをくっつけて、めでたしめでたしだなとルイスは都合のいい事を思った。


「前にも一度、呼び出されたけど、散々だったわ!」

「残念です⋯⋯」

「それに、他にも大勢の女を……私、その内の一人なんて耐えられない!」


 ペルタは腕を組んで高飛車に宣言した。ルイスは思い通りにいかないって、つらいものだなとガックリした。


「お願い、私を陰から見守ってて。そして、危なくなったら飛び出して、私をとめて!」

「難しいですね」


 そんなタイミングのいい動きが、急に出来るだろうかと、ルイスは返事を渋った。


「それに、僕が飛び出して、なにか意味がありますかね?」

「大丈夫。私と一緒に逃げるだけでいいのよ」


 カッコ悪い役だなと、ルイスはさらに渋った。


「まだ、挨拶もしてないのに。印象が悪いですよ」

「その時すればいいわ。そういう映画あるじゃない! 陰から飛び出したルイス君を見て、アレス王子が、『誰だ、お前は?』 そしたら、ルイス君が『名乗るほどの者じゃないですよ』」


 名乗れないじゃないですかと、ルイスは心の中で突っ込みをいれた。


「僕じゃなきゃ、ダメなんですか?」

「ルイス君なら、部屋に隠れやすいでしょう?」

「⋯⋯あんまり、気分が乗らないですね⋯⋯」


 ルイスが体格で選ばれた事に不満を抱いていると気づいたペルタは、機嫌をとる為に笑顔で優しく口説いた。


「ルイス君はとっても優しくて、私のこと大事に思ってくれてるから、きっと助けてくれる。ね? ね? ね?」

「わかりました」

「ありがとう、ありがとう⋯⋯」


 ペルタは両手に顔を埋めて肩を震わせた。ルイスは一息ついて、早速問題に取りかかるべく、ペルタに質問した。


「どこで会うんですか?」

「城の最上階、アレス王子専用の客間よ」

「僕はどうやって忍び込めば?」


 最上階、窓から侵入するのかと不安に襲われた。


「私と一緒に扉から」

「えっ」

「アレス様は、人を待ったりなんかしない。こっちが待たされるから、その間に隠れましょ」

「わかりました」


 ルイスは覚悟を決めるしかなかった。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 約束の時間の少し前、ルイスはこっそりと宿舎を出て、城の受付のそばに待機した。ペルタも約束の時間前に現れた。濃紺のロングドレスに、黒いショールを肩に掛けていた。ふたりはお互い唯一の()り所の様に、無言で身を寄せあった。


 ふたりは覚悟を決めて、勇ましく階段を上った。まだ深夜でもないのに、城は静まりかえっていた。密会というものをひしひしと意識して、ルイスは緊張と興奮を覚えた。


 客間は広く、豪華だった。ルイスは色々見当して、最終的に窓枠に座り、濃い赤のカーテンに隠れる事にした。カーテンには金の糸で刺繍がしてあり、その荒い網目から部屋が見えた。


「見えませんか?」

「うん、見えない」


 ペルタはあらゆる角度からチェックして、オーケーサインを出した。ルイスは広めの窓枠にしっかりと座り、両腕で両膝を強く抱えた。

 ルイスからは、ペルタがソファに座って、ショールにくるまっている後ろ姿が見えた。


 しばらくすると扉が開き男が現れた。ペルタが素早く立ち上がった。


「アレス様⋯⋯」


 ルイスはよく目を凝らして、網目からアレスを見た。

 艶のある金の短髪に凛々しく端整な顔、スタイルのいい体に輝くような白い軍服を着ている。想像より、ずっと若く俊敏(しゅんびん)そうで、それだけにアレスの不敵な笑みに危険を感じた。


