第180話 ロッド王子の夏バテ解消法
ユメミヤの心配も落ち着いた夕暮れ。
ルイスの予想した通り、ペルタはロッドに電話をかけていた。電話専用の部屋にある、お姫様のドレスのように可愛くて美しいアンティークの電話器で。
「ロッド君、具合はどう?」
『もう大丈夫だよ』
「よかったわ」
ルイスも受話器に耳を近づけて聞いていた。
『そういえば、看病のお礼言ってなかったね。膝枕とアイシングのおかげで治ったよ。ありがとう、ペルたん』
『そんな、どういたしまして』
ペルタはとろけそうな笑顔をみせた。
「させっぱなしじゃないのね……」
肩が震えだしたのをルイスは感じた。
『まぁね』
笑いをふくんだ得意げな返答にかぶせるように、
「好きになっちゃう!!」
ペルタの感情が爆発した。
「今すぐ同い年に、いえ、少し年下に」
「はいはい、落ち着いて」
ルイスは奇石に手を当てるペルタから受話器を取った。
耳を当てるとロッドは笑っていた。ルイスも笑って声をかけた。
「もしもし」
『ルイス、ペルたんに同い年になっても無駄だって言っといて。年下になっても、ものすごく手のかかる妹ってとこ』
「だね」
ペルタは受話器に耳を押し当てていて、
「フンッ」
怒る魔女のような顔で鼻を鳴らした。
『聞いてたんだ。怒らないでよ。それよりさ、一緒に海に行かない?』
「海に?」
突然の誘いにペルタとルイスは同時に聞き返した。
『うん。明日にでもどう?』
「ロッド、夏バテしてたのに海に行っていいの?」
「そうよ、体に悪いわ。夏バテどころか熱中症になるかもしれないわよ」
『城でゴロゴロしてるほうが体に悪い気がするんだよね。海で遊んだほうが元気になれる気がしてさ。熱中症には気をつけるから』
「そっか」
ルイスはロッドの部屋にアクアリウムがあること、泊まったときに海の生き物の話をしていたことを思い出して、
「ロッドは海が好きなんだ」
ペルタに教えた。
「そうなの」
『好きってほど行ったことはないけどね』
「ますます行かせてあげたくなったわ。行きましょう!」
『そうこないとね』
盛り上がるペルタとロッド。
ルイスも乗りたくなったが、こういうときは冷静にならねばと思いなおした。
「シュヴァルツさんとセバスチャンは行ってもいいって言ってる?」
『言ってるよ』
「シュヴァルツ様も行くのかしら?」
すかさず聞くペルタ。
ランドルフ推しのルイスはすかさず対抗意識が湧いたが、シュヴァルツさんが海に行くかも気になった。シュヴァルツさんの城にお世話になっている間に海に行ったとき一人だけ行かなかったし。
「今回は行くってさ。よかったね」
よかったね、に自分への挑発がふくんであるのをルイスは聞き取った。
僕のことを好戦的な王子様だなと言いつつ、シュヴァルツさんを推すのをやめていないロッドこそ好戦的じゃないか。ランドルフさんも海に行くなら海で推し対決しなければならない。
勝てるかどうか。
ルイスは震えて、
「嬉しい!」
何も知らず喜ぶペルタをキッとした目で見つめた。
「どうしたの、ルイス君。怖い顔して、海に行くの反対なの?」
「いや、いいよ。行こう!」
「そうこなくちゃ! 私達もカーム様とアンドリューに許可をもらわなきゃ。いいえ、誘って行きましょう」
「そうだね」
『話したらまた電話して』
「わかった。待ってて」
ルイスは受話器を置いた。
「さぁ、さっそく、カーム様のところに行きましょ」
「うん」
「許可が取れたら、ファルシオン様とゲオルグ様と」
ルイスは身構えた。
「ランドルフ様もお誘いしましょ!」
「うん! そうなるよね」
つぶやいて覚悟を新たにする。
そして、さっさと部屋を出ていくペルタについて行った。
ペルタが言った通り、カーム王子は優しい笑顔で許可をくれた。オデュッセウスにテレポートも頼んでくれて、ロッドのテレポートも頼んでくれた。
ファルシオン王子も行くことになりゲオルグ王子は肌が弱いとのことで残ることになった。
ランドルフ王子は誘いに嬉しそうに応じてくれた。
ルイスは期待の眼差しを向けておいた。