 アレスはペルタに片手で座る様に指示を与えると、自分も向かい合わせに座って、優雅に足を組んだ。

 ルイスには肩の動きで、ペルタがそわそわしているのがわかった。


「ファウスト、どんな願いを叶えるつもりだ?」


 アレスはペルタの奇石を見つめた。


「それは、まだ⋯⋯」


 ペルタがもじもじしながら頼りない声で答えた。


「お前は、俺の妻になれ」

「ええっ?」


 アレスの突然のプロポーズに、ペルタが驚きの声を上げて少しのけぞった。ルイスも声が出そうになって、口を押さえた。


「わ、私を妻にして、どうなさるおつもりです?」

「奇石の力で、女王になれ」

「……ご自分の力で、王になりたいのでは?」

「俺は手間のかかる手段はとらない。お前が奇石に女王を願えば、お膳立ては直ぐに整う。次の王座争いが始まればいいだけだ。お前は必ず女王になれる、俺はその伴侶⋯⋯国の統治は俺に任せておけ」

「でも」

「お前は自由だ。男を(はべ)らせて、好きに暮らせ」

「そ、そんな!」


 ペルタは勢いよく立ち上がって、アレスに背を向けた。ルイスには、ペルタの顔が戸惑いから、真剣に考える顔に変わるのが見えた。


「俺にも言える事だが、お前も多情な女だ」


 アレスはペルタを、後ろからゆっくりと抱き締めた。


「あ⋯⋯」


 ペルタが力の無い声を出した。

 アレスの相手を無力化させる力のせいか、ペルタは一切抵抗しない。だが、ルイスにはペルタが自分から力を抜いて腕に抱かれ、気持ち良さそうに目を閉じている様に見えた。

 おかげで、アレスの力にあまり恐ろしさを感じず、冷静に見守ることが出来た。


「俺の妃になれて、なんの不満がある?」

「ありません」


 ペルタがあっさりと言ったので、ルイスは片手で頭を抱えた。


「なら、俺が王になる為の足掛かりとなれ。後は、お互い好きに暮らせばいい」

「好きに?」

「そう、全て俺達の好きに出来る、男も女も、なにもかも」


 ペルタはまた気持ち良さそうに目を閉じた。ルイスは思いっきりため息をつくと、カーテンの陰から飛び出した。


「そうはいきませんよ!」


 アレスはルイスの登場に素直に驚いて、一瞬目を見開いた。


「お前は誰だ?」

「ルイスです⋯⋯フアン王子にお世話になっています」

「フアン王子もたまげた王子だな。こんな挨拶の仕方を教えるとは」


 アレスは可笑しそうに、しかし、あざける様に笑った。


「違います! フアン王子は関係ない、僕が勝手に!」

「ルイス君⋯⋯」


 こんな挨拶を指示した張本人のペルタは、ルイスに庇われて泣きそうな顔になった。


「まぁいい。ファウストは俺の妻になる事を承諾(しょうだく)した。お前の出番は終わった、帰れ」

「貴方達を、夫婦にするわけにはいきません」


 ルイスは冷静さを取り戻して、後ろで手を組んだ。


「なぜだ?」

「貴方達は⋯⋯邪悪です」

「なっ?」

「な、なんてことを」


 ルイスの容赦ない指摘に、アレスもペルタも言葉を失った。


「邪悪な貴方達に、夫婦になられると困ります。その上、この国を支配させるわけにはいかない」

「俺が国を支配して、お前になんの関係がある?」

「僕は、この国で王子になります。国王が誰かは、重要な問題です」


 ルイスは静かにだが、キッパリと言い返した。アレスはまたしばらく沈黙していたが、不敵に笑った。


「俺が王になる時、お前が立ちはだかるのか? 王子様」

「今の僕に力はありません。ですが、敵対勢力に居ることは間違いありません」

「ルイス君!」


 ペルタが焦った様子で、叱る様に呼びかけてきた。


「敵対勢力!」


 アレスは可笑しそうに笑うと、ペルタを無慈悲に突き退けて、ルイスにゆっくりと近づいて来た。


 ルイスは素早く後ろに下がって、注意深く距離をとりながら、ペルタに近づいた。そして、よろよろと立ち上がるペルタの手を取って扉に向かって走った。部屋を出ると、ふたりは階段を駆け降りた。

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