廊下で出会う女性達も誘いながら客間に行くと、アンドリューとユメミヤがテーブルをはさんで座って話していた。
二人揃ってルイスとペルタの方を向いた。
「イクサの国の戦いについて聞いていたところだ。ふたりもどうだ?」
アンドリューの誘いにルイスは興味をそそられたが、
「戦いもいいけど、海に行かない? ロッドに誘われたんだ」
「もうカーム様の許可はいただいたわ。ファルシオン様とランドルフ様とお姫様達も一緒に行くわ。ゲオルグ様は残るけど」
ペルタと立ったまま誘い返した。
「海か」
「海に何をしに行くのですか?」
アンドリューよりユメミヤのほうが興味津々で聞いた。
「遊びに行くんだよ」
「ルイス君、夏バテなのでは? 遊べますか?」
ユメミヤは心配な顔をみせた。
「大丈夫、ユメミヤの看病のおかげでもう治ったよ。改めてありがとう」
ルイスは礼を忘れるようなヘマはしなかった。
重ねた感謝と笑顔にユメミヤはとろけそうな笑顔になった。
「それに、ロッドが言うには城でゴロゴロしてるより海に行ったほうが夏バテ解消になりそうだって」
「それはいい考えだ。夏の青空と日光の下で体を鍛えてこい」
「遊びに行くんだけど。アンドリューさんは行かないの?」
「俺はイクサの国の話を聞いていたら戦いたくなった。ゲオルグ王子が残るなら相手をしてもらおうと思う。それに、お姫様達が大勢行くんなら残っていたい……」
最後は小さくつぶやき目をそらせた。
「お姫様を見つけなさい!」
ペルタの命令にも目をそらせた。
「わかったよ。アンドリューさんは留守番ね」
ルイスは一行のリーダーとして話をまとめ進行していく。
「ユメミヤはどうする? 楽しいよ、砂浜で遊んだり岩場で磯遊びしたり魚釣りしたり」
「行きます」
即答したユメミヤはルイスとニッコリ笑顔を交わした。
「夏だから海で泳ぎもしたいけど水着がないわね。今からじゃ店も閉まってるし、お城にあるかしら?」
ペルタは扉のほうを見たが、
「水着とはなんですか?」
ユメミヤの問いかけに驚いて振り向いた。
「イクサの国には水着がないのね。水着というのは、えっと、水に入って泳ぐための服よ。それから、美しいプロポーションを見せつけるための服よ」
「なるほど」
うなずくユメミヤに対してポーズをとってみせるが、
「はっ!? 今は、美しいプロポーションが……城での満たされた食生活と守られた暮らしで失われて……」
ペルタは絶望しつつ、お腹の肉をつまんだ。
「水着は諦めましょ」
「そうですか」
「ワンピースでも充分楽しめるもの! 王子様だって魅了できる!」
「ですか。では、私も」
一人水着を着るのが不安なのでユメミヤはペルタに従った。
ルイスはユメミヤの水着姿が見たかったなと思い、急いでキャロルの水着姿を思い出して妄念を打ち消した。
「決まったね。じゃあ、ロッドに伝えてくるよ」
電話室に戻ったルイスはシュヴァルツ城にかけた。
すぐにロッドが出た。
『オデュッセウスさんから電話があったよ。テレポート頼んでくれてありがとう』
「うん、明日が楽しみだね」
ルイスの口調はつい身構えていた。
気付いたロッドはせせら笑った。
『ランドルフさんも行くのか?』
「うん」
『ま、そのことはほどほどにしてさ。海を楽しもうぜ」
余裕のある者にしか言えないセリフだなと押され気味になりながら、ルイスはなんとか余裕を出そうとした。
「うん、ユメミヤも、ファルシオンさんも、お姫様達も一緒に行くからね。楽しもう」
『アンドリューさんは?』
「ゲオルグさんと残るってさ。戦いの相手をしてもらうんだって」
『へぇ、戦いの?』
戦いという言葉に二人は一瞬沈黙した。
「僕も負けない! 勝つのはランドルフさんだ!!」
ルイスの気持ちが爆発した。
『落ち着けよ。遊びに行くんだろ?』
「そうだったね……遊びに行くんだ。良い思い出を作ろう」
『うん。また明日な』
最後までロッドは余裕で笑っていた。
ルイスは額の汗を拭いつつ、気持ちを落ち着けて明日を待つことにした。夏バテ解消どころか熱くてすでに熱中症気味になりつつ。




